91.テイクオフ・ブレイバーズ
相手の方が強い。
だったら考えるしかない。小賢しく頭を回すのだ。
勝利条件を逆算しろ。
カンナギがミサキ対策を積んできているのは間違いない。
おそらく動画サイトにアップロードされている過去のミサキの戦闘を見返したのだろう。
彼はこちらの速さを把握し、その上で攻撃を組みたてている。
攻撃のパターンやスピード、テンポを覚え、紙一重で凌ぎ続ける。
そして攻撃面では、遠距離攻撃をメインに使用し、接近される状況自体を拒否している。全力で回避しなければならないほど的確な攻撃を放ち続け、例え躱されたとしても硬直時間に反撃されないような状況を作り続けている。
そんな状況を打破する方法は?
ミサキにできることは限られている。
戦闘中にスキルを覚えたりはできないし、客席のフランが新しい装備を投げ入れてくれるなんてこともない。偶然条件を満たしてスペシャルクラスになれるかというと、これもまずありえないだろう。そんな都合のいいことはそうそう起こらない。
ならば道はひとつ。
今までの自分を越えるしかない。
カンナギの想定を凌駕する自分へと変わるしかない。
この
ステータスは全て数値化されていて、与えるダメージも受けるダメージもそこから算出される。
速さもそうだ。SPDの値、そして装備重量。そこからはじき出される数値が走行速度となる。
それがゲームの常識だ。
――――だが、本当にそうだろうか。
速さだけは違うのではないか。
なぜなら、走る速さはどれだけ強く踏み込んだか、そしてどれだけ多く脚を回転させるかによるからだ。
それだけはこの世界でも変わらない。特に前者はそうだ。踏み出しで移動する距離はステータスによるものだ。
だが後者は?
普通のゲームと違い走行速度は一定ではない。
ゆっくり走ることも、全力で走ることも、その調節はプレイヤー自身の意志で可能だ。
現実ならば筋肉の量や疲労による限界はある。
だが、この世界にはそんなものはない。走ろうと思えばいつまででも走り続けられるし、人体の限界を超えた速度だって出せる。脳から神経に電気信号を通して筋肉が駆動する、といったメカニズムではないのだ。
アバターに脳はない。脊髄も、神経も、心臓も、筋肉も、骨も、全てない。
この身体を動かしているのはプレイヤーの意志ただひとつだ。
ならば。
ステータスによって設けられた――と誰もが考えていた――走行速度の限界を、意志の力によって突破できるのではないだろうか。
空気が変わった。
一秒前までは逃げ惑う子犬のようだったミサキが、今は別人のような覇気を纏っていた。
「それだよ」
笑う金髪王子……カンナギは危惧していた。
このまま勝ってしまうのではないかと危ぶんでいた。
取るに足らない相手を倒しても自分の力を表明することはできない。勝って当たり前の相手に勝ったところでそこにあるのはただの事実のみだ。
価値ある勝利。最高のコンディションで全力を出し切ったミサキを倒してこそ得られるものだと思っていた。
「…………強者としての君をやっと見られる」
「そう」
「ここからが本番だ。正々堂々競い合って、」
そこで言葉が途切れた。
ぐるぐると回る視界に、混乱することすら許されず、カンナギは前後不覚を嫌というほど味わった。
「なん……っ!?」
自分が横たわっていることに気付いたのは、青空のスクロールが止まってからだった。
じんじんと痺れるような痛みが頬に張り付いている。
何が起こったのか。ほとんど見えなかったが、推測はできる。
カンナギが直前に見たものは、一瞬で目の前に現れたミサキが裏拳を振りかぶる光景だった。
信じられないような速度で接近してきたミサキにぶん殴られた――それは理解できるが、しかし。
彼女はそこまでのスピードを持っていただろうか?
疑問を抱いたところでカンナギの身体に影が覆いかぶさる。
思考を振り払い見上げた先には足を振り上げたミサキがいた。
「くっ!」
咄嗟に身体ごと横に飛んだ瞬間さっきいた場所に、ドゴン! と杭のような一撃が突き刺さる。
回避はできた――しかし止まらない。空ぶったことを意に介さず、カンナギの方へ側宙で距離を詰めたミサキは再び足を振り下ろす。
当たらない。
タンブルウィードのように何度も転がり、紙一重のところでかわし続けるカンナギに苛立ちを覚えたミサキは舌打ちをひとつ落とし、執拗に側宙からの踏みつけを繰り返す。
少しずつ躱しきれなくなっていく。
もう次には捕まる、杭のような踏みつけが今にも当たる――その瞬間。
「ッ、【ブリッツ・シュラーク】!」
カンナギの姿が消える。対象の頭上へ瞬時に転移し雷を伴う急降下突きを放つスキルが発動した。
だが。
ぎゅるりと直上へと首を回転させたミサキが跳躍し、空中に現れた直後のカンナギの首をわし掴む。
「――――見せすぎたね」
この技を見せたのはたった一度だ。
それだけでスキルの性質を見抜き、対応した。
驚愕に目を見開くカンナギを、空中からそのまま石柱へと投げ飛ばす。
ひびの入った石柱を砕き割った金髪の王子は転がりながらもなんとか体勢を立て直し、反撃をしなければ――そう見上げてミサキの姿を補足しようと試みるが、どこにも彼女の姿はない。
「君は戦いにおいて見栄えを気にしてるみたいだけど――だからいろんなスキルを使ってくるんだろうけど」
後ろから聞こえた声に、振り返りざまに剣をぶつける。
拳と剣がぶつかり火花を鳴らす。なんとか反応はできたが、空中のあの位置から間髪入れずに先回りをするなど、彼女の速さは常軌を逸している。
「スキルを宣言しないと発動できないんだから、聞いてから反応することだってできるんだよ」
懐に入りこんだミサキは独壇場。
彼女の拳が、肘が、脚が、身体の全てがカンナギの命をつけ狙う。
その攻撃のことごとくに、王子は必死に食らいつく。比較的余裕を持って対応できていたのが嘘のように、彼女の拳打はこちらの防衛網を少しずつ突破し始めている。
この距離ではスキルを使うこともできない。スキル名を口にした瞬間潰されるだろう。
スキルの欠点は、発動するとほぼ決まった動きしか取れなくなることだ。だから種が割れてしまうと対応されてしまうこともある。
ミサキに勝つため、彼女の戦いをよく見てきた。
絶対に勝ちたかった。負けるわけにはいかなかった。この戦いが決まるより前から対策を積んでいた。
だからこそ、この状況が理解できない。
(どういうことだ……)
明らかに以前のスピードを越えている。
レベルが上がったわけではない。スキルが増えたわけでもない。装備を改善したわけでもない。
だとすれば、これまでのバトルでは加減していたとでも言うのか?
それはない、と打ち消す。
彼女はいつだって懸命だった。本気で勝敗を争っていた。
時には、ゲームをしているとは思えないような気迫を放っていることもあった。
ミサキはいつも全力だったし、そんな彼女と戦えることも内心楽しみにしていた。だからさっきまでの覇気の無い――道を見失った迷子のような顔が気に入らなかった。
しかし今はどうだ。
彼女は別人のような強さを誇りこの身を脅かしている。
藪をつついた結果、蛇ではなく竜が出てきたような気分だった。
「だけど……!」
渾身の一振りが拳打の壁を打ち払う。
大きく後ろに飛んで距離をとったミサキはその場でステップを踏んで様子を見る。
「それでも僕の方が上だ!」
おもむろにメニューサークルを展開したカンナギは装備している鎧をすべてパージしインナーだけの姿になった。
自ら防具を外していったい何のメリットがあるというのか。その様をいぶかしげに注視するミサキはその真意に気付く。
「まさか……」
「そのまさかさ!」
爆発的な加速。
雷そのものと呼べるほどの速さで勇者と呼ばれた男が迫る。
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