77.密巴
「スズリーっ!」
凄まじい勢いで突っ込んできたミサキを慌てて受け止めるスズリ。
少しの機転と、精いっぱいの努力と、あとはたくさんの幸運。そういったものに背中を押されて二人は勝利を掴むことができた。きっとどちらが欠けてもこの結果は生まれなかっただろう。
「ありがとう、ミサキ」
「ううん、すっごく楽しかった! 勝ててよかったー」
嬉しそうに笑うミサキ。
さっきまでの死闘が嘘のようだ。
表に出ることなくサポートに徹してくれた彼女は、クルエドロップに悟られぬよう密かにウィスパーチャットをしている途中、こう言っていた。
『わたしとスズリでいっぺんに攻めて一緒に殺されるリスクを負うより、スズリの火力を確実にぶつけられる状況を作る方がいいと思う』
その判断は正しかった。
スズリは自分の立てた作戦が本当に有効なのか途中まで迷っていたが、その言葉で意志が固まった。
「…………よく信じてくれたな、あんな即興の作戦を」
一歩間違えればスズリは倒され、どうにもならなくなっていた。
絶体絶命の状況を切り抜けることを、ミサキはどうして信じてくれたのか。
「前からね、似てると思ってたんだ」
「似てるって、私と君が?」
うん、と頷く。
「なりたい自分が――理想があって、そこに向かって手を伸ばしてるところが、初めて会った時から他人とは思えなかったんだ」
「ミサキもあるのか……理想が。どんなふうになりたいんだ?」
天を仰ぐミサキ。
その眼には空の青が映っていて、しかし何も映っていないようにも、もっともっと遠くにある何かを見つめているようにも見える。
「――――もっと強く。わたしひとりで大切な人たちを救えるようになりたい。どんな逆境も跳ねのける力が欲しい」
スズリから見たミサキは充分に強いと思っていた。
だがそれでは足りないのか。力を求めて、求めて、求めて――その先にいったい何があるのか。
女子高生が抱くにはスケールが大きく、重すぎる願いのような気がした。
「それは…………いや、私が言うことではないか……さあ行こう。次のエリアへの入り口が開いたようだ」
見ると先ほどまで主戦場になっていた交差点の中心に虹色に輝く光の柱が出現していた。
あそこに入れば第4エリアへと転送されるのだろう。
と、そこで駆け寄ってくる複数の足音が耳に届いた。
「おーーーーい!」
「すげえよお前ら!」
「あんなイカれた女を倒しちまうなんて!」
見ればこのエリアに隠れていた生き残りだ。
戦闘が始まってすぐ身を隠していた数人が今頃顔を出してきた。
「いやあお前らはきっとやる女だと思ってたよ」
「…………、あー」
したり顔で『自分はわかってた』と者や、やれスズリのスキルがすごかっただのミサキがビルをぶっ壊したのに痺れただの、先ほどまでの戦いを思い思いに反芻する者たち。
そんな光景を目の当たりにしたミサキとスズリはゆっくりと顔を見合わせ――頷きを交わす。
「お前たち……
「――――生きてここを通れるなんて思ってないよね?」
ここにいる全員は次のエリアに行けばライバルになる。
つまり、心置きなく叩きのめせるということで……滅びた街に、複数の断末魔が上がり、そして止んだ。
「よいしょっと」
ミサキが次に降り立ったのは見渡す限りのだだっ広い草原だった。はるか遠くにはこげ茶色の背の高い山があり、おそらくこの草原の中心に位置しているのだろう。それだけこのエリアが広いということがわかる。
ホームタウンの近くに広がっている草原エリアによく似ていて――というか、マップデータをある程度流用したのだろう。
「ひろーい……」
あちこちぐるっと見回しても人影は見当たらない。
ミサキが早くこのエリアにたどり着いたのもあるし、広すぎて他のプレイヤーが表示される距離にいないというのもありそうだ。現にさっきまで隣にいたスズリの姿がない。おそらく別の場所へ転送されたのだろう。
無事でやってると良いけど、と1位というひとつの席を争うライバルのことをのんきに心配していると、例によって例のごとくメッセージウインドウが目の前に現れた。
「『最終エリア! 火山の火口へ一番早く入った者が優勝』……えー!?」
こうしてはいられない、と走り出すミサキ。
最後の最後で速さを競う課題。それにこれが最終エリアということはおそらく、転送された地点は違えど残った参加者すべてがこのエリアに集うことになるだろう。乱戦の可能性を考えると今のうちに引き離しておきたい――――と。
そんなことを考えていると、途轍もない地震が起こった。
「なになに!」
見れば火山の火口が大爆発を起こし、そこから大量の燃え盛る岩石が発射されているではないか。
まるで雨のように降り注ぐ火山弾……落下速度は不自然なほどゆっくりだが、数が多い。ミサキは火山弾の間を縫うように駆け抜ける。
「ひーーーーっ! 平穏な草原に突然の大災害!」
最終エリアまで来て何もないはずないとは思っていた。ただ速さを競うだけのはずがないと――ここまでは予想していなかったが。というより
ドン! ドン! とあたりで灼熱の岩石が着弾する。振動はあるが、爆発の範囲自体は大したことはない。これなら気を付けてさえいれば当たることはない。
などと高をくくったミサキをあざ笑うように、落下した火山弾が変化を始める。赤い光に包まれたかと思うと、その中から『何か』が飛び出した。
「なに……え、ほんとなに? いや全然わかんない、なにこれ!?」
生まれたその『何か』を、最初はバイクだと思った。
機械仕掛けの二輪車――この世界には少しそぐわないような気はしたが、先ほどいた都市エリアのことを考えるとまあアリかなとのんきに考えていた。
だがバイクというのは半分正解で半分不正解だった。
そのバイクの上に視線をやると赤い毛並みの人狼がいた。つまりこの人狼がバイクを運転しているのかと思った。
しかしそれも正確ではない。
上半身が人狼。そして下半身がバイク。
バイクから人狼が生えている、トンチキ極まりない姿のモンスターがそこかしこに着弾した火山弾から次々に産まれ、草原を走り始める。
何かを勘違いしたケンタウロスのような姿のモンスター……【インサイト】で確認してみると『爆走ウルフ』という名前らしい。
その手には剣や槍、斧……変わり種なところでは釘バットなど思い思いの武器を持ち、ミサキに並走を始める。
まるで珍走団にでも囲まれたような気分だった。
周囲には人狼バイク、そして空からは火山弾。ふと後ろを確認してみれば――今しがたこのエリアに転送されたと思しきプレイヤーの集団が遠くに見えた。
「情報量が……情報量が多い……!」
三つ巴どころか四つ巴になりつつあるこの最終エリア。
レースイベント『ライオット』は、ここに来て最大級の混迷を極めようとしていた。
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