78.Interceptor From The Outside


 ゴール地点、火山の火口まで目測で残り大体五キロ。

 ミサキなら全力で走れば数分でたどり着ける距離――だが。


「こっの……しつこいって!」


 上半身が人狼で下半身がバイクのモンスター、『爆走ウルフ』の軍団がそれを許してくれない。

 彼らはその手に思い思いの武器を持ってミサキに並走してくる。

 ミサキと同程度の速度で走行できるというだけでも相当のスピードだが、それよりも問題は数だ。今も噴火を続ける火山から吐き出される火山弾から生まれるこのモンスターたちは今もなおその数を増やし続け、ミサキに群がってくる。

 

 四方八方から振るわれる剣なり斧なりを、ミサキは軽やかな身のこなしでかわしていく――だが、それだけではじり貧だ。

 こうなったら後続のプレイヤーに追いつかれることを覚悟で爆走ウルフの数を減らすことに専念した方がいいかもしれない。例えそれで追い抜かされようと、抜き返せばいいだけの話。

 

 そうと決まればすることはひとつ。

 真横から突き込まれた槍を減速することでかわして掴むと一気に引く。すると人狼バイクは

簡単にバランスを崩し――倒れてきた頭部を一息に蹴り上げる。


「ギャウッ!?」

 

 打ち上がった人狼バイクは草原に落下すると一度二度転がり、爆発した。HPは低いらしく倒すだけなら難しくなさそうだ。

 やることは決まった。足は止めず、火山弾の直撃も避けつつ、爆走ウルフたちを倒し続ける。


「よいしょー!」


 手近な人狼の頭を掴み大地に叩き付ける。続けてそれを踏み台にジャンプし、別の人狼の肩に座り、両足で首を捕まえへし折る。間髪入れず草原に降りたかと思うと、首の折れた爆走ウルフを走りながら全力で蹴り飛ばし――他の爆走ウルフにぶつけ、死亡時の爆発に巻き込む。


 殴り、蹴り、時には盾にして、どんどん爆走ウルフの数を減らしていく。


「はぁっ、結構減ってきたかな……!」


 周囲のバイクはかなり数を少なくしている。しかし遠くで生まれた個体がこちらに近づいてきており、このままではまた囲まれてしまう。

 今のうちに振り切るか。そう考えつつ後ろを振り向いたミサキは見た。


「ヒャッハー!!!!」

「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜえええええっ!!」

「賞金は俺のもんじゃーーーーい!」


 さきほど遅れて転送されてきたプレイヤーたちが何やら騒ぎながらバイクに乗って追随してくる。

 あのバイクは見覚えがある。さっきミサキが倒した爆走ウルフの下半身だ。おそらく死んで爆発してもバイク部分だけが残り、プレイヤーが乗り継ぐことが可能になっているのだろう。


 そうなってくるとこのエリアにおける、運営が想定した競争の形もある程度予想がつく。

 トップを走るプレイヤーないし集団には、無限に産みだされる爆走ウルフが集まってくる。その相手をすることでゴールを目指す速度は確実に落ち、後続との差は縮まる。それに加えて倒された爆走ウルフが残すバイクに後続が乗ることにより、さらに先頭との距離は詰まる。


「どうあがいても乱戦じゃんこんなの……!」


 スピードのごり押しで勝てるほど甘いレースではなさそうだということに気付いたミサキの口元に、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。

 混迷した、逃げ切りを許してくれなさそうで面倒な状況で、どこまでも勝ちを確信させてくれない状況で、だからこそそれを嬉しく思ってしまう。


 こんな戦いを望んでいた。

 最後まで勝敗がわからない戦いを。

 だからこそ全力を尽くす価値がある、とミサキは笑う。


 このイベントに参加しているプレイヤーたちはみんな楽しそうだ。

 賞金目当てとは言え、そこには笑顔がある。 

 

(楽しいな…………)


 ずっとこうやって遊びたかった。

 何に縛られることもなく、ただ自由に。

 必要とされる戦いなんていらない。気ままに競う喜びだけを享受して駆け回りたかった。


「おらおら潰すぜおチビ……おげっ!?」 

「ぎょわっ!」 


 左右から迫ってきたライバルたちを叩き伏せてさらに加速する。

 まだまだ走れる。どこまででも行ける。

 賞金なんて本当はいらない。いや、もらえるならもちろんうれしいが、二の次だ。

 

 負けられない勝負。勝たなければならない勝負。

 マリスとの戦いは息が詰まる。戦わなくていいなら戦いたくない。

 

 でもこれは違う。

 負けたっていい。勝ったっていい。

 迎える結果は悔しいかもしれないし、嬉しいものかもしれない。

 それでいいと思う。ゲームってそういうものだとミサキは想う。

 取り返しのつかない何かをかけて戦うなんて、何にも楽しくない。


 だから今この瞬間が、楽しくて仕方なかった。

 完全にランナーズハイだ。この最終エリアが広大な草原でなかったらこうはいかなかった。

 ずっとこうならいいのにな、という囁きは風に流され、誰の耳にも届くことなく消えた。


 ――――だが。


 その祈りのような呟きを、まるで聞いていたかのようなタイミングで『それ』は現れた。

 ぶるりと身体が震えて、思わず空を見上げる。雨のように降り注ぐ火山弾――それらとは全く違うひとつの黒点が空を落ちていく。


「なんで、マリスがここに」 


 まるで流星のようなそれを、ミサキはとっさに発動した【スコープアイ】で捉える。

 黒い結晶……今まで見たことのある歪なものではなく、誰かに成形されたかのような正八面体の物体は生き物のように脈動している。

 

 結晶が落ちていくのを、ミサキはただ見ていることしかできなかった。

 いつの間にか立ち止まっていた。周りのプレイヤーも、爆走ウルフたちも足を止め、ミサキと同じものを見ていた。


「……………………どうしよう」


 黒い結晶は、まるでそれ自体に意志があるかのように一点を目指す。

 まっすぐに、一心不乱に、他のものには目もくれず――ゴール地点である火山、その火口へと――着弾する。


「おいなんだあれ!?」

「わかんねえよ!」

「イベントだろどうせ。これが最後の関門ってことなんじゃねえの?」


 口々にわめくプレイヤーたちが、今は遠くに感じる。

 黒い結晶を招き入れた火山は震え、脈動し――姿を変える。

 大地が揺れる。突き上げられる。火山が――いや、その地面ごと持ち上がっている。

 

 現れたのは、比喩ではなく山のように巨大なモンスターだった。

 亀――というよりはアンキロサウルスが近いか。全身は赤黒い鱗に覆われ、鋭い牙に堅い爪、長く太い尻尾……背中には火山を丸ごと担いでいる。

 

「…………【インサイト】」


 震える唇で呟くも、反応はない。情報が読み取れない。

 つまりあれはモンスターですらない。

 地形データ自体にマリスが感染し生まれた怪物。


 任意の脱出ができないこのエリアで、大勢のプレイヤーがいる中で、あんな規格外のマリスが登場した。

 これから生じる犠牲者の数など考えたくもない。

 

 マリスは無敵のモンスターだ。

 このゲームのシステム外からプレイヤーを、この世界を、容赦なく蹂躙する存在。

 そして対抗できるのはミサキただひとり。戦わなければ、勝てなければどうなるかなど考えるまでもない。


「やるしか……ない……」


 悲壮な決意で拳を握るその横顔は、今にも泣きだしそうだった。

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