21.Believe Yourself
あれからだいたい一週間。
ログインしホームタウンに降り立ったミサキは、レベリングしようか、それとももうすぐ始まるトーナメントに飛び入りでもしようか――と悩みながら大通りを歩いていた。
「だーかーら、もうお前はパーティにいらねえつってんだろ!」
「ま、待ってくれよ!」
おや、と足を止めてあたりを見回す。
言い争いはそれほど珍しいことではないが、片方の声に聞き覚えがあるような気がする。
声のする方に向かってみると噴水広場で数人の男女が言い争っている。
……いや、争っていると言うより大勢でよってたかって一人をいびっていると言ったほうが正しいかもしれない。
「まだわかんねえのか? タンクなんてこのゲームじゃ産廃なんだよ。火力にならねえ、盾の後ろに引きこもってるだけ。てめえのDPSいくつなんだよ言ってみろや!」
「それは……だが約束だっただろう。山岳エリアのボスをひとりで倒せばパーティに留めてくれるって」
「馬鹿か? んな約束守るわけねえだろ」
数が多い方――その中心になっていると思われるウニみたいな頭の男が、もう片方の大柄な男に好き放題暴言を吐いているのがわかった。
というか、
「あれ、くまさん……?」
気弱そうな大柄の男は、よく見れば先日ゴブリンの群れを一緒に相手取ったくまだった。
その時の状況や今の話の内容を聞くに、彼は今パーティから追い出されようとしているらしい。ボスを倒せばパーティに留めてもらえるという約束だったにも関わらず、だ。
ウニ頭がくまをつっぱね、そのたびにパーティメンバーが笑い声を上げる。見ていられなかった。
「ちょっとちょっと」
「あ? んだよ」
「君は……?」
声をかけると双方ミサキへと目を向ける。
「言い過ぎだよ。わたしくまさんと一緒にボスと戦ったけど、すごく優秀な盾役だったよ。この人がいなかったら勝てなかった」
「はあ?」
事実だ。
多数のゴブリンに殴り倒されそうなところをくまには助けてもらった。
だがミサキの意志に反してウニ頭はにやりと口の端を歪める。
「おいおいおいおいくまちゃんよお、ひとりでボス討伐したって言ってなかったっけ? ダメじゃんかよこんなガキに助けてもらうなんて」
煽るような口調にくまは下唇を噛み俯く。
まずい。どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
彼らはあくまで”ソロで”ボスを倒せたら、という約束をしていたのだ。それなのに彼を庇うためとは言え、一緒に戦ったなんて言えば当然こうなる。
「う……そ、そもそもそんな約束がおかしいでしょ! なんでくまさんを追い出そうとするの」
「決まってんだろ。役に立たねえからだよ」
1+1は? と聞かれたときのような反応。
くまが不必要だという考えを信じ切っているようだった。
「お前さあ、タンクが今どういう扱い受けてるか知らねえだろ。底辺。産廃。どのサイトでもそう書かれてる」
「……ふーん。信じちゃうんだ、そんなの」
「んだと?」
「自分で考えもしないで、他人が貼ったレッテルに脳死で乗っかる……そんなのはゲームをプレイしないで外野から好き勝手評価する連中と変わんないよ」
ミサキの挑発的な物言いに、彼らの纏う空気が変わる。
敵意の矛先がくまからミサキへと変化したのだ。
「てめえ……今すぐ砂にしてやっから表出ろや」
このゲームにおいて『表に出ろ』というのは、ホームタウンの外に出てフィールドで喧嘩をしましょうという意味だ。その申し出にミサキは無言で頷いた。
くまは何も言わなかった。ただ居心地が悪そうにしながら後ろから着いてきた。
瞬殺だった。
ぱんぱん、と両手を払うミサキの足元にはウニ頭を含めた六人が横たわっていた。
大した強さではない。ミサキがいくら対多数戦が苦手といえどもこの程度なら相手にならなかった。
「つ、つええ……なんだこいつ……」
「どんなクラスやビルドが弱いとかいう話をする前に、まず自分が強くなる努力をしなよ」
うつぶせに倒れるウニ頭たちに向かってしゃがみこんで「じゃあね~」と手を振ってやるとポリゴンの破片になって全員消滅した。彼らは今頃デスペナルティを受けてタウンに戻されているだろう。
六人いっぺんに倒したことで大量の経験値が入りレベルアップのファンファーレが鳴り響く。こんなことでレベル上がっても嬉しくないんだけどなあ、と嘆息する。
「嬢ちゃん……」
「くまさん」
「なんか……すまない。巻き込むつもりじゃなかったんだが」
くまは消沈した様子だった。
これで元のパーティには戻れないだろう。いろいろと複雑そうな面持ちだった。
喧嘩を売られたから勢いで買ってしまったが、結果的に良かったのかはわからない。ただあのままにしておくことはできなかった。
「わたしのほうこそごめん。全部台無しにしちゃった」
「いや……いいんだ。どうしたってその内何かと理由をつけて追い出されていただろうからな」
「ねえ、聞いていい? どうしてあんな人たちと一緒にいたの?」
くまと彼らではどう見ても気が合いそうになかった。
気弱なくまと辛辣なウニ頭。そんな二人が同じパーティでうまくやっていけるわけがない。
「最初にあいつらと出会って……パーティを組んだ頃はあんな感じじゃあ無かったんだよ。和気あいあいって感じで、まあエンジョイ勢ってやつさ。おれもそんなにやりこむつもりじゃなかったしな。だが」
そこで暗い溜息を落とす。
昔はよかったのだろう。楽しくやれていたのだろう。それは声色からわかる。
「このゲームが始まって間もなく企業系の攻略サイトが乱立し始めた。当然だな、『アストラル・アリーナ』ってゲームは話題性としてはこれ以上のもんは無い」
「うん、たしかに。今ネットで検索してみてもそういうサイトがたくさん出てくる」
「そういったサイトにありふれているのがランクだ。やれ最強クラスだのビルドtierだのと……ここまで言えばわかるだろ。あいつらはそういったサイトを鵜呑みにしちまったんだ」
「そういうプレイヤーも結構いるもんね」
企業サイトの攻略記事は、手早く閲覧数を稼ぐためにあまりプレイしないまま書かれてしまうものが多い。加えてできるだけプレイヤーの目を引く記事――代表的なものをあげるとリセマラ方法や最強キャラランクなどのリンクがトップページにでかでかと張ってある。
……もちろんライター自らが深くプレイし、考察を重ねたうえで書かれた有用な攻略記事を取り揃えている企業系サイトもあるが。
「おれは自分のタンクという役割に自信を持っている。持っていたはずだ。それでもな、周りの連中からしょっちゅう弱い弱いと言われ続けると堪えるし……もしかしたらそうなのかも、とか思っちまう。そんな自分が情けなくなる」
がしがし、とくまは後頭部を掻く。
この人は、たぶんいい人だとミサキは思う。
あれほど好き勝手言われて、あれほど横柄な態度をぶつけられても、彼らに悪態のひとつもついていない。
本当は、彼らとまたやり直せたらと思っているのだろう。
でもそれは無理な話だ。ミサキがぶち壊してしまったから。
「くまさんはこれからどうするの?」
「どうしたもんかな。あいつら以外とはほとんど関わって来なかったから他のパーティの当てもない。ソロプレイしかないか」
もったいない、と思った。
盾役はパーティでこそ、そして高難度のボスを相手取ってこそ真価を発揮する。
それにこんな善良なプレイヤーが悪意に晒され自信を失ったままでいるのは捨て置けない。
いい人ほど他人に利用される。いい人ほど割を食う。いい人ほど報われない。
そんなことはわかっている。それが世の常だ。
でも。
たまにはそういう人が報われるようなれるような話があったっていいじゃないか――ミサキはそう思う。
「ねえくまさん、これから時間ある?」
「うん? まあ、あるにはあるが」
「じゃあ一緒にダンジョンいこ!」
だから思い知らせてやるのだ。
盾役の強さを、他ならぬ本人に、嫌というほど。
「もしかして二人でか?」
「そだよ。あ、ナンパじゃないから勘違いしないでね。わたしにはもう決めた相手がいるのです」
少しおどけたミサキの調子にくまが笑う。
「わかってるよ。おれも妻子持ちだから気にしないでくれ」
苦笑するくま。
とりあえずこの二人パーティで適当にその辺のボスを倒す、と――そういうことになった。
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