70.冷たい牙


 森林エリアを突破するためには敵を10体倒せ――そのために他のプレイヤーを闇討ちしようとしたミサキだったが、そう思い通りに行くものではないようだ。


「グルルルル…………」


 シュナイダーを倒してから数十分が経っていた。ミサキの頭上に躍る討伐数は9。本当はもっと早く突破するつもりだったのだが、なかなか他のプレイヤーを見つけられなかったり、見つけても討伐数が少なくて倒してもポイントがあまりもらえなかったりと、いまいち思うようにことを進められなかった。


 このイベント――『ライオット』はゲーム内の各施設や、現実世界の様々な動画サイトで生中継されているらしいのだが、こんな地味な絵面で大丈夫なのだろうかと心配になる。まあこうして展開があまり進まない時は他のエリアを移すなどしているのかもしれないが……。


 とは言え今のミサキにそんなことまで気にしている余裕は、実はない。

 目の前で唸り声を上げているモンスターを何とかしなければならない。


「……アイゼンファング」


 そのモンスターの名を苦々しげにつぶやく。

 オオカミ型のモンスターで、逆立った銀色の体毛が特徴だ。

 そして特筆すべきはその体毛。毛が鋼でできているのか相当な硬さを誇り、おまけにかなりすばしこく、プレイヤーたちからは嫌われているモンスターだ。


「やだな……こいつ攻撃力も高いんだよ……」


 ぶつぶつ愚痴りながら距離を保つ。

 さっきまで獲物プレイヤーを探して散策していた時もたびたびこのモンスターを見かけてはいたのだが、そのことごとくを迂回して避けてきた。

 しかし今偶然にも鉢合わせてしまい、戦うしかなくなってしまった。もちろんすぐに回れ右して全力でダッシュすれば振り切れるかもしれないが、どうせあと一匹倒せば終わりだし……という億劫さがその選択肢を隠してしまう。


 おそらくこの森にいるモンスターはこれ一種だろう。考えた運営の人間を恨めしく思う。これではみんな討伐数が少なかったのも頷ける。

  

 ただ。厄介なモンスターとは言え弱点はあるにはある。


「ガルァッ!」


 吼え、飛びかかってくるアイゼンファングに対して横にかわすミサキ。

 爪と牙……それらもまた鋼鉄製で、食らえば大ダメージは免れない。特に一度食いつかれると中々離してくれないので口には一層の警戒が必要だ。

 

 真横にステップしたミサキに対し、素早く反応した鋼鉄の狼が再び襲い掛かる。

 速い。だが一直線な攻撃ならば反応できないことはない。


「やあっ!」


 すれ違いざまにカウンター気味の拳を狼の顔面に叩き込む。

 まともに直撃した狼は吹っ飛ぶも、空中で軽やかに体勢を立て直し着地する。HPバーもほとんど減っていない。

 やはり硬い体毛に覆われている部分にはダメージが通りにくいようだ。


 だからやることはひとつ。


「ふっ!」 


 近くの木を駆けあがり、そこからジャンプ――狼の頭上へ飛び、踵落としを敢行する。

 しかしそんな大ぶりな攻撃が通用するわけもなく、狼は真横にステップし、ミサキの踵は空を切る。

 その隙を狙って振るわれる爪……それを右腕を使い寸前で受け止める。


「う、ぐ……すごい力」


 ぎりぎりと拮抗する双方。一瞬でも気を抜けば押し込まれてしまう。ミサキの装備している腕防具アズール・コスモスの強度でなければ容赦なく切り裂かれていただろう。

 だがこんな状態ではらちが明かない。


「離れて、ね!」 

 

 アイゼンファングの鋼鉄の爪を受け止めたまま、ミサキは器用に膝で狼の顎を打ち抜いた。

 きゃいん、という甲高い鳴き声と共に数メートル吹き飛んだ狼は、今度は体勢を崩したまま落下する。しかしやはりHPの方は大して削れていない。


 しぶとすぎる、だが――この状況こそミサキが狙っていたものだ。

 双方には距離がある。そしてアイゼンファングは再び立ち上がり、怒りに満ちた瞳でこちらを睨みつけている。

 ミサキが短く息を吐いた次の瞬間――お互いにまっすぐ駆け出した。


 凄まじいスピードで両者の距離が縮まり交差する、その直前。

 身体を地面にこすりつけんばかりに低くしたミサキがねじ込むように跳びかかってくる狼の下へと潜り込んだ。


「飛べ!」

 

 そのままぎゅるりと回転。

 狼の真下から、遠心力をこれでもかと込めた回し蹴りを叩き込んだ。

 全身を鋼鉄の体毛に覆われたアイゼンファングだが――ただ一か所。腹部だけは無防備だった。


 渾身の力で蹴り上げられた鋼鉄の狼は空高く打ちあがり、枝葉の天井を突き抜け……HPがゼロになったことにより空中で消滅した。

 同時にミサキの頭上の数字が10へと変わり、転送が始まる。


「ふう、なんとかなった。危なかったー」


 そういえばこのステージでもフランの姿を見ることはなかった。

 ここのエリアはかなり広く、シュナイダー以外ともほぼすれ違うことすらなかったのでそれも仕方のないことかもしれない。

 もしくはとっくにエリアを突破して先に行っているか。フランならありうるな……そう思いを馳せていると、転送特有の意識の途切れがやってきた。

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