28.きらきらした感じのジャンプとかしようよ
「海だーーーーっ!」
きらめく砂浜。真っ白な入道雲。波打つ青い海。
ミサキとフランの眼前にはそんな景色が広がっていた。
「海でそんなはしゃぐキャラだったかしらあなた」
「いや、一度やってみたかっただけで海自体にそこまで思い入れは無いんだけどね」
ミサキはひとしきりぴょんぴょん跳ねて満足したのか嘘のように落ち着く。
ここは以前解放した海岸エリアである。フランの仕事も少し落ち着いたので満を辞してやってきたというわけだ。
このエリアにはここにしかない素材も多く、フランとしては「やっと来られた」という心境だった。
「さーてバリバリ集めるわよ。手分けしましょう」
「わたしは海に潜るよ。フランは――――」
「ゲッ」
首を締めあげられた鳥のような声。
背後から聞こえたそれを不審に思ったミサキたちが振り返ると、そこには背の低い少女と、背の高い女性の二人組がいた。どちらも見覚えのある顔だ。
片方はシオ。
少し気弱そうな顔立ちは現在喜色満面で、ショートの髪が海風に揺れている。
もう片方はエルダ。
背が高く、なぜか真っ赤なビキニを着用している。
先ほどの声の主はおそらくこちらだろう。
どうしてこの二人が一緒にいる? その理由を考える前にミサキは思わず戦闘態勢を取っていた。
「エルダ!? なんでシオちゃんと一緒に……? それになんで水着着てんの? ていうかなんでここにいるの?」
「質問責めやめろ、アタシが聞きてーよ…………」
なんだか前に会った時とは様子が違うようで、エルダは憔悴した様子で今にも泣きそうだった。というかこれがゲームではなく現実なら、さめざめと涙を流していただろう。
反対にシオはにこにこと嬉しそうにエルダを見上げている。
とりあえず危険は無さそうだと判断したミサキは拳を下ろした。
「だいじょうぶですよミサキさん。私たち友達なのです。ね?」
「ぐ……ああ、まあ、はい……」
エルダはなぜか苦虫をかみつぶしたような顔で応える。
なぜだろう、エルダに首輪と鎖がついているような気がした。
「うーん、でも二人が仲良くなったならよかったよ」
「ええ、本当に良かったのです」
「…………よかねえよ…………仲良くもねえよ…………」
「ねえミサキ? その赤い人は誰かしら」
なにやら小声で呟いているエルダを無視して、フランがミサキの背中から顔を出す。赤い人、というのは赤い髪に赤い水着のエルダのことだろう。
「この人はエルダ。前にわたしと戦った人で……えーっと、フランもたぶん見たことあると思うよ。ほらわたしと契約する前の……」
「あー、あのやられ役の!」
「誰がやられ役だコラ!」
がるるる、と牙をむくエルダ。
顔は怖いがこの場でひとりだけ水着というのもあって、なんだか間が抜けているようにも見える。
「今日はエルダさんと仲良くなった記念に海に来たのです。水着は私の趣味です」
「大丈夫? 怖いことされてない?」
「エルダさん思ったより優しいのですよ。私のこと助けてくれたりもしましたし」
「そうなんだ! もー、エルダも意外といいとこあるじゃん」
こえーのはこいつだよ……と当のエルダは内心で思ったが黙っておいた。
下手な口をきけば何を言われるかわかったものではない。
しばし和気あいあいと会話を楽しんだ後(エルダ除く)、ミサキは海へと、フランは岩場の方へと素材を探しに行き、あとにはシオとエルダが残された。
ミサキたちへと振っていた手を、シオはゆるゆると下げる。
「……ごめんなさい」
「あ? 何がだよ」
「あまりミサキさんとは会いたくないのかな、と」
「…………」
やっぱりわかってしまうか、とため息をつきたくなる。
こちらの世界で知り合ってまだ間もない相手に悟られるということは、それほどわかりやすく態度に出てしまっているのだろう。
「別に。避けるのにも限度があるからな。どうせいつかは会うことになるんだ」
「どうしても海に来たかったのです」
シオはそう言って砂浜に座り込む。
エルダは少しだけ逡巡したのち、ひとり分の距離を開けて座った。現実なら太陽の熱で熱された砂が尻を焼いているところだ。
太陽の光できらきらと光る海面に反してふたりの表情は浮かない。少なくとも先ほどのミサキのようにはしゃぐ気分にはなれなかった。
「私の家はけっこう海に近くて、寂しくなるとそのたびに海を見に行くのです。何をするわけでもなく、ただぼーっと」
これはリアルの話だ。
このゲームにおいてリアルの話をするのはご法度というか、マナー違反なのだが、今は他に誰もいない上に二人はリアルでも知り合いなのでエルダも何も言わなかった。
いや。
言えなかった――と表現するのが正しいか。
彼女が母親と離れ父親と二人で暮らしているというのは知っている。
彼女の両親が離婚する際、海外を転々として働く母親はシオ――
前年度の担任から聞いたのだ。本当は知らなくても良かったことなのだが、向こうが勝手に話してきた。昼食時の雑談の種みたいに、気軽に話してきた。
いいのかよ、と当時のエルダ――海堂香澄は内心で思ったが、愛想笑いで乗り切るしかなかった。
そうなんですねー、たいへんですねー、気を付けておきますー、というふうに。
知るということは暴力になりうるとエルダは思う。
どれだけ秘密にしていようが知られてしまえば抵抗できない。それは知ってしまった側も同じだ。知らなかったころには二度と戻れない。
お互いを知る、わかりあうことは尊いことかもしれない。
しかし知るということは暴くということでもある。
知ってほしいこと、知られたくないこと。それらをまとめて開示させるのが、果たして正しいことなのかどうかエルダにはわからない。
何も知らなければ、隣で俯くシオに何かしら聞こえのいい言葉を投げて慰めることだってできただろう。しかしそれはできない。彼女の抱えているものを知ってしまっているがゆえに、軽率に踏み込むことができない。
それに、知っているからと言ってエルダになにかできるということもない。彼女が本当に求めているものを与えてやることもできない。
シオより少し長く生きているだけで、エルダは無力なひとりの人間でしかない。
だから何も言えないのだ。
「なあ、これそろそろ脱いでもいいか?」
「……もう少しだけ」
大人が子どもにできることは、思ったよりも少ないらしい。
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