41.カラス頭は謎だらけ


「いやね、実のところ前々から君とはこうして話す機会を設けなければな、と思っていたんだよ」


「わたしとですか?」


 神谷がそう聞くと、白瀬と名乗るその男は頷き、緩慢な動作でテーブルに置かれたコーヒーカップを口に運んだ。先ほど部屋に入ってきた執事服――哀神が持ってきたものだ。

 神谷も同じようにしてコーヒーに口をつけるが、すぐに顔をしかめる。にが、という言葉は喉の奥に無理やり流し込んだ。


「苦いかい?」


「い、いえちょっと……まあ、はい、苦いです」


 見栄を張ろうとしてすぐやめた。

 大人相手に大人ぶっても子どもにしか見えないから。


 苦いのは得意じゃない。我慢すれば何とかなる程度だが、進んで口に入れたいとは思わない。コーヒーも紅茶もミルクと砂糖は多めに入れる。

 

「悪いね。まあそこまで時間はとらせないから安心してくれ……で、まず君のアバターのことなんだが」


「ああ、そう言えばわたし、初ログイン時にエラー起こしてましたね」


 初めてログインする際、全プレイヤーにもれなく行われるスキャンで神谷はエラーを出し、結果クラス無しでゲームを開始することになってしまった。

 いつの間にかその状態が当たり前になってしまったので忘れかけていた。


「まず最初に言っておく。あのエラーが起きたのは君だけだ。世界に数百万人いるプレイヤーの中で、君だけが正常にスキャンできなかった」


「……やっぱりですか」


 今でこそ受け入れているものの、当時の神谷は焦りに焦り、あらゆる手段を使って他に同じエラーを起こした者はいないか探した。しかし、同じ症状のプレイヤーは一人として見つからなかったのだ。


「本当に原因がわからないんだ。異常は無い、無いはずなのに、厳然として君というケースが存在する以上どこかにほころびが存在するはずで、なのにそれがどうしても見つからない」


「わたしだけがそのエラーを起こしたってことは、わたしに原因があるんじゃないですか?」


「もしかしたらそうかもしれない。だが開発者として、それで終わらせることはどうしてもできないんだ……君のアバターだが、今なら正常なものへ引継ぎすることもできる。装備やレベル、スキルポイントなどは全てそのままでね」


 つまりクラスが無く、武器が装備できない呪いじみたこのアバターを捨てられるということだ。

 魅力的な提案だし、もっと早くやってほしかったという思いもある。だが、


「遠慮しておきます」


「……どうしてだい?」


「確かにわたしも、剣を振りたい! 呪文を詠唱してみたい! って気持ちはあります。ただ、もう『ミサキ』に愛着がわいちゃったので。このまま行けるところまで行こうと思います……なんて、これで挫折したらかっこわるいですけどね」


 えへへ、と照れ臭そうに笑う神谷。

 白瀬は眩しそうに目を細め、


「……君のそう言ったところが強くなれた要因なのかもしれないな……」


「なんですか?」


「いいや、本人が納得してるなら何も言うことはないよ。じゃあ次、これが本題だ」


 白瀬はおもむろにタブレットを取り出し、動画を再生し始める。


「話というのは他でもない。例のモンスターのことだ」


 映像には見覚えのある街が映っていた。『アストラル・アリーナ』のホームタウンだ。

 あちこちが破壊され、空は赤い。カメラがぐっと上昇し、見下ろすような視点になった。

 おそらく運営用のカメラなのだろう。これであの世界を網羅しているというわけだ。


「これは、先日起こった事件を映した動画なんだ……ここを見てくれ」


「あのモンスター……と、わたしが映ってますね」


 ごくり、と生唾を飲む。

 あれの正体が、今ここでわかるかもしれない。

 どこから現れたのかもわからず、なぜかタウンに入り込んでいて、倒した相手のリスポーンを封じ、同時にログアウトも不可能にする、規格外の存在。


「奴の正体は……今のところわかっていない」


「え?」


「あのゲームに我々が実装したものではもちろんないし、さりとて何者かが外部から持ち込んだわけでもない……わかっているのはそれだけだ。なんというか、『あの世界で生まれた』――そうとしか考えられない存在なんだ」 


 製作者にも実態不明のモンスター。

 そんなもの、いったいどうやって生まれるというのか。


「バグとかでは、ないんですか」


「それはない。それなら既存のモンスターか、それに似た形を取るはずなんだ。だがあんな形状や骨格のモンスターを我々は作っていない。加えて、運営側から干渉することもできない」


 喰らい判定が存在しないだとか、攻撃を食らったプレイヤーがリスポーンしないだとか、それだけならバグで説明がつくかもしれないが、今まで見たことのないタイプのモンスターであるという事実はその可能性を否定している。


「君の戦いは見ていたよ。奴を倒してくれてありがとう」


「いえそんな、わたしも何が何だかという感じで……」


「神谷さんの実力を見込んで僕から頼みたいことがある」


 白瀬はそこで一呼吸置き、


「あのモンスターは突然現れた。そしてこれからも再び出現する可能性が十分にある。だから……君には、奴らの討伐をお願いしたいんだ」

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