71.燃える花弁
森林エリアをクリアしたミサキが転送された先は、ファンタジー世界には少し似合わないビル街だった。いままで見たどの場所とも違う雰囲気にしばし圧倒される。
「おわー……」
ただの都市ではない。ほとんどの建物は老朽化しあちこち崩れており、今にも倒壊しそうなものがほとんどで、ツタをはじめとした植物に飲み込まれかかっている。
それはまるで人類が滅びてから長い年月が経ったかのような姿だった。
ミサキが立っているのはひび割れた道路の上。
あたりを見回してみると、他のプレイヤーたちの姿もちらほらと見受けられる。様子を見る限りみんなミサキとほぼ同時にここへ転送されてきたようだった。
ここでどうすればいいんだろう、また他のプレイヤーを倒せばいいのだろうか、と思案していると前と同じく目の前に半透明のウインドウが展開された。
『エリア中央を目指せ。なお他プレイヤーに攻撃を加えた者はその時点で失格とする』
「…………???」
いったいどういうことだろう。まさか中央まで行けばクリアというわけでもあるまいし……そうなると目的地まで行けば次のイベントが発生したりするのだろうか。
そう首を傾げていると、
「ミサキ? ミサキじゃないか」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには知っている顔があった。
長い白髪をポニーテールの形にまとめ、巫女のような紅白の和装に身を包んでいる少女はスズリ。以前アリーナで戦ったことのある、スペシャルクラス『極剣』のプレイヤーだ。
以前に比べ巫女服が豪奢になっている。新調したのだろう。
……本当はすごく恥ずかしがりの引っ込み思案な子で、スキル名の発声を嫌がった結果、毅然とした剣士キャラを演じることにした少女だ。
「わあ、スズリ! 偶然だね……って、あれ? スズリってスタート地点にいたっけ?」
「それなんだが……まあ中央まで行きながら話そうか」
その提案に、ミサキは素直に頷く。
エリア中央と思われる地点には、わかりやすく派手な光の柱が立っている。二人は連れ立って歩き出した。
まず前提として、このイベント専用エリア『ミリオン・マラティーニ』の形状は十字になっている。
その四つの先端がそれぞれスタート地点になっており、中央のゴールを目指すという競技になっている。ミサキは西、スズリは南からスタートした。
「で、なんだが――チェックポイントがあっただろう」
ペイントツールを起動したスズリは歩きながら虚空に『十』を書き、指を指示棒にして解説する。
スタートは四つ。そしてコースも四つ。だが、違うスタート地点から開始した二人は今こうして同じエリアで肩を並べている。
「このコースはいくつかのエリアに分かれている。ミサキちゃ……ミサキもたぶんそうだっただろう?」
「うん。荒野から始まって、次は森林、で今この都市」
呼び方がブレかけたがスルーした。
ごほんと咳払いしたスズリは、『十』の一辺に線を引きざっくり四等分する。
この分けたひとつひとつがエリアになっている。
「どうやらチェックポイントを通ると、ランダムに違うコースの次エリアに飛ばされる仕組みになっているらしい」
つまり、ミサキが最初いた荒野は西コースの第一エリア。そして次の森林は西以外のコースの第二エリアで、この都市はまた別のコースの第三エリアというわけだ。
おそらくはレースする面子をシャッフルする目的なのだろう。同じメンバーのままだと偏りがおきるかもしれず、それを防止するための策。
「あー、だから……」
森林で出会ったプレイヤー……シュナイダーもスタート地点にいなかったのもそのせいだ。彼はミサキとは違うスタート地点から出発していたということだ。
フランの姿を全く見かけないのもおそらく同じ理由で、荒野を突破した時点で別コースにはぐれてしまったのだと考えられる。これではゴールするまで合流は難しい。
イベント終わってからぶん殴るしかないか、とミサキは少し残念そうに肩を落とす。
「パーティ組んで協力するっていうのを阻止する目的もあるのかな」
「だろうな。私もギルドの仲間とはぐれてしまった……」
「え、ギルド入ったの? なんてとこ?」
「そのうち紹介するよ」
少しだけ素っぽいはにかみを見せるスズリ。
この子がギルドに入り、おそらく仲良くやれているということは素をさらけ出せる相手が見つかったということだろうか。
「良かったねえ」
「…………なにも、よくなんて」
「……?」
少しだけ気まずそうに顔を背けた。それを少し不審に思いつつも、ミサキは歩を進める。
目的地の光の柱はもうすぐそこまで見えていた。
エリア中央、交差点と思われる場所にプレイヤーたちは集合していた。
数はぴったり20人。ビルに囲まれた道路の上でざわついている。
「はーいちゅうもく~」
間延びする声色で注目を集めた少女は、この世界には似つかわしくない風貌だった。
現実でもよくみるような制服のブラウスの上にキャラメル色のカーディガンを合わせており、下はチェック柄のプリーツスカート。雪のように白く長い髪には赤紫の花飾りをつけていて、眠たげな垂れ目が緩い印象を与えてくる――のだが、よく居そうな外見に反して、腰から下げた禍々しい日本刀が違和感でしかなかった。
「みなさんが静かになるまで30秒くらいかかりましたー。へへ、これ言うてみたかってん」
独特のイントネーション。西の方出身の子だろうか。
何がそんなに楽しいのか、目を細めながら肩を揺らして笑っている。
「じゃあまずは自己紹介から。うちの名前はまつゆ……ちゃうちゃう、ええとなんやったっけ――――」
…………今、もしかして本名を言いかけなかっただろうか。
とりあえず聞かなかったことにするとして、自分の名前を覚えていないというのはどういうことなのだろうか。
制服少女はしばしメニューサークルとにらめっこしたかと思うと、得心したように頷いた。
「ああそうやった、うちの名前はクルエドロップですー。このゲーム……『アストラル・アリーナ』の開発・運営をやってるパステーション社でデバッグのお仕事をやらしてもらってます。今回はイベントのお手伝いすることになりました。よろしく~」
クルエドロップと名乗ったその少女は深くお辞儀をする。
プレイヤーたちの間に困惑が流れる。どうしてわざわざ直接説明をしに来たのか。さっきまでのようにウインドウを出せば済む話なのに。
「さっそくこのエリアの課題説明といきましょか。まあ課題と言っても簡単で……皆さんで協力してうちを倒せたらクリアっていうだけの話なんですけどね~」
なんともなしに発表された課題内容に、大きなどよめきが巻き起こる。
この少女を20人がかりで倒せばクリア。それはどう考えても簡単すぎる。そんな内容の話が飛びかっていた。
そんな中、ひとりの男性プレイヤーが挙手した。青っぽいサイバーなデザインのボディスーツに身を包んだ美形の男だ。
「クリア、というのは……とどめを刺す、もしくはもっともダメージを与えた者が突破できるという意味か?」
「いいえー。うちが死んでアバターが消滅した時点で残ってた人は全員次のエリアに行けますよ~」
それを聞いた参加者に喜色が灯る。
だったら楽勝だ。そんな文言がほとんどのプレイヤーの顔に書いてあるかのようだった。
だが……ミサキは。
(…………なんだ、この子)
その振る舞いに密かに戦慄する。
その立ち姿は異様だった。全く身体の軸がぶれていない。時折左右に身体を揺らしている様子からでもわかる、まるで剣の達人か何かのような体幹は彼女のゆるい雰囲気とはまったくマッチしていない。
「ほかに何か質問ありますかー? ……ないみたいやね。せやったらお話ばっかりってのもあれやしそろそろ始めましょか。うちが合図したらスタートやからな? 準備ええか? いくで?」
うきうきと――まるでこの時を一番待ち望んでいたかのように、クルエドロップは再三確認をとる。ミサキにはその姿が、自分を閉じ込める檻の鍵が外れるのを今か今かと心待ちにしている猛獣のように映った。
だが他のプレイヤーは、我先に、今にも飛び出しそうな前のめり。
嫌な予感がした。
「じゃあ――――よーい、ドン」
その言葉の直後。
見えたのはクルエドロップが腰の刀の柄に手を添える様子と笑う口元、聞こえたのはぼそりという呟きだけだった。
「ッ…………だめだみんな、いますぐ引いて!」
全力でミサキは跳んだ。トップクラスのスピードをフル活用して、真後ろへ向かって一心不乱に跳び退った。
他の者を気にしている余裕はほとんどなかった。とっさに叫ぶくらいしか彼女にはできなかった。
それとは逆に突っ込んでいくプレイヤーたち――武器を手に取り、華奢なクルエドロップへと襲い掛かっていく。
そんな彼らは一瞬で消し飛んだ。
「うあああああっ!」
突如、凄まじい規模の紅焔が炸裂した。広い交差点をまるごと嘗め尽くすかのような灼熱が、ただの刀の一振りから生じたのが辛うじて確認できた。
途轍もない爆風で吹き飛ばされるミサキ。空中をくるくると回転し、べちゃりと道路に叩き付けられる。
幸い当たりはしなかった。なのにHPが削れてしまっている。ただの余波でこれほどの威力。
ならば直撃した者は。
「いったあ…………」
ミサキのさらに後方で、スズリがうめき声を上げる。なんとか生きてはいるようだ。あたりを見てみると吹き飛ばされたプレイヤーたちが散らばっているのがわかった。
だが明らかに数が減ってしまっている。半数近くは初撃で散ってしまったのだろう。
「あは、あははは、あは――――」
笑い声が聞こえる。
いまだ道路を焼く炎に囲まれ、この事態を引き起こした張本人……クルエドロップは笑っていた。
この上なく楽しそうに。
「いやー……燃やして殺すのはうちの趣味じゃないんやけど、たまにはええもんやねー。だいぶ頭数減ってもうたけど楽しませてくれるやんな? な?」
さっきと変わらない笑顔のはずなのに、これ以上ないくらい邪悪に見える。
得体の知れないこの少女に勝つというのは思っていたより難易度が高そうだった。
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