168.つよくなれっすん


 スマホを耳に当てたままベッドに横たわる。

 一応回線の向こうにいるのは自分の雇い主なのであまり行儀のいい体勢とは言えないが、向こうからこちらの姿は見えないのだから、これくらいはいいだろうと勝手に納得する。

 

「はい。予想通り、マリスに感染せずとも”種”を持っているだけで精神が汚染されるみたいです」


「ありがとう神谷さん。こちらでも確認させてもらった。ユスティアさんのメンタルパラメータが試合の前後で大きく変化していたよ」


 神谷の電話の相手は『アストラル・アリーナ』運営の白瀬だ。

 マリス討伐のアルバイトを依頼してきた人物で、時たまこうした報告をしている。

 いつも疲れている人で、弱弱しい。だが力強い芯を持っている男だ。


 しかし、聞いたことのないフレーズがあった。


「メンタルパラメータ……?」


「……ああ、我々は人間の精神という大切でデリケートなものを預かっているわけだからね。精神の状態は常に観測できるようになっているんだよ」


「へえ……」


 初耳だ。

 もしかすると迅速なマリス出現報告もそれを使っているのだろうか。

 パラメータの乱れで感染を確認し、場所を割り出して連絡する――と。


「いつ終わるんでしょうね」 


「…………早く終わらせたいと、そう願ってやまないよ」


「わたしも同じ気持ちです」


 マリスがいる限り、そしてそれを作り出す何者かを止めない限り、心置きなくゲームを楽しめる日はやって来ない。

 白瀬の言う通りできる限り迅速に終結させなければ。

 たとえ危険を冒してでも。


「……亡くなった友達のために作ったゲームですもんね」


「ああ。……ああ……その通りだ」


 噛みしめるように呟いたその声色には言いしれない重みが乗っていた。

 『アストラル・アリーナ』と、人間の精神をバーチャルへと移す技術の原形を作ったのは、白瀬の昔の友人だ。

 白瀬はその友人の想いを引き継いで、あのゲームを形にした。


 白瀬は陰鬱な空気を吐き出すようにため息をつくと、彼なりに努めて明るい声を出す。


「そうだ、ここだけの話なんだが、いくつかゲーム内のイベント開催を予定している。こんな状況ではあるけど、良ければ参加してくれ」


 その言葉に、神谷は思わず身体を起こす。


「へー! バトルできる感じのやつですか!」


「君はほんとに戦うのが好きだね……まあ詳細までは言えないが、期待は裏切らないとだけ言っておくよ」


 苦笑する白瀬と、その後いくつかの業務連絡を終えたあと通話を切る。


「……………………」


 ぼふ、と再びベッドに横たわり見慣れた天井を見上げながら、ふと思案する。

 あまり考えたくないことだ。頭を軽く振って振り払う。


 神谷はあのゲームが好きだ。

 色々なプレイヤーと出会い、遊び、戦ったあの場所が。

 だから守りたい。


「今はできることをやろう」 


 とりあえずは目いっぱい楽しむ。

 マリスにばかり気を取られて楽しめなくなるのが一番腹が立つ。

 だから図々しく堪能してやる――と。

 そう心に決めるのだった。




 神谷――ミサキの一応の目的としては『アストラル・アリーナ』で最強になることである。

 しかしこれには少し問題があり、それは最強とは何をもって最強とするのか、ということである。

 この悩みは以前も抱えていた。ただ、そのあとにランキングシステムが実装されて一端終着した。

 しかし。


「うーん…………」


 ずずず、と太めのストローで乳白色のドリンクを吸うミサキ。

 寄りかかった石レンガの建物の屋根が作る日陰が爪先に掛かる。

 

 今日もアリーナのトーナメントで優勝してきた。

 もうよほど強い相手でないとそうそう負けることは無くなった。グランドスキルの有無は関係ない――というかゲージが溜まり使用可能になる前に勝ってしまう。ミサキは速攻型なので、そこまで長引くことが稀有なのだ。


 つまらないというわけではない。

 耐久力が乏しいミサキは一瞬の事故で簡単に負けてしまいかねない。

 だから緊張感はある。あるのだが……。


「やっぱり強い人と戦わないとダメだな……」


 自分よりも強い人。

 それはミサキよりランクが高いという意味ではない。

 ランク三位のミサキにとっては二人しか格上がいないということになるが、”自分より強い人”が本当に二人しかいないというわけでは絶対にない(加えて、なぜか一位と二位が隠されていて誰かわからないというのも原因のひとつだ)。


 例えば以前戦った勇者カンナギは現在ミサキよりランクが下だが、グランドスキルを習得した今になってもなお自分より強いと感じるし、レースイベントで対峙したクルエドロップに至っては、二対一で立ち向かった上一回限りの不意打ち初見殺しによって何とか勝てたといった有様だ。

 クルエドロップは運営側の人間ということもありランキングには登録されていないらしい。そしておそらく似たようなプレイヤーは何人もいる。

 ランキングに登録していない、もしくは精力的にランクを上げようとしていない強者が、確かにいるということだ。


 そんな人たちに勝ちたい。

 まずはカンナギ、そしてクルエドロップ。

 彼らのようなプレイヤーに勝つだけではなく、実力で上回れるようになりたい。


「でもこれ以上どうやって強くなればいいんだろう。伸びしろ不足だなー……」


「なにが〜?」


「うええええ!? クルエドロップ!!」


 目の前に現れた帯刀制服少女に死ぬほど驚き、思わずドリンクを取り落とす。

 それをもったいないと思う余裕すらなく、胸が早鐘を打っている。


 白い髪を鮮やかな花飾りで彩った彼女は眠たげな垂れ目に不思議そうな表情を浮かべている。

 まさかこんなところで出会うとは。


「ええー、めっちゃびっくりするやん。傷つくわあ」


 よよよ、とわかりやすくしなを作るクルエドロップを怪訝な眼差しで見つめる。

 狙ったようなタイミングだ。


「あ、あは、ごめんね。じゃあわたしはこれで失礼させてもらおっかなー……」


「まあまあ待ってーや。うちとお喋りせん?」


 その場を走り去ろうとしたところで、手首をがっしり掴まれる。

 全力疾走の一歩目で止められた……。恐ろしい反射神経である。


 正直言って苦手な相手だった。

 単純に怖いのだ。バトルの強さだけではない、なんというか……人の皮を被った魔物のような雰囲気がある。語り口調は柔らかいが、それがまた怖い。

 そうでなくても首を斬るのが大好きというパーソナリティは受け入れづらいものがあった。


「いや、それは遠慮させてもらいたいっていうか」


「強い相手と戦う機会が無くて困ってる、どうしたらこれ以上強くなれるんやろーって悩んでるんちゃう?」


「なんでそこまでわかるの!?」


 今しがた現れたばかりのはずだ。というか相当に小声だったはずなのだが。

 それに前半部分は口に出した覚えはない。


「ああ、うち運営から【地獄耳】ってスキル付けてもろてんねん。だから半径100メートルくらいなら全部の声拾える」


 あとはミサキちゃんの現在ランクとかから推理やな、と笑うクルエドロップ。

 いや、そもそもそんな広範囲からミサキの声を的確に拾うこと自体おかしいだろうと思ったが黙っておいた。


「……ねえ、クルエドロップはどうしてそんなに強いの?」


「ん。まあ単純な話、プレイ時間やな。うちはデバッグを任されてるから単純にこの世界におる時間が長い。要するに――慣れてる。大体のことは慣れでどうにかなるねん。反復練習ってあるやろ? あれは身体に特定の動作を慣らすためのもんや」


 まあうちは戦ってる時間自体はそんなに長くないから密度としてはうっすいもんやけどな、と続ける。

 存外丁寧に教えてくれたことにミサキは内心驚いた。


「才能で差は出るとは思う。でもそれはほんまのほんまに突き詰めた場合やと思う。結局は努力したもんが強いわ、どの分野でもな。ミサキちゃんもいっぱい努力してきた側の人間やろ」


「わかるの?」


「わかるでー。うちが見てきた中でも洗練され具合がトップや」


 おお……と浮足立ってしまう。

 強者に認められるという経験は、ミサキにとってあまりしたことのないものだった。


「近道としては自分と同程度強い相手と、とにかく何度も戦うことやね。例えば……あの嘘つきちゃん……じゃないわ、スズリちゃんやったっけ。あの子とかええんちゃうかな?」


「なるほど……」


 得心したように頷くミサキに、「同じ相手とばっかりやるんも変な癖ついて良くないけどな」と捕捉する。

 なんとなく、これからやるべきことが分かってきたような気がする。

 それにクルエドロップへのイメージも変わった。狂人とばかり思っていたが、存外まともな少女だ(失礼)。


「ありがとう! わたし頑張ってみるよ」


「うんうんそれはよかった。じゃあ手始めにうちとやろか!」

 

 え、と固まる。

 腰に提げた刀の鯉口をちゃきちゃき切りながら、クルエドロップはその瞳をぎらぎら輝かせる。


「さあ今すぐいこう、ミサキちゃんの飛んだ首見たいわ……」


「ごめんねばいばい!」


 全力で走り去る。

 やっぱりまだ怖かった。

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