68.暴君ミサキちゃん
「――――しっかしあんなガキひとりにあそこまでする必要があったのかね?」
先頭集団、その最後尾。
ごつい鎧に身を包んだ男性プレイヤーは嘆息交じりに呟いた。
「ああ? 何言ってんの。あのミサキとフラン相手にするんだから念には念を入れて間違いないでしょ」
鼻を鳴らしたのは腰に曲刀を差した軽装の女プレイヤーだ。
この二人は同じギルドに所属しており、今回は一獲千金を狙って参加した。
このイベントが発表された際、ギルドに回覧板のごとく一通のメールが回ってきたのだ。
ライオットに参加してくる要注意プレイヤー数人の情報――その中でももっとも警戒すべきプレイヤーとしてミサキの名前が大きく記載されていた。
まだ詳細なルールやレースの方式がわからないので、その時は簡単な対策方針と当日の行動予定くらいの内容しか無かったが、メールの最後にはこう書かれていた。
『このメールをライオットに参加する予定のある知り合いのプレイヤー、もしくはギルドに転送すること』
つまり優勝候補を大人数で潰すことを目的とした誰かがこのメールを作ったということだ。
確かにミサキは警戒されるべきプレイヤーだ。このゲームで随一のスピードに、卓越した戦闘技術。精力的に公式戦に参加しており広く名前と顔を知られているというのも手伝っている。
彼女がもしライオットに出場しようものなら優勝はまず間違いなく彼女のものになるだろう。
そしてこのメールがこうして転送されてきたということは――こんな設立間もない無名ギルドにまで回ってくるということは、それだけ彼女の独壇場を阻止したいものが多くいるということを意味している。
かくしてライオットに参加するプレイヤーたちは、メールに書かれていた手筈通りライオットの参加手続きが可能になるスタートの一時間前から集合し、専用エリア『ミリオン・マラティーニ』へと降り立った。
そこでルールやマップの形状を把握し、四つあるスタート地点のどれにミサキが来てもいいよう打ち合わせを重ね、先行部隊と包囲部隊に分かれ、ミサキたちを待ち受けていたのだった。
「…………まあ俺たちも一位取りてえもんな」
「そうだよ。金があれば大抵の問題は解決するんだから。私はあのしょぼいギルドハウス豪華にしたいなー♪」
「いやもっとするべきこと他にあるだろ……その前にまずはここを抜けねえと」
ふたりの目の前にあるのはただの荒野だ――見た目上は。
彼らが二の足を踏む褐色の荒れた大地。そこには大量の地雷が埋められている。超広範囲に渡って設置されているようで、迂回しようとした者たちは当然のごとく爆死した。先頭を走っていた中でも運のいい者たちは抜けることができたが、それ以外は容赦なく吹き飛ばされてしまった。
先行部隊の二割がここで死亡、そして死を恐れ動けなくなっているもの多数がここで立ち止まっているという寸法である。
たちの悪いことにプレイヤーが乗る以外では作動しない設定らしく、その辺に落ちている石ころや岩をいくら投げても爆発しない。
……最初に岩を投げて確かめようとしたものはその仕様に気づかず爆死した。
死ねば終わりのこのレースではうかつな行動が即敗退に繋がる。
賞金への欲と生存への慎重さが心の中でせめぎ合っていた。
第一チェックポイントはもう視界に入るほど近い。この地雷原を抜けたところにある白と青の渦がそれだ。そこに入ることができれば次のエリアに移動できる。
「はあ……どうしろっていうのよ。あんた先に行って生贄になってくれない?」
「バカ言え。んなもん命がいくらあっても…………ん?」
妙な音が遠くから聞こえる。
例えるなら雪崩のような轟音が、遠くから地響きのように鼓膜を揺らしていた。
嫌な予感が背筋を伝う。この音は、遠くから聞こえるというより――だんだんと迫っている。こちらに向かって。
鎧男はおそるおそる振り返り、そしてその音の正体を見た。
「…………――――まああああああてえええええええええええええっ!!!!!!」
ミサキが。
小柄で、藍色を基調とした軽装備にマフラーを合わせた可憐な少女がとんでもない形相でこちらに爆走してきている。
「うぎゃあああああっ! なんで生きてんだよ頭おかしいんじゃねえの!!??」
「嘘でしょお!?」
頭を抱える鎧男と曲刀女。
それも仕方のないことだ。数十人で包囲した奴が大した傷もなく生き残っていて、しかも恐ろしい速度で追いついてきたとなれば腰を抜かしそうにもなる。
そもそも失敗の可能性など考えていなかったのだ。それを侮っていたというのも憚られるほどに準備をしてきたはずだったのに。
あっという間に目前まで迫ったミサキは現実ではあり得ない急ブレーキで停止し、曲刀女の胸倉を掴みあげる。
「…………フランは?」
「へ、へええ?」
地獄の底から響くような低い声に、震えた声で呻くしかない。
しかしミサキはそれが癇に障ったのか、
「フランを見てないかなあ!!!!」
「みみみ見てませんっ!」
どさ、と地面に曲刀女を放り捨てる。
「追い抜いちゃった……? いや…………」
何やらぶつぶつと口元に手を当てて呟き考えている様子。
それはとても無防備な状態に見えた。
(い、今なら殺れるんじゃ…………)
鎧男をはじめとした、この場で止まっていたプレイヤーたちは武器を静かに抜いていく。
いま殺せば大丈夫。むしろここで倒しておかなければ優勝はこの女の手に落ちる。それだけは優先して阻止しなければ――鎧男は剣を振り上げ、
「あのさー」
ぱし、と。
乾いた音と共に剣が止まる。
完全に予想外の状況に思考もまた停止する。
なぜ止まった?
そう思い、刀身をよく見てみると……ミサキが蒼いグローブに包まれた片手で剣を掴んで止めている。
周りで武器を出していた連中も、唖然とその光景を見守っていた。
この些細なやり取りで悟ってしまった。勝てない、と。
「なんでみんなこんなところで立ち往生してるの?」
あまりにも純粋な瞳。
そこには敵意も何もない。こうして剣を振り下ろされ、それを防御までしているのに、自分たちを全く敵と見なしていない。
異様な雰囲気に煽られた鎧男は地雷エリアの説明をしてしまう。
「ふーん、なるほどね。教えてくれてありがとお兄さん!」
一転、純粋な少女のような笑顔を向けられ素直にどぎまぎしてしまう鎧男。
何しろミサキはとてもかわいらしいのだ。少なくとも、外見は。
「え、いやいやそんな……別にこれくらい……」
「――――それとごめんね」
見えなかった。
自分がなにをされたのかもわからなかった。
ただ、自分が地に足をついていないということだけはわかった。
「………………………………………………は?」
視界の左下に表示されたHPバーが大きく減少している。そして胸部に鈍い痛みと赤いダメージエフェクト。少し視線を下げると、少し遠くに上段蹴りの体勢で静止したミサキの姿が見えた。
そこで初めて、ああ、自分は蹴り飛ばされたのだなと気づくことができた。
同時に命を諦めた。
空中を数メートル飛んだ鎧は地面に背中から着地し――一瞬あと、凄まじい爆風と共に跡形もなく消え去った。
荒野が静寂に包まれる。
誰も、何も言えなかった。
「よしよし、感知から爆発までの時間はそのくらいで、爆風の範囲はそんな感じ。うん、いけそう」
その中で全く空気を読まない――読む必要がないともいえる――ミサキは数歩後ろに下がり、体勢を低くする。
「あーごめん。みんなちょっと前空けて?」
その言葉に、まるでモーセの所業がごとく人海がずざざざざと真っ二つに裂ける。
誰ひとり、逆らおうという気は起きなかった。鎧男の二の舞だけは嫌だった。
恐怖によって形作られた光景を見て、それを自覚せず、うんうんと満足げにミサキは頷く。みんな好意によって道を開けてくれたと思っている。
「ありがと。じゃあ――走ろう」
ドン!! という轟音。
爆発的なスタートダッシュでミサキが駆け出す。
目にも止まらぬ速度で、地雷原へと足を踏み入れる。
「おい考えなしに入ったら…………!」
スタートからかなり遅れて誰かがそんな声を上げた。
だが、彼が考えたようにはならなかった。
ミサキは遠慮なしに地雷を踏む。次々に爆発が巻き起こる。
だがそれを食らうことはない。
地雷を踏んだその時にはすでにミサキはそこにはいない。圧倒的スピードで、地雷が感知してから爆発するまでの間に、爆風の範囲から脱出しているのだ。
「うそだろ…………」
呆れたような、感嘆するような誰かのため息。
信じられないスピードで爆走するミサキはあっという間に地雷原を文字通り駆け抜け、そのままチェックポイントに突入し――彼らの視界から姿を消した。
乾いた笑いがあちこちから上がった。
もう呆れることくらいしかできなかった。
とりあえず、ミサキが駆け抜けたおかげでチェックポイントまでの地雷は除去されたので、それだけは喜ぶべきことなのかもしれなかったが、元々ここで足踏みしていた彼らはすでに戦意を喪失してしまっていた。
「ありゃ勝てねーわ」
多くのプレイヤーに諦めをもたらしつつ、何はともあれミサキは第一エリアを無事通過した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます