167.ネクロマンサーと出会ってみた
寒いしどこか入ろうか、という運びになり、選ばれたのは駅構内の喫茶店だった。
まだ昼には少し早いからか席は埋まりきっていない。
二人は奥まった二人席に腰かけていて、頼んだパスタの皿はすでに空になっていた。
「……そっか。お姉さんと……」
「…………はい」
自分を置いて姿を消した両親。
引き取ってくれた現在の父親との確執。
そして突然冷淡になった姉とのこと。
莉羅は抱えた事情を、ゆっくりと話してくれた。
思った以上に重い理由だったが、あの団体戦であそこまで鬼気迫っていた理由がようやくわかった。
彼女には、縋れるものが姉しかいなかったのだと。
そして姉といるためには戦うほかなかったのだと。
「ごめんなさい。ミサキちゃんはこんな莉羅にも優しくしてくれたのに、敵に回っちゃった」
「そんなの全然いいよ。それしか選択肢が無かったんでしょ?」
「でも…………」
主体性の無さ。
それは莉羅と始めて会った時から感じていた。
何をするべきか、どう行動するか。それを自分で決めるのが、彼女は極めて苦手だった。
聞いた限り、彼女は物心ついたときから自分を認めてくれる存在が周りにいなかったのだろう。
そんな環境では自己肯定感が育まれることはない。
だから自分に自信が持てず、そんな自分が選択することにも自信が持てない。
しかし今の莉羅は少しだけ変わったように見える。
きっとあの団体戦で園田と戦ったからだ。
あれから彼女は変わった。
リアルで会うという約束だって最初に言ってきたのは莉羅だ。
神谷はゲームの中の知り合いとわざわざリアルで会おうとは思わない。
しいて言うならフラン相手ならといったところだが、だからこそ莉羅のとった行動が考えられないほど積極的なものだとわかる。
「いいんだよ。わたしたちが無事勝ったし、いろいろ丸く収まったし」
結局はそうなる。
もう終わったことだ。
「それに……ほら。それがきっかけで莉羅と会えたから良かったよ」
屈託なく笑う神谷に、莉羅は少し目を見開く。
あの次鋒戦での翡翠の言葉が思い出される。
『あの人はあなたのような子を見捨てたりしませんよ』
結局は自分から視界を狭めていた。
誰も信用できなかったから、姉だけしか目に入らなかった。
だけど今、目の前で確かな熱を伴って存在するこの人は、自分のことを想ってくれているのだと確信できた。
「わたしにはどうにもできないことも多いけど、辛かったり寂しかったりしたらいつでも頼って来ていいから」
世界はもう開かれているはず、と翡翠は言った。
その言葉の通り、莉羅の視界は今までより広がっていた。
少なくとも目の前の笑顔は良く見えている。
「……ありがとう、沙月ちゃん」
姉を追いかけるようにして始めたゲームだったが、その先で様々な出会いがあった。
そのことに気づけた喜びに、莉羅は表情をほころばせるのだった。
その後、莉羅が試合を見るのが好きだと思いだした神谷がタブレットを取り出し対戦動画を見ることになった。
今は翡翠とライラックが戦った次鋒戦を流している。
画面上ではライラックが【死套】を発動し、翡翠から生気を吸い上げているシーンだ。
「こわー……。わたしが戦ってたら負けてたなあ」
「そ、そんなことないんじゃないかな……」
「あるある。おー、えげつないスキルばっかだ。ねえ、ネクロマンサーのクラスチェンジ条件ってなんだったの?」
「えっと、なんだったかな……たしか味方の蘇生200回……300回だったかも……?」
「なにそれ……っていうかそんなに死ぬ仲間はいったい」
「ゆ、ユスティアさん」
「うそでしょ……」
そう言えば戦っているときはそんな素振りを見せなかったが、始めて会った時はよく転んでいた気がする。
もしかするとかなりドジなのかもしれない。ならいつもマリスの影響を受けていればしっかりするのかな、などと失礼なことを考えていると、ふと気づく。
「あ、そうだユスティアって今どうしてる? 体調崩したりしてない?」
「……? ユスティアさんは……風邪とかは引いてないけど、えと、ちょっとおとなしくなった……始めて会ったときみたいな」
「そっかそっか。よかった」
マリスを抱えていたからどうなったのか心配していたが、杞憂だったようだ。
やはり実際に感染までいかないと心身に影響があるわけではないらしい。
改めてあのとき間に合って良かった、と内心胸をなで下ろした。
「あ、改めてまた謝りたいって言ってたよ、ユスティアさん」
「……そっか」
いいんだけどな、と声には出さず。
もともと頑固ということはあるだろうが、彼女はマリスのせいで暴走していただけだろう。
むしろあれだけで済んでいたところを見ると、相当な精神力の持ち主だ。
(でも…………)
実際に試合で相対した時の様子は明らかにおかしかった。
まるでなにかの干渉を上乗せされたかのように。
それにユスティアのことがなくとも、ミサキの持つマリスの力に不信感を持つ者がこの先出てきてもおかしくはない。
いや、もう一定数存在していると見て間違いないだろう。
神谷はエゴサをしないよう努めているが、調べればそういう意見も出てくるはずだ。
何か対策を考えた方がいいかもしれない、と考えを巡らせるのだった。
そのあと団体戦の動画を見終えた二人は喫茶店を出て別れる運びとなった。
控えめにお辞儀をして歩いていく莉羅に、神谷は背を向ける。
「んん、背中いたっ」
ずっと同じ体勢だったことと、おそらくは緊張で身体が凝ってしまっている。
ぐっと伸びをしてから歩き出すと、暖房で火照った顔を冬の空気が冷ましていく。
リアルで『アストラル・アリーナ』の話をしたことが今まで余りなかったからか、なんだかとても戦いたい気分だった。
実は今晩も莉羅と――ライラックと会う予定だ。
彼女と戦うのもいいかもしれない。
「うーん、待てないかも」
ここのところずっと抱えていた懸念が片付いたからかモチベーションが上がっている。
やっぱり楽しいなあ、と白い息とともに小さくつぶやいたのだった。
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