36.Unknown Encounter
振り下ろされる翼腕を両腕で何とか受け止める。
「いった……!!」
壮絶な重圧に耐えながらミサキは思わず歯噛みした。
痛い。
このゲーム内で感じたことがないほどの痛み。
この世界は、意識と感覚を丸ごと落とし込んで遊ぶゲームだ。よって攻撃されれば痛みも感じる。だがリアルすぎる痛みはプレイを阻害するので極度の抑制がかかっている。痛みは感じるが、最大でもビンタされた程度にしか感じないようになっている。
しかしこの攻撃は何だ。
この骨の髄まで響くような痛みは――現実のそれに近い。
「ミサキさん!?」
足元に転がっているシオが声を上げる。
よくみると身体のあちこちがノイズに覆われている。何度か攻撃を受けたのだろう。
「こいつなんかやばい! 今のうちに早く逃げてシオちゃん!」
一瞬ためらうように唇を引き結び、しかしすぐに頷いて走り去る。
そんなシオの背中にもノイズが走っている。
どんな攻撃を受けようとこうはならないはずだ。この敵はいったいどういう存在なのか。運営が用意したイベントなのか。それともバグか不具合か。わからないことだらけだ。
ミサキにわかるのは――ここで倒しておかなければいけない、ということだけ。
「らあっ!」
翼腕を押しとどめたまま右足で蹴り上げ――られなかった。
太く強靭なカラス人間の腕に、ミサキの右足がずぶずぶと飲み込まれる。
「な…………」
ふやけたスライムのような感触だった。
全く手ごたえがない。受け止める自身の腕には頑丈な翼腕の感触が伝わってくるのに、こちらから攻撃した足は通じず飲み込まれる。
こんなモンスターは知らない。
どうしたら倒せるのか見当もつかない。
「ミサキから離れなさい!」
声のした方向を見ると、フランが稲妻をかたどったアイテム――《びりびり針》を投げつけた。
以前よりも投擲速度、弾道の鋭さが上がっている。彼女も見えないところで強くなっているのだろう。
だがその針はカラス人間に突き刺さることなく貫通する。
「うそ!?」
ミサキとフランに走る一瞬の動揺。それを見逃さず、カラス人間はフリーの左腕でミサキを掴み、思い切り投げつけた。
地面と平行にすっ飛んだ小さな身体は抵抗することもできずアリーナの壁に激突する。
「が、は……」
ずるずると地面に落ちるミサキ。
しかしこれで距離はとれた。ならばまずするべきことは奴の情報を集めることだ。何もわからないままでは勝てるものも勝てない。
「【インサイト】…………、…………!?」
表示されたステータス画面には、カラス人間の情報が記されているはずだった。
名称。種族。ステータス。耐性。それらの情報は、【インサイト】によってすべて詳らかになる。
実際そこにはすべてが記されていた。だが同時に、何も記されていないのと変わりなかった。
Name:繝舌せ繝�ぅ繝シ繝ヲ
ATK 諱先�
DEF 邨カ譛�
MTA 諤偵j
MDF 雖牙ヲャ
SPD 謔イ縺励∩
Class:繝槭Μ繧ケ
「なに、これ」
表示されたステータスはあらゆる情報が文字化けしていた。
こんな状態は見たことがない。意味を成さない情報に混乱する頭を思わず手で抑える。するとあることに気づく。
ミサキの頭を抑える手の首にノイズが走っている。さっき投げ飛ばされたときに掴まれた部位だ。
ぞくりと背筋が冷たくなる。
なにか……単なるアバターだけではなく、自分自身という存在自体が侵食されているような感覚がする。
命を脅かされるという感覚はミサキにとって久しぶりだった。
それに伴う恐怖も、このゲームでは味わったことがなかった。攻撃を食らったとしてもちょっと痛いくらい、死んでもすぐに復活できる。そんな世界では味わうことのない恐怖。
どくん、と心臓が大きくひとつ脈を打った。
同時に、この敵は絶対に自分が倒さなければならないと思った。
周囲には他のプレイヤーはおらず静まり返っていて、こんな時でも変わらず流れているホームタウンの平穏なBGMだけが壮絶な違和感を醸していた。
謎のモンスター……カラス人間は少しずつこちらに迫ってきている。一歩ごとに黒ずんだ粘液が滴り落ち、地面をノイズで侵食していく。
ここまでくると仕様内の存在には到底思えない。あの敵はこの世界そのものに害を為すものと見て間違いない。ただの不具合ならいい。ただ、これがもし――――
「ミサキ危ない!」
その声に、思案にふけり逸れていた意識を慌てて引き戻す。
すると眼前のカラス人間が翼腕から無数の黒羽を放っているのが見えた。羽根は空中に舞い上がった後こちらへと殺到する。
迎撃は現実的ではない。ならば、と軽やかなステップで横に回避する。直後、ターゲットを見失った羽根は石の床に突き刺さって砕いた。
ミサキはそれに目もくれずモンスターへと突進、勢いを乗せた拳を腹部へと突き入れる。
「これもだめか……!」
キックもパンチも通じない。感触からして威力の問題でも無さそうだ。
全く手ごたえが無い。ここまで通用しないと、自分が戦っている相手がわからなくなってくる。まるでRPGなどの街中にいるNPCに向かって必死に攻撃しているような気分だった。
ダメージを与えられない、ではなく根本的に攻撃が当たっていない。食らい判定が存在しないのか。
そもそもこの敵はHPゲージすら表示されていないので、モンスターなのかどうかも怪しい。
向こうからはいくらでも攻撃が可能で、こちらからは一切通用しない。理不尽そのもののような存在だった。
勝つと息巻いたものの、勝負になるのか。そんな不安が胸中で渦巻く。
だが。
「……ねえミサキ」
いつの間にか近寄ってきていたフランが呟く。
「なに?」
何か考えがあるのか。
フランなら、と思ってしまう。この錬金術士ならもしかしたら不条理でも覆せるのではないかと。
「あいつ、今まで見たことないわよね?」
「うん」
「あたしも知らなかった。だったら」
にんまり、とフランはこの場にそぐわないような笑みを浮かべる。心の底からうれしそうに、舌なめずりでもしそうなくらいに。
「――――あいつめちゃくちゃレアな素材落とすんじゃない?」
「……ぷっ、あは、あはははは!」
何を言うかと思えば。
こんな時でも
だけど――――、
「フランらしい」
「でしょう? 勝てたらまた何か作ってあげるわ」
「楽しみだね」
何もかもが不明の相手。
しかしフランが隣に居るなら――負ける気はしなかった。
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