174.ふたりとふたり


 当然のごとく三回戦も勝利した。

 残すはあと準決勝と、そして決勝のみ。二つ勝てば優勝だ。

 

「ふうっ」


 もうすぐ準決勝が始まる中、ミサキは控室の椅子に座り項垂れて膝を眺めていた。

 背中がじっとりと熱を持ち、呼吸の拍も普段より少しだけ速い。体温のようなものも、いつもより高く感じる。

 体調を損ねているわけではない。むしろ極めて良好と言える。


 要するに精神面の変調だ。彼女のアバターは今、心の影響を強く受けそのあり方を変えていた。

 しかしそれは悪い方向ではない。

 むしろ好調。

 ミサキは今、確かな高揚の中にいた。

 

(…………) 


 そんな状態を自覚する。

 久々の試合。そしてフランとの共闘。

 楽しくないわけがない。空腹は最高のスパイスだと言うが、今のミサキにもその言葉が適用されていた。

 

 だが。

 だからこそミサキはそれを抑え込もうとしていた。

 相手を打ち倒して得る楽しさの裏には、その相手の悲哀があると思ったから。

  

 しかしそれと相反して、その傲慢な罪の意識を恥じる気持ちも生まれていた。

 負けた相手の心配を本当にするべきなのか?

 その問いがミサキの中でぐるぐると回り続ける。


 そうやって板挟みになっていると、軽く肩を叩かれた。


「え? な、なにフラン」


「なにってほら、次の試合よ」


 すでに椅子から立ち上がったフランが指さす先では戦場へのワープゾーンが開いていた。

 それを示すブザー音もせかすように鳴り響いていて、慌てたようにミサキも立ち上がる。


 するとフランと視線が合った。

 少し見下ろしてくる空色の瞳。その口元は不敵な笑みを浮かべている。


「楽しいでしょう?」


「え――いや、そんなことは」


 反射的に否定をしてしまったが、図星だ。

 ミサキは今、少なからず楽しんでいる。だからこそ葛藤しているのだから。

 それを知ってか知らずか、フランはミサキの手を取った。


「あたしは楽しいわ。あなたと遊べて、楽しい」


「楽しい……」


「細かいことは考えなくていいの。大切なことって、きっといつでもシンプルよ」


 思わず目を見開く。

 フランがこんなことを言うのは珍しい。

 

 驚きの中繋いだ手を引かれ、共に青白く床から立ち上るワープゾーンに足を踏み入れる。

 もう慣れ親しんでしまった意識の途切れる感覚に身を委ねつつ、ミサキは考えていた。

 もしかして自分はとんでもなくバカなことを言っていたのではないか、と。




 暗転した意識が浮上した途端、降り注ぐ陽光のまばゆさに思わず目を眇める。

 遅れて気づくのは騒がしさ。先ほどまでの三度の試合よりもなお勢いを増す観客の声援が聴覚を刺激する。

 明らかに観客の数が多い。


 トーナメントの仕組み上、後の試合になるほど強者たちの戦いになり、試合内容も面白くなることが多い。

 特に一回戦などは、このタッグトーナメントもそうだが、参加条件が設けられていない場合あっという間に終わってしまうことも少なくない。つまり見ごたえがないということである。

 だから決勝だけ見るという層が一定数いる。あるいは準決勝以降など。

 今客席が埋まっているのはそういった理由からだった。


 もちろん、参加プレイヤーに惹かれて途中から見に来る者もいる。

 今回で言えばミサキとフラン目当てに観戦しに来たプレイヤーが特に多い。

 二人の知名度と人気はすでに折り紙付きだ。”可愛くて強い”はこの世界で他に代えられない価値がある。

 

「いっぱいだね、人。こんなにたくさんの人がわたしたちの戦いを見に来てくれたんだ」


「そうね。みんな楽しそう」


「うん……」


 見渡す限り広がる笑顔。

 全てでないにしても、その笑顔はミサキの戦いが作ったものだ。

 それを見ていると、なんとなくフランの言いたいことが分かるような気がしてきた。

 

「おーいっ! そろそろ始めませんかー!」


 呼び声に目を向けると対戦相手が手を振っていた。

 ミサキはフランと頷きを交わすと相手のタッグへ歩み寄っていく。


 対戦相手の二人は――彼女たちは、対称的にしてそっくりだった。

 片方は赤い天使のような衣装を身にまとう、穏やかな雰囲気の少女。

 もう片方は青い悪魔のような衣装の、活発そうな少女。

 おそらくミサキたちより少し年下。

 そして二人の外見はよく似ていた。というよりおそらく、似た顔立ちの上に意図的に似た外見にしている。


「ルキです。双子なんです」「フェリでっす! 双子なんだよ!」


「ふたり合わせてー、」「なんだっけ?」 


「うーん……決めてなかったね」「そういえばそうだった!」


 赤い天使がルキで青い悪魔がフェリらしい。

 うりふたつの二人は息の合ったやり取りを繰り返している。

 よく見れば雰囲気が違うが、パッと見では見分けられる自信がない。

 いや、正確には服の色で見分けることはできるのだが、どちらがどっちだったか一致しなくなるのだ。

 

「わたしはミサキ。で、こっちは」


「フランよ。よろしく」


「知ってますよ。ミサキちゃんにフランちゃん」「うんうん!」


「昨日だって一緒にまとめ記事みてたもんね」「スクショ集ねー!」


 きゃあきゃあと二人きりで盛り上がる会話。

 仲いいなこの子たち……と毒気を抜かれていると、隣のフランに肘で小突かれた。

 無言だが、視線から読み取る限りは「そろそろ始めさせてくれる?」とのこと。


 あとスクショ集とはなんだろうか。もしかして盗撮……?

 考えると深みにはまるので今は置いておくとして、


「ええと、ルキちゃんとフェリちゃんだったっけ。そろそろ試合やろっか」


「あ……ごめんなさい」「ごめんなさい! やろやろ!」


 素直に聞いてくれた双子。

 ルキが取り出したのは弓。和弓というよりはアーチェリーに近い白銀の弓で、曲線状のフレーム部分には刃が取り付けられている。

 フェリの方は槍だ。その側面には斧が取り付けられていて、いわゆるハルバードと呼ぶべき代物だった。


「私たち、実はフランちゃんたちに影響されて最近始めたの」「そうだよ。私はどちらかというとミサキちゃんだけど」 


「…………そうなんだ」


 きらきらと純粋な憧れがあふれる目で見つめられると、少し照れくさい気持ちになる。

 そんな子たちと今、この場で戦うことになったのは運命的なものを感じる。

 自分の戦いが、彼女たちに影響を与えていた――その事実が少しだけ心に響く。


 確かに勝つことで誰かを傷つけてきたのかもしれないが、こうして良い影響も確実にある。

 観客も、この双子も。ミサキの戦いに惹かれたのだから。 

 なら今するべきことはひとつしかない。


「よし、やろう! 行くよフラン!」


「ええ!」


 自分に憧れてきた子たちが相手。

 だったら胸を貸すつもりで挑もう――そう拳を握りしめると、準決勝の火蓋が切って落とされた。

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