161.LAST:正義VS


 とうとう最後の試合が訪れた。

 ここまでの三戦はミサキ連合が全勝。しかしそれでこの団体戦の勝敗は決まらない。

 ミサキのことをユスティアに認めさせる。結局のところ、この戦いはそこに終始する。

 チートなど関係ない、ミサキ自身の強さを見せる必要がある。


「…………よしっ」 


 戦場に転送されたミサキは両手を握りしめ、感触を確かめる。

 調子はすこぶる良好だ。あとは相手を待つだけ――と軽くステップを踏んで準備運動していると、前方に青い光の柱が現れた。

 その中から見覚えのある姿が歩いてくる。ユスティアだ。


「ん?」


 わずかな違和感。

 迷いのない足取りは初めて会ったときそのままなのに、どこかが違う。

 挙動が別人になってしまったというわけでもない。だが確実に、ピリピリとした威圧感をミサキは感じていた。


 そんな懸念を抱えつつユスティアと同じように中央へ歩いていき、止まる。


「――――さあ。あなたの悪事を暴くときです」


 ミサキはかすかに眉を上げる。

 真っすぐな瞳だ。だが、あまりにも真っすぐすぎる。

 これまでの戦いを見てきて思うところがあってもおかしくないはずなのに。

 まるでここに至るまでの試合の記憶をまるごと無くしてしまったかのように、彼女の態度は頑なだ。それほどまでに自分の正しさというものを信じ切っているのだろうか。


 確かに戦いだけで理解してもらおうというのは無理があるかもしれない。だが、それを言うなら始まりからして無理がある。

 そもそもミサキたちはマリスの力を悪事に使ってなどいない。

 ユスティアたち『ユグドラシル』は動画でミサキたちが力を使っているところを見知ったと言っていたが、それだって人を助けようとしているシーンだったはずだ。

 しかも彼女の視点からではそれが本当にチートがどうかの確証もない。


 だというのに『ユグドラシル』は――いや、ユスティアは。

 それを悪だと最初から決めてかかっていた。

 

 先ほどの控室でのやり取りを思い出す。


『ねえ、ミサキ。あなたもしかして『わたしのやってることってほんとに正しいのかな……』とか思ってたんじゃない?』  


 試合を終え、入れ替わりになるミサキを見送るフランがそう言った。

 図星を刺された気分だった。実際、ミサキはマリスの力を使うことに一抹のうしろめたさを感じていたから。これがないとマリスは倒せず、傷つく人がいるのは間違いないことではあるが、仕様外は仕様外。運営に許されていようと関係ない。これはミサキの意識の問題だった。


『な、なんでわかるの』


『だってあなたわかりやすいもの。ねえ?』


 翡翠とカーマに同意を求めると、二人は深く頷いた。

 そ、そんなに……とおののくミサキだったが、感情が表情に出やすいのは周知の事実だ。


『ちゃんと胸を張りなさい。あの力がどういうものだとしても、助けられた人は確実にいるし、誰かを傷つけたことなんてないでしょう』


 例えば。

 最初にマリスの力を使って助けた相手であるラブリカ。

 彼女と深く仲良くなれたのはその時のことがきっかけと言ってもいい。

 この団体戦に持ち込めたのも、彼女のおかげだ。


 きっと繋がっている。

 辿った道筋を振り返れば、そこには確かな輝きがある。


『そんなあなたにこれを渡しておくわ』


 ピロン、と軽い効果音と共にアイテムがメールで届く。

 開封してみると、それは上半身用防具――黒紫のジャケットだった。名前は《アイドライザー》。

 素早さが大幅に上がる上、素早さの何割かが与ダメージにも作用するようになるパッシブスキルが搭載されている。

 ミサキにはおあつらえ向きの装備だ。


『これは……?』


『前に戦った悪魔からドロップした素材で作ったの。きっとあなたの力になるわ』


『……ん。ありがとう』


 さっそく装備してみると、今まで使っていた店売りのジャケットと入れ替わる形で、その黒紫の裾がばさっと広がる。

 これもまた、培った力だ。


 そうして、ミサキは自分の”正しさ”を見つめなおすことができた。

 そこまで否定してはいけないと。


 性格の違いもあるだろうが、自分の正しさを信じ切るのは難しい。

 ミサキの場合フランに励まされてやっとだった。


 人は流される生き物だ。

 自分の考えを疑うこともあるだろう。

 なのにユスティアはまるで揺らいでいない。意志が強いと言えば聞こえはいいが、これではただの度を越した頑固だ。

 

「…………わからないよ。どうしてあなたがわたしをそこまで敵視するのかが」


「あなたが悪で、私が正義だからです」


 まるで壊れたレコードだ、とミサキは思った。

 ここまでくると逆に意志が抜け落ちているように感じる。

 海岸で出会った時も、アトリエを訪れた時もここまでではなかった。


 ……やはりこれ以上は何を言っても無駄かもしれない。

 タイミングよく、試合がまもなく開始する。


「ミサキ連合大将、ミサキ。攻略開始!」


「『ユグドラシル』大将、ユスティア。正義執行」


 相互理解はもはや不可能。

 全てをこの戦場に委ね、最後の試合が幕を開けた。





 ――――――――

 ――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――


『ごめんねユシー、負けちゃった』


 試合を終え、帰って来たピオネは珍しく俯いていた。

 いつも明るくあることを心掛けている彼女もこんな時ばかりは落ち込むのみだった。


『…………いえ。あなたは良く戦ってくれました』


 いたわるように首を横に振るユスティア。

 しかしその表情は浮かない。もうあと残すは自分の大将戦のみ。

 もちろん勝てばいいわけではないが、ここまで敗北が重なるとは思わなかった。


 『ユグドラシル』のメンバーは弱くない。むしろこのゲームでも上位に位置する実力者がここには揃っている。

 ただ、ミサキたちが想像以上に強かった。それだけの話だった。

 相手はチート使用者なのだから、大して強くはないはず。そんな前提が覆った。


『私は……間違っていたのでしょうか』 


『ユシー……』


 いったいどうして自分はあそこまで彼女たちのことを悪だと信じ込んでいたのか。

 今となってはわからなくなってしまった。


 この戦いを経て、仲間たちは敵であるはずの相手から少なからず影響を受けた。それも悪い意味ではなく、おそらくは良い方向へ。

 ユスティアは自身の正しさが揺らぐのを感じていた。

 そもそも最初から間違えていたのではないかと。


『……それでも』


『リコリスさん……』


『それでもあなたたちは私たちのリーダーです。だから……勝ってください。このままやられっぱなしでは私も……その、悔しいので』 


 立ち上がったリコリスの主張に、思わず目を見開く。

 以前の彼女ならそんなことは口にしなかった。そして凍り付いていたような表情も、わずかに解け始めているように見える。

 どう生きて行けばいいのかわからず、妹への情念で何とか自分を支えていたような彼女が、初めて自分の意志を垣間見せた。

 

『そう、ですね』


 腰に下げた剣の感触を確かめる。

 結果がどうなろうと、自分はみんなの代表だ。

 そして自分が始めた戦いなのだから、決着は付けなければ。


『――――行ってきます。見ていてください、みんな』


 決意を込め、一歩踏み出す。

 しかしそんなユスティアの足取りを――ザザザザ! という耳障りなノイズ音が遮った。

 音源はピオネからだった。思わず視線を送ると、彼女は目を見開いた状態で硬直している。


『ピオネ? どうしたんですか?』


 まるで彫像のように固まっていたピオネがわずかに身じろぎをし、ユスティアを見る。

 頭のてっぺんから足元まで、まるでスキャンでもするように検分したかと思うと、その口を薄く開く。


『……驚いたな。ここまで抵抗できる人間がいるなんて』


『…………え?』


 囁くような声。

 おそらくはすぐ近くのユスティアにしか聞こえていない。

 少し離れた椅子に座っているリコリスは首を傾げていた。


『揺さぶりをかけるためにけしかけたけど、こうなるんだ。そっか――じゃあ、こうしようかな』


 とん、とピオネがユスティアの肩を叩くと、痙攣でもしたように身体を揺らし、周囲の空間が一瞬だけ歪む。

 そのまま無言で俯いたユスティアはゆっくりとワープゾーンへ足を踏み入れ、姿を消した。

 

 直後、ピオネははっとしてあたりを見回す。


『あ、あれ? ユシーは?』 


『何を……言ってるんだ』


 目の前で起こったことがリコリスには理解できなかった。

 まるで今の今まで意識を失っていたかのようなピオネもそうだが、明らかに異質な現象が目の前で起こっていた。

 胸騒ぎがする。様子がおかしくなったユスティアは大丈夫なのか。

 そんな不安を抱えながら試合を中継するモニターへと視線を移した。

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