37.ブラックアウト
こちらからの攻撃はすり抜ける。
向こうからの攻撃は当たる。
そんな相手とどう戦うか。どう勝つか。
これまで様々な敵と戦ってきて、そのたびに攻略法を模索し勝利してきた。
だから今回も、
「「わかるかーーーっ!」」
どすん、どすん、と謎のモンスター――巨大カラス人間は、逃げるミサキたちを追いかけながら両の翼腕を餅つきのように何度も叩き付けてくる。今のところ逃げられてはいるが、一瞬でも足を止めればお陀仏だ。
このモンスターは無敵だ。勝負にならない。
そもそもこいつは倒せる敵なのか。ステージギミックとか、ああいう類の存在ではないのか。
「かっこつけたこと言っといてなんなのフランは! 逃げるとかダサいとか思わないの!?」
「あんただって同じでしょーが、ばーかばーか!」
罵りあいながらひたすら逃げる。
気持ちを奮い立たせても状況は変わらなかった。あんな常識外れの敵に相対した状況で、取れる戦法など持ち合わせていない。
何か弱点はあるのか。それとも他に攻撃を通す条件があるのか……今のところ見当もつかない。
「自称天才錬金術士ならなんとかしてよ!」
「あーもううるさい! てか自称ってなによあたしは――――」
二人が醜くも言い争っていると、カラス人間はらちが明かない状況に苛立ちを覚えたのか、
「コ…………ア…………」
くぐもった、ノイズ交じりの声。
その巨大なくちばしからではない、もっと奥底から響くような声。
異様な声色に、ミサキとフランは走りながら後ろを振り返る。
するとカラス人間は、翼腕を大きく振り回し、そこから滴る粘液をショットガンのように撒き散らした。
黒ずんだ雫は四方八方に飛び散り、そのうちのいくつもが二人を狙った。
「あっぶな!」
敏捷性に長けたミサキは
だが、
「あうっ!」
飛び散った雫の一滴がフランの左足のふくらはぎに命中した。
直後、フランの左足から一切の力が抜け、バランスを崩して盛大に転んだ。その衝撃で手から離れた杖が、乾いた音を立てて、主人と同じように転がった。
「フラン!」
慌てて逃げる足を止めるミサキ。
前方には横たわるフラン。そのまた前方には向かってくるカラス人間。
まずい、と背筋を寒気が襲う。動揺で踏み出すのが遅れた。
倒れるフランの目の前にカラス人間が踏み出し、その翼腕を拳のように握りしめる。
眼下には獲物。ならば振り下ろすしかありえない。
絶望的なプレッシャーにフランは思わず目をぎゅっと瞑り――――
「させるかああああっ!」
滑り込んだミサキが振り抜いた拳と、黒い翼の拳が激突する。
「あ、当たった!? ……うわあっ!」
拳がすり抜けなかったことに驚きを覚えたのもつかの間、相手の腕力にいともたやすく押し切られ吹き飛ばされる。なんとか空中で体勢を立て直し、着地しつつ自分の拳を見ると、全体がまるごとノイズに覆われていた。痛みは無い――というか感覚が無くなっている。まるで手首の先が無くなってしまったようだった。
「でも……」
当たった。
HPは削れていない――というかこの段階になっても未だHPゲージが表示されていない――が、拳は命中した。防ぐことはできるのだ。
だがそれがわかってもどうにもならない。結局のところ、ダメージにはなっていないのだから。
少しずつ足元から絶望感が這い上がって来ているような気がする。もう諦めるしかないのか、という考えが自分の中に生まれつつある。
「ミサキ……あいつなんか様子が……」
そんな時、背後からフランの声がした。
それに従いカラス人間を見やると、何やら苦しそうに身をよじり、うめき声を上げている。
こちらの拳の影響か、とも思ったがそれは無さそうだ。やつは翼腕で苦し気に胸を抑えているだけだ。
明確な隙に、今の内に隠れて機を窺うか、とミサキが考えた瞬間。
カラス人間はおもむろにそのくちばしを大きく開く。
「なに……?」
開いたその口腔の中。
そこで何かが渦巻いているのが見える。黒紫の何かが、少しずつ膨張と収縮を繰り返している。
物体ではない。あえて表現するなら”エネルギーの塊”としか言えない代物だ。
「フラ――」
「これに隠れて!」
フランが懐から巨大な甲羅――《硬鋼コウラ》を取り出した瞬間。
カラス人間の口から、漆黒の光線が発射された。
規模は極大。ビームの直径がミサキの身長よりも大きい。
地面を食い荒らしながら直進する黒い閃光が二人に直撃する寸前、二人をすっぽり包んだコウラがそれを阻む。
密閉されたカマクラのような空間の中でフランはほくそ笑んだ。
「《硬鋼コウラ》は改良済み。どんな攻撃も防いで――って、え?」
暗闇に包まれた内部でもわかる。
コウラ全体が少しずつ溶かされ――いや、侵食されている。
防御力が全く通用していない。コウラというオブジェクトを消滅させるのに少しばかりの時間がかかるだけで、コウラの”硬さ”が意味を成していないのだ。
《硬鋼コウラ》はその高い強度ゆえに弱点がある。それは破壊されるか時間経過で消滅しない限り、使用者が出られないということだ。コウラ内の狭いスペースで身動きすることくらいは可能だが、設置した場所から移動することはできない。
つまり。
このコウラの中で、このままあの黒い光線を受けるのを待つしかないということだ。
「――――ッ」
フランはもともと足をやられて動けない。
だがミサキは。
ミサキなら、逃げられたかもしれないのだ。
一瞬の判断ミスが彼女を危険に晒した。
「ミサキ、」
「…………大丈夫」
真っ暗な中に、ミサキの澄んだ声が響き渡る。
この状況で落ち着き払っている。
「わたしがあれを止めたら――ええと、なんとか頑張って逃げて。片足でもある程度は動けるでしょ」
「なにを……」
「ほら来るよ」
コウラが消滅する。
目の前に迫る黒い閃光。
そこにミサキが立ちはだかって――
「イグナイト!」
迎え撃つ。
両腕で、莫大な黒光を押しとどめている。《アズール・コスモス》のスキルによって噴射した青い炎が推進力をプラスして、それでやっと互角。
それに、
「ミ、ミサキ……両手が……!」
ミサキの両腕が手のひらからノイズに侵食されていく。
見る見るうちに肩まで昇って……このままでは全身が覆われる。そうなってしまえばどうなるか予想もつかない。
「ぼーっとしてないでさっさとどっか行く!」
この状況で。
なんでこの子は自分のことを毛ほども気にしないのか――その疑問はすぐに氷解する。
(…………そうか)
その後ろ姿は、小さいのに何より頼もしく見える。
そこにあるのは絶対に止めるという決意。何としてでもフランを守らんとする、彼女の強い想いだ。
(自分よりも、あたしが大事だってか)
そんな姿を見せられてはますます逃げられないではないか。
倒れたまま素早くポーチを漁る。
あいつに攻撃は通じない。
ならば攻撃以外の手段をとるだけだ。
思い出せ。今までのやり取りの中から対抗策を探せ。
あの敵は文字通り規格外の相手。だが、この世界の法則にはある程度則っている。
壁に対して垂直に立つこともないし、空中を走ることもない。つまり奴の身体は自分たちと同じ法則に囚われている。ならば通用するのは……。
取り出した一枚のカードをカラス人間の足元に投げる。
そのカードは地面に着地した瞬間、周囲の床を凍り付かせた。
「《かちこちカーペット》……地に足付けてるならこれが効くでしょう?」
カラス人間が揺らぐ。
足元が滑り、身体が傾ぎ、仰向けにひっくり返った。顔という発射口が上を向いたことで、ビームもまた軌道を変え、真上に発射され、そのまま収束した。
「く……あ……」
力尽きたように座り込むミサキ。
もうノイズが侵食されていない部位を探すのが難しいような状況に、フランは息を飲む。
間に合わなかったのか。
「ミサキ……!」
「ありがとう、フラン……でもごめん、もうダメかも」
感覚を無くした身体では、自分が倒れていると気づくのにも数瞬の時間を要した。
ミサキの視界が少しずつ黒く塗りつぶされていく。
「眠い…………」
その言葉を最後に。
ミサキの意識は完全に闇に落ちた。
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