第五章 ルール無用の残虐レース
66.ライオット
「フラン、フラン。お金欲しくない?」
「急に何よ。欲しいわよ、それはもう浴びるほど」
ある日のアトリエ。
一心不乱に釜をかき混ぜるフランに、ソファに寝転がったミサキはスマホを眺めながら呟く。
「なんかニュースが来ててさ。今度イベントが開催されるんだって。ほら見てこれ」
だるそうにスマホを掲げるミサキに、作業を中断したフランが近寄り青白い画面をのぞき込む。
映し出されたニュースの見出しにはこう書かれている。
「…………『ルール無用の残虐レース『ライオット』開催決定』? なにこれ」
「公式が開催する大規模イベントらしいよ。このために専用エリアを用意したみたい。まあ単なる
「ふうん。で? どんなイベントなのよ」
「それがあんまり詳細は書いてなくて。専用エリアに設置されたスタート地点から参加者全員で同時にスタートしてゴールを目指す……戦闘行為、妨害行為、結託などその他なんでもアリアリ」
「なにそれ、蛮族の祭り?」
怪訝な顔をするフランに、ミサキは内心で同意する。
対人戦を強く推奨するゲームデザインといい、今回のイベントといい、争いあう方向へ誘導する意思を隠す気がない。
ミサキは別にそういうゲームも嫌いではないが、このゲームの運営――というか制作側の筆頭である白瀬という男の性格とこのゲームの傾向がどうもかみ合わない気がする。
もちろんひとりで作って運営しているわけはないのでそういったものを好むスタッフがいるのかもしれないが。
「内容はともかくとして……見てよこの報酬の欄。ゴールした順位に応じて景品と賞金が変わるんだけど」
「うーわ…………なんて大盤振る舞いをしてくれるの」
レアな装備やアイテムなども目を引くが、注目すべきは賞金だ。上位に入賞するだけで莫大な賞金が与えられるのは間違いなく、一位になろうものなら向こう半年とんでもないインフレを起こさない限りは金銭面で困ることはないだろうことは容易に想像できるほどの額が設定されている。
これまではアリーナでトーナメント大会に参加するのが最高率の金策だった。実際その賞金はバカにならないほどに高かったし、このゲーム自体が何をするにも金――クレジットと呼ばれるゲーム内通貨を要求してくるゲームバランスになっていることもその重要さに拍車をかけていた。
このゲームにおいて強くなるうえで重要なのはレベルではなく装備である。その理由だが、レベル50に達したところから異様にレベルアップが遅くなるのだ。そのくせ必死になって上げたとしても貰える
だから強くなる近道は強い装備を集めることなのだが……。
「とんでもないよね。需要をわかってるよ……強くなるには装備が必要、良い装備を手に入れるにはダンジョンに潜らないとダメ、ダンジョンに潜るにはクレジットを払ってガチャを回さないとダメ」
そもそもこのゲームにおけるダンジョンというのは自動生成なのだが、ガチャを回すことで得られるダンジョンの鍵を使用することで生成されるようになっている。もちろん高レアの鍵なら強力な装備やアイテムが眠るダンジョンが生成される。
一応の救済措置として、生成されたダンジョンには数回は入れるよう設定されており、その入場可能回数がゼロになるまでは鍵を持っていない他のプレイヤーでもダンジョンに潜ることができる。
…………当然のことではあるが、最高レアのダンジョンともなると生成をかぎつけたプレイヤーが殺到するし、ダンジョンの入り口で入場権を賭けたバトルが勃発することも珍しくはないのだが。
「足元見られてる気がするわ。……で? これを見せてきたってことは参加するのかしら」
「うん! だってレースだよ? わたしの独壇場でしょ」
「確かにすばしっこさだけならナンバーワンかもね」
ミサキは初ログイン時に起こったエラーのせいで武器を一切装備できない状態にある。しかし怪我の功名と言っていいのか、武器がない分装備重量が低くなり、結果としてこの世界において随一のスピードを手に入れていた。
誰よりも早くゴールすることが要求されるレースという舞台では、その特性が十二分に発揮されるだろうと考えたのだ。
「だからね、何が言いたいかというと――わたしたち二人で参加して、賞金山分けしようぜ! ってこと!」
「のった!」
不敵な笑みを交わす二人。
もう脳内では捕らぬ狸の皮算用が勃発しまくっていた。
正直負ける気はしない。間違いなく勝てる。何しろ稀代のスピードスターがいるのだ。
そう確信していた。
だが二人は目先の成功に目がくらみ、すっかりと忘れていた。
このレースがただのレースではないことを。
ルール無用の残虐レース――そのキャッチコピーの意味を、身をもって知ることになる。
さて、大会当日。日曜日の午後である。
アリーナで参加受付を済ませたミサキとフランはレースイベント専用エリア『ミリオン・マラティーニ』へ転送された。
「よっと。わ、もう結構人がいるね」
スタート地点はあちこちに細長い岩山が林立する荒野だった。参加手続きをしたときにもらった地図を開いて見ると、このマップは十字のような形になっているらしい。参加者はランダムに北端、東端、南端、西端の四つのスタート地点に振り分けられ、マップ中心のゴールを一斉に目指すということになっているようだ。
ミサキたちが降り立ったのは西端。見渡すとおそらく数百人単位の参加者がいる。周囲には光のバリアに囲まれていて、恐らく開始時刻になるとバリアが解除される仕組みだろう。
見上げてみると空には14:55:26:33という数字のホログラムが展開されている。現在14時55分、スタートは15時ちょうどだ。
参加者は見る限りパーティを組んできているものがやはり多い。一緒に参加手続きをしたものは同じスタート地点に転送されるのだろう。
「…………なんか鬱陶しいほど視線を感じるわ」
周囲のプレイヤーたちから見られているような……いや、確実に注目を浴びている。
『おい……』『やっぱり来たぞ』『勘弁してくれよ……』『……ああ、手筈通りに』『わかってるよなァ?』『……はい』『ミサキちゃん ああミサキちゃん ミサキちゃん』『絶対に俺たちが……』『好き……フラン様……』『ちょっとくらいさわってもバレねーだろ』『死にたくない……』
なにやら不穏な囁き声が聞こえる。
一部おぞましい何かが耳に入ってきた気がしたがすぐに忘れた。
ミサキはこっそりフランに耳打ちする。
「……なんかわたしたち注目されてない?」
「そりゃそうでしょ。あたしもあなたもそれなりに有名になってきたし、特にミサキは警戒されて当然だわ」
トーナメントなどで露出の多いミサキは稀代のスピードファイターとして名を知られている。そんなプレイヤーをレースという舞台で警戒するのは至極当然のことだ。
参ったな、と再び空を見上げてみると開始まで一分もない。
「フランごめん。始まったら最高速度で全員振り切る」
「まあいいけど」
それができるかどうか、という小さなつぶやきはミサキの耳には届かなかった。
時間を示すホログラムは形を変え、『10』を表示する。いよいよカウントダウンが始まった。アリーナでの試合にも使われている見慣れたものだ。
「よし」
姿勢を低くする。
身体に入った力を意識して弛緩させる。バーチャルに再現された鼓動を感じ、緊張している自分を自覚した。
だが嫌な感覚ではない。高揚している。ミサキはひさびさにこのゲームを純粋に楽しめる時が来たと喜んでいた。ここのところマリス関係でごたごたしていたせいで心から楽しめる時が中々来なかったのだ。
準備は万端。装備も手に馴染む。改良を施された《ミッシング・フレーム》も首に巻かれているが、活躍の機会はないだろう。
ミサキが自覚なしに口元に笑みを浮かべたかと思うと――ホログラムがゼロを表示し、ルール無用の残虐レース『ライオット』の幕が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます