89.まばゆいしじま、つきつきて


 光に包まれて、一秒後。

 そこには戦場があった。


 アリーナの歓声と夕焼けがミサキの肌をちくちくと刺す。

 砂塵舞うバトルフィールドの反対側には短い金髪を風に揺らす男――カンナギの姿があった。

 円形の戦場を見渡すと、いつもと様子が違う。いたるところに数メートル間隔で石柱が立っているのだ。そういえば最近アップデートがあったんだっけ、と思い出す。

 アリーナにおける戦闘で、マンネリ化を防止するためにランダムで戦場が組み変わるという内容の修正が施されたらしい。今回は石柱の林。電柱程度のサイズの石柱が立ち並び、障害物としての役割を果たしている。軽くヒビが入っているところを見ると破壊可能オブジェクトでもあるようだ。


 そんなことを考えながら、ミサキはフィールドの中心へと歩いていく。カンナギもまた同じように歩を進め――同じタイミングで立ち止まる。


「やあ」 


「…………どうも」


 押し黙るミサキ。

 目を合わせないように斜め下を見て、つま先で地面を擦っている。

 

 ――――『これ』を、言おうか言うまいか。


 言ったところで、だし。

 言うのは癪だし。

 

 そんな逡巡を抱え、何度も躊躇い、結局――言うことにした。

 ただの宣言だ。大したことでもない。


「…………最初に言っておくけど、わたしはあなたが嫌いだ」


「うん」


 宣言に対し、その男は動じることなく頷いた。

 面と向かって嫌悪を表されても、微笑みが崩れない。それくらいミサキのことを歯牙にかけていないということなのか、はたまた慣れているだけなのか。

 たぶん前者だろうな、と勝手に納得する。


「きっとそうだろうと思っていたよ」


「だったら」


「どうしてこんな勝負を仕掛けたのかって?」


 先回りされたことが不愉快で何か言ってやろうと思ったが、言う通りだったのでしぶしぶ口をつぐむ。

 同意と受け取ったカンナギは頷き、


「誤解の無いようにあらかじめ言っておくが、僕は君たちの仲を引き裂きたいわけではない。それを踏まえたうえで聞いてほしい」


 そこで口をつぐんだ彼は笑みを消した。

 いつも浮かべていた柔和な表情はなりを潜め、まっすぐにミサキを見据えている。

 その射抜くような視線。張り詰めた頬が――彼の心が電脳の空気を伝ってくるような錯覚がして、ミサキは鼻白む。


「僕はフランさんが好きだ。フランさんの一番になりたい。そのためにはまず君を倒さなければならないと思った」


「…………なんで」


 わかりきっている問いをそれでも投げかける。

 そうしなければ、うろたえている自身を悟られてしまうような気がした。

 それほどにカンナギは本気だった。


 外から見ている分には、本当に恵まれている男だと思う。

 トップクラスのランクに座するほどの実力に、自分を慕う大勢の仲間――ここから見るだけでも、おそらく学校のひとクラス分ものギルドメンバーが彼の応援に駆け付けている。何も知らないミサキが、彼らをその他大勢と見分けられるほどにギルドメンバーの熱量は一線を画している。

 それだけの人望、カリスマ。人を引き付けるものを持っているのだと思う。

 ミサキだってカンナギのパーソナリティを拒絶しているわけではない。爽やかで、人当たりが良く、顔立ちも整っていて――欠点を見つけるのが難しい。


 そんな彼がこうまで必死にかの錬金術士を欲しているのを見ていると、まるでこちらが邪魔者のように思えてくる。


「決まっている――彼女の『一番』が君だからさ。君に勝たなければ、彼女の隣に居る資格はないと以前から思っていた」


「さっき仲を引き裂きたいわけじゃないっていったくせに。矛盾してない?」


「そうだね。本当はそんなことしたくない。だが手段を選んでいるほどの余裕が、僕にはない」


 やっとわかった。

 カンナギの顔が何よりも雄弁に物語っている。


 この男はきっと、最初から自分を敵視していたのだと。

 

「こんな気持ちになったのは初めてだったんだ。フランさんをあの塔で一目見た時からずっと、彼女のことが頭から離れない。好き……なんだ、きっと」 


 彼は自分の感情の大きさに戸惑っている様にも見えた。

 それだけ突然の出会いで、突然に落ちてしまったのだろう。

 不躾な言い方をしてしまえば、カンナギは”相手”には困らないタイプだろう。他人から恋心を寄せられたことも一度や二℃では効かない、今もギルド内にそういった意味で彼を慕う者がいたっておかしくない、むしろ自然なくらいだ。


 そんな彼が動揺している。

 内に秘めた想いに振り回され、爆発しそうに見えた。


「だからミサキさんに勝ちたかった。彼女が選んだ君を倒せば一目くらいは置いてくれると思ってね」


「思ったより子どもっぽいんですね」


「そうだね。僕も、僕がこんなに自分をコントロールできないのは初めてだ」


 そうやって目を伏せたカンナギが対戦ルールを全損決着デスマッチに決めると、カウントダウンホログラムが二人の数メートル上に出現した。それを合図にお互い【インサイト】を発動させ、相手のステータスを確認する。

 名前はカムイ・凪。基礎ステータスはATKとDEFを高めに育て、気持ち程度にSPDを上げている。典型的なナイトビルドだ。

 そして肝心のクラスは――――

   

「『勇者』!?」


 以前戦ったプレイヤーが話していた『最近すげえ勢いで順位を上げて来てるランカー』がまさかこの男だったとは。

 そうなると、彼をこの順位まで押し上げた要因であるとんでもないスキルとやらを警戒する必要がある。だが、詳細がわからない以上どうすればいいのかわからない。


 しかしスキルである以上技後硬直はあるはず。ならば自慢のスピードで回避して強烈な一撃を叩き込んでやるまでだ、とミサキは方針を定めた。

 頭上にカウントダウンホログラムが出現し、同時にフィールド全体に薄青い光が満ちる。指名バトル時特有の現象だ。

 いつでも走り出せるようにゆっくりと体勢を低くする。


「僕は君を倒す。絶対に倒す。なにがなんでも、容赦なく叩き潰す」


「そうはならないよ。最後に立っているのはわたしだから」


 この男にだけは絶対負けられない。 

 何が何でも目の前の男に勝つ。それだけしか考えられないし、それ以外は必要ない。

 子どもじみた意地、大いに結構。どれだけ見苦しかろうがここだけは譲れない。


(フランの隣はわたしの場所だ!)


 ホログラムがゼロを表示し、同時にミサキの姿が掻き消える。


「!」

 

 直後鳴り響く衝撃音。

 遅れて砂塵が爆発し、ミサキのスピードの異様さを知らしめる。ただ走るだけで地面がめくれ上がりそうなほどの速さ。


 いつもの常套戦術。

 まずはそのスピードによって相手の視界外から攻撃して体勢を崩し、そのままペースを握って攻め続ける。

 たいていの相手ならこれでそのまま勝負を決められる。ミサキの名が知れたことでこの戦法を知らない者も少なくなってきたが、それでもまだ充分すぎるほどに通用する。来るとわかっていても、実際に相対すると速すぎて対応できないのだ。


「見くびってもらっちゃ困るな」


 砂塵が晴れる。

 そこには背後から強襲した拳を剣で受け止めるカンナギの姿があった。

 驚愕に目を見開くミサキ。初見で防がれたのは、これが初めてのことだった。


「これでもギルドの長として恥じない程度の実力は備えているつもりだよ!」


 ぐん、と剣を振り回し、膂力でもってミサキを投げ飛ばす。

 地面と平行に吹っ飛んだミサキはそのまま石柱に激突した。


「かはっ」


「【ギガ・ぺネトレイト】!」


 雷光が迸る。

 カンナギが放ったのは輝く雷を身に纏った強力な突進突き。

 ぎりぎりで反応し、横に転がって回避すると直前までもたれかかっていた石柱が爆散した。


「見えなかった……!」


 突進の軌道が全くわからなかった。

 閃いた稲妻を見て、とっさに回避行動をとっただけで明確な意思があったわけではない。ただ、何かが迫ってきたから直感で横に回避した。それが偶然功を奏したというだけの話だった。

 あまりにも速すぎる。


「座ってる場合かい?」


 見上げると、剣を振りかぶるカンナギが見えた。

 斜め上から振り下ろされる斬撃を、とっさにバク転でかわす。

 だが、


「甘い!」


 ダン! と地響きじみた音を鳴らし、すでにカンナギは踏み込んでいる。距離としては半歩以下、着地直前のミサキの腹に向けて切っ先を突き付けている。


「…………っ!? イグナイト!」


 咄嗟に腕に装備したグローブ、《アズール・コスモス》のスキルを発動させ、蒼炎の噴射によって無理矢理真横へとすっ飛ぶ。

 なんとか空中で体勢を立て直し、着地する。これで距離は取れた。

 

(強い……!)


 複数人を一度に相手しているのではないかと思えるほどの畳みかけるような連撃。

 こんな序盤から【コスモ・イグナイト】を使うことになるとは思わなかった。このスキルは蒼炎を噴射することで立体的な高速移動を可能にするスキルだが、無制限に使えるわけではない。グローブにこめられた蒼炎を使い果たしてしまうと、特定のボスがドロップするレアアイテムを捧げない限り補充されない。


 だからここぞというときにしか発動したくないスキルなのだ。

 それを早くも使わざるを得なかった。そうしなければ胴が切り離されていた。


「いつもはもっと見栄えを気にするんだけど――今回だけは別だ。慈悲無き勇者として、君を討たせてもらう!」


 短いやり取りだけでミサキにはわかった。

 この男は、今までで一番の強敵だと。 

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