18.冠水コネクション
ひとりになっても仕事が無くなるわけではない。
フランは再び雪山エリアへと足を踏み入れていた。
風に揺られて手元でカラカラと音が鳴る。フランが作ってきた《あつあつ行灯》だ。光と熱を発するこのアイテムによって雪はフランへと達する前に溶け、視界が確保される――といっても半径1mほどしか効果を発揮しないのである程度のものでしか無いが。
「暗くなってきたわね……」
この世界では一日が短い。
陽が出てから落ちるまで2時間、再び昇るまでまた2時間。つまり一日が4時間しかないのだ。
ぼんやりしているとあっという間に陽が落ちる。暗くなれば視界も必然、悪くなる。
このまま進もうか、それともまた出直すか――そうフランが思案していると山道の脇に横穴を見つけた。
数秒悩んだ後そこで朝を待つことにした。無理に暗い中進むよりそっちのほうがかえって早そうだ。
「ふう……」
洞窟の地面に行灯を置き一息つく。
この世界ではお腹も減らないし喉も乾かない。もちろん寒くもないので過ごすだけなら簡単だ。
フランはおもむろにメニューを開き、依頼人のシオがくれた《白雪草》の画像データを開く。
土から伸びるその花は、花びらが雪の結晶のようになっており陽光を受けてきらきらと輝いている。
そう、太陽の光が差し込む場所にこの花は咲いているのだ。写真をよく見れば雪が降っている様子もない。ならばこの花がある場所はきっと雲よりも高い場所……おそらく山頂付近だ。
場所はわかった。
あとは上へ上へと山道を登っていけばいいだけの話。
なのにどうしても気分が下を向いている。こんなの自分らしくないとは思うが、どうしてもいつもみたいには振る舞えなかった。
何しろ一緒に喜び合える相手がいない。
「……あれ? 誰かいる。ごめんなさい、できれば一緒に……って」
「あ」
横穴の入り口から聞こえてきたその声にフランが目を向けると。
そこに立っていたのはミサキだった。
「……………………」
「……………………」
あれからどれだけの時間がたっただろう。
どちらも何も言わない。
フランは横穴の隅のほうに座って入口をじっと見つめている――と言うよりはミサキから目を背けている。
とてつもなく気まずい空間だった。これが現実だったら汗がだらだら流れていただろうな、とミサキは半ば現実逃避ぎみに思う。
まさかフランと鉢合わせるとは思わなかった……いや、彼女もいて当然だ。《白雪草》があるのはこの雪山エリアなのだから。
「……どうしてここにいるのかしら?」
「え? 《白雪草》ってレアアイテムなわけでしょ? だったら生息場所への道を強い敵が塞いでるっていうのもあり得るのかなって。で、強い敵がいるのってだいたい高いところだから――」
「そうじゃなくて」
外を見ていたフランはそこで初めてミサキへと目を向ける。
フランの青い瞳は揺らいでいた。
「ミサキには……もう《白雪草》を見つける理由は無いじゃない」
「そんなことないよ」
困ったように笑うミサキは指でそばに落ちている石のふちをなぞる。
「わたしが先に《白雪草》を見つければフランとまた話す口実になるかなって、それだけだよ。まあ結局こうやって会っちゃったんだけどさ」
「なに言ってるのよ……あたしとあなたの
「そうかもしれない。でもわたしたちの繋がりってそれだけじゃない」
ミサキは石を拾って握りしめる。すると乾いた音を立てて石は砕け砂に変わった。レベルが上がり、ステータスが上がれば握力も上がる。
だがこんな力は今この状況において何の役にも立たない。
想いを込めた言葉以外は、意味を成さない。
「わたしは楽しかったよ。お客さんの来ないアトリエで駄弁るのも楽しかったし、ダンジョンに行くのも楽しかった。装備を作ってくれたのも嬉しかったし――まだ出会って間もないけど、だからって過ごした時間が無かったことにはならない」
「…………」
「フランがわたしをどう思ってるのかは知らないよ。でもわたしは友達だって思ってるから。だから仲直りしたかった」
ぴくり、とフランの肩が動く。
視線をさまよわせたかと思うと抱えた膝に顔をこすりつけた。
しばらく誰も何も言わなかった。静寂だけが洞窟を満たしていた。
「……ねえミサキ。あなたにとって母親ってどういう存在?」
「……、」
予想外の質問にミサキの喉が詰まる。
フランも答えを期待していたわけではないらしく、そのまま続ける。
「あたしにとっては……憧れで、目標で、いつか越えたい相手で……でも疎ましくて。ずっと嫌いだと思ってた。だけど今回の依頼を聞いて違うんだってわかったのよ」
膝に顔をうずめたままフランは言う。
その表情はわからないが、深い後悔を含んだような声色だった。
「なのに、今はすごく遠くにいて簡単には会えないの。こうなって初めて、あたしはママともっと話しておけばよかったって思ってる。また会いたいなんて都合よく、この前からずっと思ってる」
すん、と洟を啜る音が聞こえた。
少しだけミサキには思うところがあった。
会いたくても会えない相手。もっと話しておけばよかったと後悔する相手。
そんな存在が、ミサキにもいた。
「わたしもお母さんに会いたいよ」
「あなたも?」
こくり、とミサキは頷く。
思い出すのは二人で過ごした日常と、避けられない離別の時。
「でも……もう二度と会えない」
「……!」
フランが驚いて顔を上げる。
地面を見つめるミサキの横顔は、少し笑っているように見えた。
まだ疼く傷を隠すような笑顔。彼女の纏う影の一端を垣間見たような気がした。
「必死で足掻いて、いろいろ間違えて、結局どうにもならなかった。力が足りなくて手が届かなかった」
まだ子どものミサキにはどうしようもないことだった。
例え力があっても、小さく未熟な手では掴めないものがあると知った。
フランは何も言えなかった。
ただ混然とした感情をぶつける自分とは違う。この子はずっと先を行っている。
「だから……まあ月並みだけどさ、もしまたフランが母親と会えたらその時間を大切にした方がいいよ」
「あたし、は……」
フランが何かを言おうとした瞬間、洞窟の入り口から光が差した。
朝が来たのだ。吹雪は止まないが明るくはなった。これなら歩きやすいだろう。
「ほら、いこ」
立ち上がったミサキの差し出した手と顔を交互に見る。
「あなたが一緒に行く理由なんて……」
「そんなのどうでもいいよ。二人で探した方が合理的――だよね?」
しばし視線をさまよわせたフランは小さく頷きその手を取った。
言うべきことはある。しなければいけないこともある。
だがそれをするのはもう少し後だ、と心に決めた。
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