72.偽りの刃
都市エリア。
課せられた試練は運営側の人間――帯刀女子高生、クルエドロップを倒すこと。
「ほら行くで――【炎尾・
クルエドロップが真っ赤な刀身の禍々しい刀を軽く振ると、蛇のような細長い炎が何本も放たれた。
蛇炎は周囲のプレイヤーへ向かって空中を滑るように素早く飛んでいく。
「…………ッ!」
反応できたのは直前だった。
ミサキはとっさに自分を狙った炎を手刀で叩き落し、距離を詰めようと踏み込む。
仲間を気にしている場合ではない。まずはクルエドロップの動きを止めなければどんどん被害が拡大していく。周囲から聞こえた悲鳴から、今のスキルでまた数人がデスしたのがわかった。
いくらなんでも火力が高すぎる。
このエリアはスタート地点から数えて三番目のエリアだ。ここまで残っている者たちは程度の差はあれそれなりの実力を持っているはず。なのに開幕の極大火炎といい、さっきの蛇炎といい、たったの一撃で彼らは倒されてしまった。
「…………考え事してる暇あるんかなあ?」
突如として。
全くの前触れなしに、クルエドロップの柔和な笑顔が目の前にあった。
(距離感が狂った…………!?)
ミサキのスピードはこのゲーム全体で見ても群を抜いている。
しかし彼女は自身の速さに振り回されることなく完全に制御し、理解している。どれくらいの強さで踏み込めば、どれくらいの距離をどれくらいの時間で移動できるか、全て把握している。
なのにこの突然の接近――つまり、クルエドロップの方からも近づいてきたということ。
それを察知できなかった。彼女の言う通り『考え事』はしていた。だが戦闘中に視線を切ることなどあり得ない。
おそらく、クルエドロップは先ほどまでの体勢を――直立した体勢をほぼ崩さないまま、接近してくるミサキに向かって真っすぐ近づいたのだ。
剣道を嗜む者は歩くときほとんど腰が上下しないと言う。彼女もまたそれに似た技術を用いたということ。
クルエドロップの振るう紅刃はミサキの首をまっすぐに狙う。
容赦も手心も手加減も一切ない。最短最速で命を奪う軌道だ。
「わあすごい」
その刃が直前で止まった。
ミサキのグローブに包まれた右腕が、クルエドロップの振るった刀身を防いでいる。
「これ防がれたんは初めてやわ。やっぱすごいんやなあミサキちゃんは――白瀬さんに聞いてた通りや」
白瀬。
この『アストラル・アリーナ』の開発・運営を担うパステーション社の責任者――だとミサキは本人から聞いている。
クルエドロップは運営側の人間だ。ならば面識があって当然と言える。
だがミサキとしては、今はそれを気にしている場合では全くない。
「こっの……馬鹿、ぢから……!」
ぎちぎちと耳障りな音がする。
刀がミサキのグローブに食い込む音だ。まさか斬られてしまうなんてことないよね、と不安がせり上がってくる。
一瞬でも力を抜けば押し込まれてしまう。クルエドロップの腕力は規格外だ。そもそも、受け止めただけでダメージを食らってしまっている。そのレベルで彼女の一振りには殺意がこもっていた。
「んー、申し訳ないんやけどうちのアバターもイベント用に調整されててー、まあ大人数相手するんやから許してほしいんやけどね? あかんかな? ええよな? えーとなんて言うたっけ……そう、レイドバトル仕様って言うてたわ。HPとか攻撃力とかがめっちゃ盛られてるとかなんとか」
なるほど、と合点がいく。
あの火力はそれが原因か。
「でもすごいなあその装備。絶対グローブごと首ちょんぱしたと思たのに……うちが切れへんなんて初めてや~。それもフランちゃん製?」
「わたしのために斬撃耐性盛り盛りにしてくれたらしくてね……って、フランのこと知ってるの?」
「せやでー。うち愛用のこの刀ちゃんもフランちゃんに作ってもろたんや」
余計なことを、と一瞬思ったがフランも仕事なので責められない。
とはいえこれでは鬼に金棒だ。
クルエドロップは調整してもらったと言うが――彼女の強さは明らかに武器やステータスなど関係ない。
いったい何をどうしたらここまでの戦闘技術を身に着けることができるのか。
「ほい足元きけーん」
「うあっ」
足払い。
単純な攻撃だったが、腕に意識を集中させていたミサキにとってはこれ以上なく効果的で、少しも抵抗できず簡単に尻もちをつく。
「だからあかんて集中せんと~」
明らかな隙。
もちろんそれを見逃すクルエドロップではなく、緩い口調に反して一切の容赦なく刀を振るい、
「【飛燕】!」
その時、遠くから斬撃が飛来した。
瞬間的に意識を切り替えたクルエドロップはその斬撃を切り払う。
続けて数発飛んできた斬撃もまた、こともなげに弾かれた。
その間にミサキはバックステップで大きく距離をとる。
目前に死が迫っていたことによって緊張していたのか、どっと疲労感が襲ってきた。
その隣には今しがたスキルを発動させたスズリが二本の剣を携えていた。
「……これを防ぐのか」
「ありがとスズリ! 死ぬとこだった」
ようやく一息つく。
攻撃のひとつひとつが必殺で、まったく油断ができない。
「あららー、おじゃま虫。そういや他の子たちはどうしたん? まだ全滅はさせてへんかったと思うんやけどなあ」
「逃げたよ」
「な、なんで!?」
慌てて周囲を確認するミサキ。
確かに交差点には他の人影がひとっこひとり見当たらない。
同じく状況を把握したクルエドロップは弓なりに細めた目をさらに眇める。
「…………ふうん。おもんないわあ、人任せ」
このエリアのクリア条件はクルエドロップを倒すこと。
そうすれば生存したプレイヤーは全員次のエリアへと進める。
つまり、おそらくだが――彼らはミサキたちに丸投げしたのだろう。できるだけクルエドロップから離れた場所に身を潜め、彼女を倒してくれるのを期待して。
「あーもうっ! やるしかない!」
しゃがんだ状態からばね仕掛けのように立ち上がり、ミサキは拳を構える。
腹立たしいが仕方ない。やれることをやるだけだ。
「スズリ、頼むよ」
「ああ」
スズリはおもむろにメニューサークルを呼び出し素早く操作する。すると虚空からさらに二本の剣が現れた。両手の二本と空中に浮かぶ二本で、合わせて四刀流。これがスズリ――スペシャルクラス『極剣』の持つ力だ。
「あらあー、そんな何本も剣持って浮気性やねー。操立てへんとあかんよ?」
「剣は剣だ。ただの武器だ。それに……剣はたくさん使った方が強いに決まってるだろう」
「…………ただのアホか」
「黙っていろ――【飛燕・蓮華】」
スズリが四刀をまとめて振るうと、斬撃の弾幕が発射される。
まるで津波のような圧力――だがそれを、クルエドロップは一刀のもとに両断した。
そこから、
「【硝炎・砲仙花】」
間髪入れずに放たれたのは強烈な突き――その剣先から放たれた深紅の砲弾が、一直線にスズリへと襲い掛かる。
スキルを使った後には技後硬直がある。それぞれに設定された秒数の間ほぼ動けなくなるという、スキルを使う上で避けては通れないデメリット。大技を放ったスズリもまたそこから逃れることはできない。
「わたしがいるから!」
ミサキが砲弾の前に滑り込む。
ひたすらにまっすぐ飛んでくる砲弾――それを、まるでサッカーボールかのように天高く蹴り上げる。
そして間髪入れず視線を送る。技後硬直から解放されたスズリは頷き、四刀と共にクルエドロップの元へと駆け出す。
直後頭上の砲弾が大爆発を起こし、紅焔を上空に撒き散らし、すぐに消えた。
「はあああっ!」
ガキン!
振り下ろしたスズリの右手のロングソードがクルエドロップの深紅の刀によって阻まれる。
全くと言っていいほどびくともしない。刀の少女は涼しい顔で受け止めている。
「――――あんた、嘘つきやねえ?」
「ッ!」
嘲るような言葉を振り払うように、スズリは四刀を狂ったように振り回す。
嵐のような乱撃――しかし幾重にも連なる刃のことごとくを、クルエドロップはこともなげに、ただの一刀で捌き切っていく。
「嘘つきって嫌いやねん。大嫌い。人を騙しておいて何を堂々と外歩いとんねん。かぶっとる面の皮が厚すぎやろ。息苦しくあらへんかー?」
畳みかけるような糾弾――口調は緩いまま、表情も先ほどと変わらず笑みを浮かべたまま。しかしその瞳の奥には昏い情念が宿っているように感じる。
その鋭い刃のような言葉に逆上したスズリは四刀を力任せに振るった。
「だあああぁっ!」
「うっとうしい」
バキン、と耳障りな音がした。
金属の破片があたりに桜の花びらのように舞い散り、青いポリゴンの破片に変わって消える。
スズリががむしゃらに振り下ろした四刀が、ただの一振りで叩き切られたのだ。
(――――だってしょうがないでしょ)
紅いぬらぬらとした光沢を放つ、鮮血を固めたような刃が迫る。
「平気な顔して人を騙すなや」
ああ――このままでは斬られる。裂かれる。開かれる――――
(――――私みたいなやつはそうしないと生きていけないんだよ)
なにがこの少女の地雷を踏んでしまったのかはわからないが、スズリはスローモーションになる世界の中で、刃の破片に映る泣き出しそうな自分の顔が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます