67.取り囲み鳥籠
戦闘行為あり、妨害行為あり、その他だいたいアリアリのレースイベント『ライオット』が開幕した。スタート地点を囲むバリアが消滅し、プレイヤーたちはいっせいに走り出す。
「いっくぞー!」
その中でも随一のスピードを持つ少女、ミサキは群を抜くロケットスタートを決めようとして大地を力強く踏みしめ、
「潰せえええええええッ!」
突如響いた怒号に身を固まらせる。
「え、なに――――」
「【スワンプ】!」
ずぶり、と。
踏み出した右足が柔らかく沈んだ。慌てて下に目をやると荒野の乾いた地面がミサキの足元だけ黒い沼に変化している。
驚きで空白になりそうな思考を気力で戻し、周囲の状況を確認する。
スタートダッシュには失敗した。すでに先頭集団との距離は大きく離されている。そして今現在、自分たち――ミサキとフランは数十人ほどのプレイヤーに囲まれている状態だ。
ミサキの脚をとったのはマジックスキルを扱うメイジ系のクラスについたプレイヤーだろう。
マジックスキルは詠唱が必要な分、威力や範囲が優れていることが多い。特に対エネミー戦で活躍するのがメイジ系である。
だが分析している暇はあまりない。ミサキは一時的に機動力を奪われ、周囲には敵だらけ。絶体絶命だ。
このレースはHPがゼロになった時点で失格だ。つまりここをなんとか切り抜けないと賞金は望めない。
「悪いがお前たちにはここで死んでもらうぜ!」
「「「【フレア・ウィンド】!」」」
数人の唱えた魔法――赤い熱風が動けないミサキに広範囲から襲い掛かる。
まだ沼から脚は抜けない。これを食らえば耐久が乏しいミサキには致命傷になりうる。絶体絶命の状況に思わず目をつぶる。
すると、
「《あわあわカーテン》!」
立ちはだかったのは金髪の錬金術士、フランだ。
手に持った青いリングを振ると空中に大量の泡が展開され、熱風をまとめて受け止めると同時に弾けて消えた。
「あっぶないわね……!」
「うわあああ死ねええええっ!」
息もつけない。
今度はフランに向かって三人のプレイヤーが走り寄ってくる。
足が速いわけでもなければ強い武器を持っているわけでもない、あまりの脅威度の低さに一瞬困惑しかけたフランだったが、うち一人のジャケットの内側が見えた瞬間息をのんだ。
身体中に見覚えのある爆弾を貼り付けている。
「うちの商品……っ」
確かに最近爆弾系のアイテムが良く売れたと思ってはいたがこのためだったとは――しかし、気づくのが遅かった。一瞬の侮りが対応を遅らせ、目前に迫った人間爆弾たちを防ぐ術がフランにはない。
「死ぬならひとりでしねーーーっ!」
そこへ沼から抜け出したミサキが割り込んだ。
眼にも止まらぬ動きで人間爆弾たちを殴り蹴り飛ばし、吹き飛ばされた彼らは空中で爆散した。
喫緊の窮地は脱した。
しかしまだ予断は許さない。
ミサキとフランを囲むプレイヤーたちの半分ほどは詠唱を開始し、もう半分はそれを守るように武器を取り立ち塞がる。
いつの間にか二重の円によって完全に包囲されていた。
「連携取れてるね」
「まああたしたち対策ってところでしょう。愛されてるわねー」
事前に多くのプレイヤーがミサキの参加を予想し、そして結託し、計画を練っていたのだろう。
アドリブにしては統率が取れ過ぎている。
まずはこの包囲網を突破しなければゴールへたどり着けないようだ。
「し、死ぬかと思った……」
なんとか全滅させることができた。
対多数とは言え不意打ちされなければそうそうやられることはない。包囲されていようと機敏に動き回るミサキを捉えるのは非常に困難なことで、つまりは結果として彼女を倒すことは束になってもできなかった。
ただ、無傷とはいかなかった。さすがに大人数の波状攻撃をかわしきることはできず何発かもらってしまった。
とは言え生き残れたのはひとりではなかったというのが大きい。隣にフランがいたからターゲットが分散し、敵の数も減らしてくれていたはずだから。
乱戦になったことでフランの姿を確認することはできなかったが、きっと無事でいるだろう。
「ふう。フランは大丈夫? 結構離されちゃったね――――って」
誰もいない。
ミサキの周りにはひとっこひとりいなかった。
状況を飲み込みきれずきょろきょろとあたりを見回すミサキだったが、ふと足元の感触に違和感を覚えて下を見る。するとブーツの下に紙きれが挟まっていた。
その紙片を広い、書かれている文字を読んでみると、
『賞金欲しいから先行くわね☆』
とのこと。
ああそうだ。そういえばあいつはそういうやつだった。
どさくさに紛れて包囲網を抜け、すたこらさっさと先行したのだろう。
実際そうするべきだ。ミサキとフランのどちらかが優勝できればいいのだから。
そんなことはわかっている、わかってはいるが。
「ばーーーーーーーーかーーーーーーーーーー!!!!」
荒野に怒号が響き渡る。
こうして、ようやく遅まきながら、ミサキはスタートを切ったのだった。
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