第九章 勝利の意味

166.オフ会スクランブル


 団体戦が終わり、アトリエを守れたミサキは安息の時を過ごして――というわけにもいかなかった。

 いつものように放課後『アストラル・アリーナ』でホームタウンをぶらついていると、通話の申し出が届いた。


「誰だろ。…………んー?」


 ライラックだ。

 『ユグドラシル』のギルドメンバーで、団体戦にも選抜された実力の持ち主。

 非常に気弱な性格なので、こうして向こうから連絡をしてくるのは意外だった。


 首を傾げつつ、虚空に現れた受話器アイコンに指先で触れて(受話器もそろそろ廃れてきているような気がする)通話に応じる。


「もしも――――」


「ひゃいっ! ら、ライラですっ! おかげんよろしいでしょうかっ!?」


 きーん、と食い気味の大声が耳に響く。

 くらくらする中、そんな大声出せたんだ……とのんきに感心する。


「ど、どうしたの。おかげんはよろしいけど」


 自分でも何を言っているのかわからなくなりながら、通話の向こうで深呼吸を繰り返しているであろう音を聞く。

 恐ろしく緊張しているようだ。あのライラが自分から連絡してくるだけでもすごいことなので仕方ないことだが。


「あ、あの、ミサキちゃん。ええと……拝啓……」


「回りくどい回りくどい。そんなに肩ひじ張らなくても大丈夫だから、落ち着いて」


 努めて優しく柔らかい声色を意識する。

 するとテンパっているのを自覚したようだ。


「その……ごめんなさい。えっとね、ライラ、ミサキちゃんに会いたくて」


 なんだそんなことか、と息をつく。

 やっぱり引っ込み思案だから緊張したのかな、可愛いなあと頬を緩める。

 

「いいよ! どうする、今から会う? どこにしよっか」


「あの、その……――駅で……」


「え?」


 それは聞いたことのある駅名だった。

 しかし同時に、この世界には存在しない場所だった。

 

 それはつまり――――





 神谷は日曜日を、一週間で最も自由な日だととらえている。

 基本的にゲームをして過ごす――『アストラル・アリーナ』だけでなく普通のゲームも含む――が、友人に誘われる日もあるので過ごし方はまちまちだ。

 

 そしてこの日曜日は後者のパターンだった。

 

「どういう服がいいんだろ。こういうの初めてだからよくわかんないな……」


 ネットの友人(と言っていいのだろうか)に会うのはこれが初めてだ。

 そもそもそこまでファッションにのめり込むタイプでもないので服のバリエーションが多いわけでもないが、それでもある程度の持ち合わせはある。ただ、気合いを入れると委縮させてしまいそうなのだ。

 

「会おうとするなんて思わなかったな、我ながら」 


 もしかすると、ライラが現実で会おうと望むよりも意外だったかもしれない。

 神谷は人並み以上に人懐こいタイプではあるが、それは仲のいい相手だけに留まる。

 ネットの知り合いと現実でも関わりを望むなど、フランに対してくらいのものだ。


 それがまだあまり交流のないライラに会おうとするなんて。


「うん、これでいいかな」

 

 悩んだ結果、セーターとジーンズ、モッズコートといったカジュアル系に決めた。

 時間にはまだ余裕があるが、早めに出ておこう。






 ぴゅう、と吹いた一陣の冷風に首を縮める。


「う~……さむっ」


 身体を固くしてすたすたと駅の階段を上がる。

 緊張しているな、と自覚する。

 会いたいという気持ちはあるが、この階段を一歩上るごとにその時が近づいていることに怖気づいている部分もある。

 とりあえずあまり格好つけるのはやめようと決める。

 姫野とのやりとりで学んだことだ。必要以上に自分を大きく見せようとするとろくなことにならない。


「ちゃんと会えるかなあ」 


 あのゲームのアバターは現実の外見を高精度で再現しているし、神谷もミサキとはほぼ外見に変わりはない。

 ただ心配なのはライラの方だ。あの子は髪色を白と紫のツートンに大胆に染めていたし、そもそも髪型や服装、化粧で見た目の印象は大きく変わる。

 もしかしたら見つけるのに苦労するかもしれない、という懸念もあった。

 

 ふう、とため息をつくと白い靄が長く残る。

 昨日の天気予報では相当に冷え込むと予報士が語っていた。

 無意識に床のタイルの真ん中を踏みしめながら歩いていると、待ち合わせ場所の改札口が見えてきた。


「……………………」


「お」 


 非常に小柄な神谷と比べれば、少しだけ背の高い人影。

 少し前の神谷のような黒髪のボブカットを揺らし、不安げにあたりを見回している。

 緊張しているからか、こちらの姿は目に入っているはずなのにミサキと同一人物とは認識できないらしい。

 神谷はひとさじの勇気を出してその少女に近づいていく。


「こんにちは。ライラック……でいい?」


「………………ひゅいっ!!??」


 びっくう! と驚いて、というか跳ねて、きょろきょろとあたりを見回した後こちらを向く。

 息を詰めて神谷を見つめると、目を見開いて、やっと肩の力を抜いた。


「……ミサキさん? ですか?」


「そうだよー。神谷沙月です。よろしくね」


「……し、紫紅莉羅しくれりらです」 


 なんというか、不思議な気分だった。

 顔立ちは確かにライラックと同じで、まず間違いなく同一人物だと確信できる。

 しかしライラックとは別人のようにも感じられる。もしかしたら向こうも同じようなことを思っているかもしれないが。

 今の莉羅は厚めのニットカーディガンから黒ストッキングの足が伸びているような服装だ。ゲーム内では髪色や装備がかなりアイコニックなデザインなのでなおさらそう思うのかもしれない。


 そして、一番は。

 このじっと見つめてくる瞳が違う。

 もともとは全然目が合わない子だった。

 現実だとこうなのか、それともあれから変わったのか。


(…………ああ、でもそっか) 


 変わったから、こうしてリアルで誘うという行動をとれたのか、と納得する。


 黙り込んだ神谷に不安そうになってきた莉羅に対し、大丈夫だよと視線で返す。

 歩き出した足取りは、初めての体験に少しだけ浮足立っていた。

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