22.鍛えた盾は誰がために
一口にダンジョンと言ってもその難易度は様々だ。
道中が長く雑魚敵は強いが最奥のボスは弱い、逆に道中が非常に短くその分ボスが非常に強いといった場合もある。これ以外にもパターンは数あるが――今あげた例に当てはめるなら、今回挑んだダンジョンは後者だった。
「おお、もうボス部屋か。だいぶ楽だったな」
「そのぶんボスが厄介なんだよね……友達と何度か挑んだんだけど対策しないと勝てないっぽくて」
あんなに強い嬢ちゃんでも苦戦するのか、とくまは辟易する。
元パーティメンバーを蹴散らしたあの実力は鮮明に脳裏に残っていて、だからこそ彼女が厄介だというほどの相手とはどれほどの強さなのだろうかと思わずにはいられない。
そんな不安はつゆ知らず、ミサキはボス部屋の巨大な扉を開く。
円柱型の広い部屋。
そこにいたのは巨大な植物のモンスターだった。
円錐型をした胴体の中心には血のように赤い巨大な花が咲いており、側面からはびっしりと棘のついた触手が四本伸びている。
花が前面についていることもあり、そのシルエットは風車によく似ていた。
「さーて攻略しますか。くまさん、ここに来る前伝えた作戦覚えてる?」
ぐるぐると右腕を回転させながら振り返るミサキ。
「あ、ああ。できる限りやってみるよ」
「自信持って。頼りにしてるから――さあ、来るよ!」
ボスの上にHPバーが伸び、『惑乱の大花』と表示される。これがこのボスの名前だ。
大花はぶるりと全身を震わせたかと思うと、花の中心から大量の毒液を撒き散らした。
「来た!」
この行動パターンは知っている。開幕は絶対にこの毒液散布を行うのだ。
大量の毒液を広範囲に撒き散らすこの攻撃はどう頑張っても回避できない。ミサキがどれだけ走っても無理だった……というかボス部屋の大半をカバーする上に安全地帯が毎回違うので、対応がほぼ不可能なのだ。よって喰らうしか選択肢はなく、猛毒の状態異常を付与されたまま戦闘開始するのが常なのだが今回は違う。
「【コンディション・ガード】!」
くまが叫び盾を掲げるとともに、二人を覆うようにハニカム構造のバリアが展開された。そこへ毒液が降りかかる……が、猛毒にはならない。味方全体の状態異常を一定時間シャットアウトするこのスキルによって防がれたのだ。
くまのクラスは『ガーディアン』。自分及びパーティメンバーを守ることに特化したクラスだ。
防御バフ、状態異常無効、ヘイト上昇――守る、ということにおいてこのクラス系統を上回るものは無い。
そしてそんな特性がこのボス戦では何よりも効果を発揮する。
「ありがとう!」
猛然と突進するミサキ――その侵攻を防ぐため大花の触手が振り下ろされる……が、その触手の軌道が空中で突然変わり矛先をくまへと向ける。彼の発動したスキルによって攻撃の標的を強制的に変えたのだ。
巨大な鞭を盾でしっかりと受け止める。ダメージも微細だ。
そしてその隙にミサキが大花へと連撃を加え体力を削っていく。
そんな狼藉を許さないとばかりに大花は身体を震わせいくつもの種を飛ばす。
この種はホーミングミサイルのごとく空を飛ぶ。狙った敵を執拗に追い、着弾すればダメージに加え猛毒もしくは麻痺にするという凶悪な技だ。これにもミサキは以前苦しめられ状態異常漬けになって死んだ。
だがホーミングするということは標的をこちらから定めてしまえばいい。【アテンション】を使用しているくまがいる限り種は全て彼を目指し、そして防がれる。加えて状態異常も全て無効。
『惑乱の大花』がこれまで見せた攻撃パターンに共通するのは、全て単体攻撃で、かつ状態異常が伴うという点だ。
よって一人が引き付ければ他の仲間は絶対に攻撃を受けないし、状態異常対策さえできていれば問題は無い。猛毒でプレイヤーを倒すというコンセプトのせいか攻撃のダメージ自体は低く、これもタンクの防御力なら問題なく防ぎきれる。
「せあああっ!」
何十発目かの拳を叩き込む。相手の攻撃を気にしなくていい分攻撃に専念できる。見れば相手のHPは残り少なくなっていた。
あれだけ苦戦していた相手に簡単に勝てる――ただレベルを上げる、装備を整えるだけではない、相手に合わせて対策を重ねることの楽しさをミサキは存分に味わっていた。
だが……相手はこれまで歯が立たなかった敵。倒せなかった敵。
つまり、敵が追い詰められたときに見せる攻撃パターンもまた存在するということで、それをミサキは今まで知ることができなかった。
最初に異変に気付いたのはくまだった。
敵の攻撃を確実に受け止めるため、大花を注視していたことから感知できたのだ。
「あぶねえ嬢ちゃん、止まれ!」
え? と振り向く前に、ミサキは完全に足を止め身体を硬直させる。
すると目の前――今からミサキが踏み込もうとしていた空間にイバラがバリケードテープのように割り込んだ。一歩でも踏み込めば喰らっていただろう。
頭だけを動かして部屋を見渡すと、大花の身体から出たイバラが瞬く間に部屋全体へと張り巡らされていくのが見えた。何度も交差し、まさに包囲網。眼前数センチの距離にあるイバラを見ると紫の液体が滴り落ちている。これに触れれば容赦なく猛毒にされるだろう。
そして間の悪いことに【コンディション・ガード】の効果も終了する。もう一度発動するためには時間が必要だ。
「えげつな……」
「ど、どうする嬢ちゃん。あいつこの状態でも攻撃するつもりらしいぞ」
くまの言う通り、大花が伸ばす四本の触手は鎌首をもたげこちらを狙っている。
あの触手ならこの包囲網をちぎることなく隙間を抜けて自分たちに届くだろう。
ミサキから敵まではそこまでの距離は無い。だが包囲網のせいで距離を詰められない。
(……ん? 隙間?)
「やっぱダメなのか……」
落胆したように肩を落とすくま。
もうほとんど諦めてしまっているのだろう。【コンディション・ガード】は状態異常を予防できてもすでに付与されたものを治療することはできない。そうなればいくら盾役でも猛毒を食らって終わりだ。
このゲームの状態異常は強力で、猛毒に至っては一度喰らえば絶望的な速度でHPが減少しあっという間に死ぬ。そして盾役が死ねばミサキを守るものはいなくなる。
だが、
「……いや、大丈夫。くまさんには頑張ってもらったから――これからわたしのかっこいいところ見てもらう番だよ」
そう言った直後、ミサキは跳んだ。
「は……? なんだあの動き」
包囲網の隙間は狭い。くまではどうやっても抜けることができない。
だが非常に小柄なミサキならぎりぎりで通り抜けることができる。……とは言っても網に規則性があるわけでもなく、ほぼランダムに張り巡らされている。だがその隙間を的確にミサキは潜り抜けていく。
跳ぶ。跳ねる。転がる。体操選手と見まごうほどの卓越した体裁きで迷路じみた包囲網の中、的確なルートを通り大花へと距離を詰めていく。
開いた口が塞がらないとはこのことだった。
「よいしょお!」
さかさまの状態で、両手で着地したミサキは逆立ちの状態からそのまま両腕をばねのように使い跳躍する。網を完全に潜り抜け、何mも跳びあがり――気づけば大花の真上。
空中で体勢を立て直し、落下し……直上から大花へと真っ逆さまにとどめの拳を叩きつけた。
渾身の一撃をまともに喰らった大花はひとたまりもなく、ポリゴンの破片となって消滅した。
すたっと着地し息をつくミサキ。その後ろからがちゃがちゃと鎧を鳴らしくまが駆け寄ってくる。
「本当にすげえな嬢ちゃん。おれなんてやっぱり必要なかったんじゃあ……」
「なーに言ってんの。わたし今回ノーダメだよ? くまさんが全部防いでくれたおかげ。自信持ってよ」
当たり前のことみたいにミサキは笑う。
「まあ確かに盾役は火力の面でいえば他より劣るよ。でもね、パーティプレイならこれ以上頼もしい人はいない。これからも困った時には頼るから、くまさんも何かあったらわたしを呼んでね」
「そうか……そうか」
くまは目を閉じ、かみしめるように頷く。
これからは少しだけ、自分を信じられるような気がした。
「ありがとうな嬢ちゃん」
「お互い様だよ。あ、御用の際には東区のA-22にあるフランのアトリエまでお越しくださいね」
最後にばっちり宣伝をしつつ出口のワープゲートに入るミサキの背中をくまはただ見つめる。
望まない別れがあった。報われることもなかった。
ただ、今は。
自分の歩んできた道を好きになれた気がした。
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