88.あからさまアンチノミー
アトリエに行けないと、こうまで何をしていいかわからなくなるのか。
あてどもなくホームタウンをぶらつくミサキはため息をつく。
昨日の今日でまたログインしてみたものの、何となくアトリエへは足を運びづらかった。
自分の中で誰かの存在が大きくなるほどに遠ざかろうとしてしまうこの性質を何とかできないものだろうかと思いつつ、どこへ行くでもなく歩き続けてそろそろ一時間。
さすがに心配されているのだろうな、とは思う。
石畳の道の、畳のふちを踏まないようにして歩く。
それでどうなるものでもないのはわかっているのに。
そうやって下を見ていたから気付くのが遅れた。
「はは、あんまりからかわないでくれよ。僕だってこれでも必死だったんだからさ」
前方からの声にぎくりとして顔を上げる。
道の向こうからミサキを悩ませる原因となったくだんの男――金髪王子のカンナギが数人の男女と談笑しながらこちらに歩いてくるのが見えた。
驚きでかすかに思考が空白となり、すぐに我に返って彼の様子をよく見てみるとこちらには気づいていないようだった。それでも会って話せば何を言ってしまうかわからない。というかできるだけ顔を合わせたくない。
わたわたとその場で足踏みしたミサキは慌てて脇道に姿を隠す。
(…………なんかくやしい)
なぜか負けた気分になりながら、彼らが通り過ぎるのを待つ。
すると近づいてきたカンナギたちの話し声が聞こえてきた。
「でもお前よお、隠れてメンバーの誕プレ取りに行ったのは良いけど負けるのはダセーって!」
「カンナギくんってそういうとこ抜けてるよね~。そこがいいところなんだけど」
「も、もういいだろその話は! あとでちゃんとリベンジはしたんだよ?」
「おうおうわかってるぜ。ナギが防具全部外して木剣だけ持ってダンジョンに行った時はどうなることかと思ったけどな」
「なんだかんだ強い。さすがリーダー」
そんな会話をしながら、彼らはミサキに気付くことなく去って行く。
カンナギは、くるくると表情を変えながら笑っていた。楽しそうに。
小突かれて顔を赤らめてみたり、かと思えば朗らかに笑い声を上げたり――そんな彼を周りの人は愛しているのだとわかった。
そんなに満たされていて、どうしてフランなんかを求めるのかわからなかった。
「なにいってんだわたしは」
ごつん、と自分の頭を小突く。
その『フランなんか』に心をかき乱されているのが自分の方だというのも、考えるわけでもなくわかっていた。
まったく嫌になる。変わろうと思っても気が抜けばこうだ。少しのことで揺らいで右往左往して、こんなふうにうだうだ悩むのを繰り返す。
ぱん、と両手で頬を叩く。
思ったより大きな音が出たせいで往来の注目が集まり少し恥ずかしかったが、無視する。
日の当たらない脇道の、少し湿った石畳の境目を、親の仇のように見つめる。
自分にとって一番大切なものはなにか考えよう。
自分が何を嫌っているのかを考えよう。
なぜあの時あんなにイライラしていたのか。
それはフランがカンナギと仲良くしていたのが気に入らなかったからだ。
だったらすることは決まっている。
もしフランが彼のギルドに入りたがったとしても、そんなことはもう関係ない。
するべきことは、きっととてもシンプルだった。
「フラーン!」
勢いよくアトリエのドアを開き、釜をかき混ぜるフランへとずかずか近づいていく。
突然のことに驚いたのか、フランは肩を跳ねさせた。
そんな彼女の腕をしっかりとつかんだミサキは目の前で輝く青い瞳をじっと見つめる。
海のような青さに映っているのは驚きの色。
かき混ぜ棒を握りしめたまま、息をのんで固まっている。
そうだ驚け。
わたしがどれだけこの想いをたぎらせているか思い知れ。
お前が見初めた少女がどれだけダサくて滑稽な奴かわからせてやる。
「わたしと、」
どんどんフランを押す。フランはつんのめりながらも後ろへと下がっていく。
「わたしと一緒にいて」
かき混ぜ棒をとり落とす。
運ぶ脚が棚にぶつかって大きな音を立てた。
「あいつのギルドなんかに入らないで!」
どん、と。
とうとう壁に追い詰めた。
もう、顔も見られなかった。俯いて、床へ向かって吐き出すようにして言葉を絞り出す。
「そりゃわたしといるよりあいつのギルドにいた方がメリットはあると思うよ。わたしに出来ることなんて限られてるし。でも、だとしても、行かないで」
顔が上げられない。
火でも噴いているのかと思えるほどに熱いこの顔を見られたくない。
そんなことを恥ずかしがるプライドが残っていることに、また羞恥を覚える。
「わたしの隣に居てくれるっていったじゃん。あれは――――」
「ちょ、ちょっと」
「聞いてよ!」
「いやそうじゃなくて。うしろうしろ」
なんとなく嫌な予感がして、少し冷えた頭を後ろへ向ける。
するとそこには今しがた入ってきたと思しきカンナギが目を丸くして立ち尽くしていた。
「えっと、その……やあ」
やあではない。
「もしかして聞いてた?」
頷くカンナギ。
「どこから」
「『わたしと一緒にいて』から?」
「わーーーーー!!!!!」
頭を抱えてうずくまる。
もう死に体。いや死にたい。
本人に向けて言うことすら恥ずかしかったのに、どうしてよりにもよってこいつに聞かれなければならないのか。
そばから聞こえるくつくつとした笑い声はおそらくフランのものだ。笑ってる場合か。
「フフフ……君たちはそれはもう強い絆で結ばれているようだね!」
「茶化すな!」
「いいやそんなつもりは毛頭ない。素晴らしいことじゃないか!」
本心から言っているようで、これがゲーム内でなければ感涙していたと思えるほどに彼は感動している様子だった。
ミサキからすると、そういうところが嫌なのだが。
「しかし僕もフランさんを諦めるつもりはない。だから決めようじゃないか」
「…………何を」
「想いの強さを! バトルでさ!」
舞台俳優のような大仰な手振りと共に、カンナギは朗々と叫ぶ。
それにしてもこの男はいったい何を言っているのだろうか。
傍らのフランに視線をやると、彼女は楽しそうにニヤニヤと笑っていた。何がそんなに楽しいのか。当事者。
「もしかして勝った方がフランを頂けるとか言うんじゃないよね? だったら軽蔑するけど」
「もちろん違うさ。僕のギルドに加入するもしないも最終的には本人の意志だ」
少しだけ安心する。彼女をトロフィー扱いしようものなら、自分がどうしていたか定かではない。
しかし、だとしたら一体何のために戦うのか。
「――――賭けるのはプライド。フランさんの隣にふさわしい者を決める……そのためだけに勝敗を争うんだ。どうかな」
なるほど。
つまりフランがカンナギのギルドに行かなかったとしても、この男に負けてしまえばその事実がずっと付きまとうということだ。負けてなおその立場に縋りついている者の烙印を押されてしまう。そういうことだ。
正直、乗るメリットはない。
彼も言った通り、最後に決めるのはフラン本人だ。
だからこんな果たし状など捨て置いておけばいい。
だが。
メリットはない。
確かにない、が――理由はある。
「いいよ。やろう」
気が付けばミサキはそう口にしていた。
ここで逃げたら負けたのと一緒だ。
それにフランのことがなくともカンナギとは戦いたいと思っていた。
心の底から気に入らないこの男をぶちのめせる大義名分ができるのだから。
「そう言うと思っていたよ」
嬉しそうに笑うカンナギは、ぱちんと指を鳴らすと青い半透明の端末を呼び出し、操作する。
「戦闘形式は指名バトルでいいかい?」
「指名……って、あれは順位がプラマイ20以内じゃないとできないんじゃないの? わたしこれでも18位――――」
そう言いかけた途中。
てろん、という軽快な通知音が鳴り響いた。視界の端で手紙の形をしたアイコンがぴょんぴょん跳ねているので開いて見ると、指名バトルの申請だった。
《ランキング4位 カムイ・凪から指名バトルの申請が届きました》
《受理しますか? はい・いいえ》
そんな文面が目の前で踊っている。
カンナギとその申請を何度も交互に見て、
「受けてくれるよね?」
その笑顔は。
断られることなど微塵も考えていないという表情で。
そして、負けることなど毛ほども考えていないことがありありとわかる表情だった。
「………いいよ。誰が相手でも勝つから」
そう言いながらも震える指で、しかし臆することなく――ミサキは『はい』を選択した。
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