40.クリエイターズ・ミーティング
低く静かな駆動音。
オフィスビルの内部を上昇する密室、有り体に言ってしまうとエレベーターの中に三人はいた。
一人目は神谷沙月。この場所に呼び出された当事者。
二人目はアカネ。神谷が心配でついてきたがそれを悟られるのが癪なので、あくまでしぶしぶというポーズを取っている少女。ちなみに当人にはバレている。
三人目は、
「ここの7階が我々のオフィスになっています」
「は、はあ……」
オペラ歌手さながらのテノール。
執事服を着用している、哀神と名乗ったその男性は、さきほど会った時からにこりともしない。こうして声を発してくれなければ、自分の隣に居るのは彫像なのではないか、と勘違いしてしまいそうになる。
というかなぜゲームの会社にこんな人がいるのだろうか。もしかして社員全員執事服だったりするのだろうか。
アカネは先ほどからだんまりだ。立ち位置としては執事(?)と神谷の間で、不遜に腕を組んでいる。
守ってくれているということなのかもしれないが、失礼にならないか不安になってくる。
そうしてしばし無言の時間を過ごすと、エレベーターが止まり目的階についた。
「こちらです」
先導する執事服に連れられ、人気のない通路を歩く。
誰もいない。当然ではあるが、この階を利用する誰もが今オフィスで労働をしている最中なのだろう。
実際、今はとても忙しい時期だろうから。長期メンテナンスというのはそういうことだ。
ここであのゲームが開発されたと思うと少し感慨深い気持ちになる。誰が、どんな気持ちでアレを作ったのか。それを知りたいという目的もあって今日はここに来たのだ。
「アカネ様はこちらに」
待合室とプレートに記載されたドアをうやうやしく開く哀神。
「……あたし同席するつもりだったんですけど」
「申し訳ありません、外部に漏らせない話をさせていただきますので」
睨みつけるアカネに、少しも怯まない。
アカネはため息をひとつ落として言う。
「全く、これじゃついてきた意味ないじゃない」
「申し訳ございません」
「あんた、なにかあったら大声出しなさいよ」
「なにかって……なんにもないよ」
いったい何を心配しているのか。
知らない人と二人きりで話すというのは緊張するが、そこまで心配しなくてもと神谷は思う。
……まあ、そうやって気にしてくれるのが嬉しくもあるのが本音だが。
応接室に通された。
ガラスのテーブル、黒革のソファ。
ここが応接室になるか、それとも取調室になるのかは、まだわからない。
すでに片方のソファには白衣の男が座っていた。
俯いていて、神谷が「失礼します」と声をかけても一切反応がない。
勝手に座るのもどうかなと思ったので、とりあえず立ち続けている神谷だが、手持ち無沙汰で仕方がない。
「あのー……」
恐る恐る再び話しかけてみる。しかしそれでも無言のままだ。
もしかしたら怒っているのかもしれないと考えると、少しだけ暗い気持ちになる。
怖い人だったらどうしよう。
そんなことを考えていると、神谷はあることに気付く。
白衣の男の頭が、少しだけ上下にゆらゆらと揺れているのだ。
もしかして、と思い顔を下からのぞき込んでみると、
「寝てるし!」
「……ん? ああいや起きているよ大丈夫。大丈夫だから殴らないでくれ佐田くん」
神谷が思わずつぶやいた言葉に、白衣の男は慌てて顔を上げる。
疲れているのだろう、目のしたには深い隈が刻まれ、頬も少しこけている。
「あの……大丈夫ですか? あとわたし佐田じゃないです。神谷です」
「あ、ああ……すまない。神谷さんだね。わざわざ来てくれてありがとう。悪いね、最近忙しくて……」
弱々しい笑み。
明らかに昨夜寝ていないんだろうな、と思わせる覇気の無さだった。軽く小突いただけで倒れてしまいそうだ。「とりあえず座ってくれ」と言われたのでそれに倣う。
「僕の名前は白瀬という。ディレクター、プロデューサー……まあいろいろ兼任しているが、一応はここで一番”偉い人”……ということになっている」
よろしく、と差し出された手を握ると、かさかさしていて冷たい。
あの世界を作ったらしい人物は、思ったよりも頼りなく見えた。
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