19.日向水デスティネーション


 吹きすさぶ雪の中、二人は敵と対峙する。

 白い毛に全身を覆われた雪男のようなモンスター……『グレイシャ・シルバーバック』だ。

 このモンスターが山頂への道を塞いでいる。非常にレベルが高く、腕試しでもなければ避けるべき相手だろう。きっと他のプレイヤーはこのモンスターを見て引き返していたからこそ山頂にたどり着く者もほぼおらず、《白雪草》を手に入れることもなかったのだ。


「いくよ。まずフランが牽制して、そしたら隙に乗じてわたしが詰める」


「……ええ」


 まだ奴はこちらに気付いていない。

 この吹雪で視界が塞がれている上に、広い山道に立ち塞がる雪男からは見えない位置の岩陰にミサキたちは隠れている。

 やるなら今だ。

 

 フランは素早く岩陰から身体を出し、《バイバイボム》を振りかぶり――その瞬間、雪男がぐるりとフランに視線を向けた。


(気付かれ……ッ!?)


 だがもう投擲モーションに入ってしまっている。

 半ば破れかぶれのままフランが爆弾を投げつける。

 低く放物線を描くその爆弾は空中で二つに分裂し――そこで雪男の両の手がこれ以上分裂する前に二つの爆弾をわしづかみにした。


「…………え」


 ぐしゃりと握りつぶされる爆弾。破裂はしたようだが手のひらを少し焦がしただけでダメージはほぼない。

 あまりの反応速度。的確な対応。意志のない電脳のモンスターだからこそ可能な動き。

 そして。


 すでに後ろに回り今にも攻撃を開始しようとしているミサキへ、振り返りざまのバックブローが炸裂した。


「あぐっ!」


 雪の上を転がって止まる。

 一撃だけで3割ほど持っていかれた。

 パワーに加え敏捷性もピカイチだ。あまりに隙が無い。これでは片方だけが戦闘から逃れ山頂へと抜けることもできない。


 そして――まだ雪男の攻撃は続いている。

 ミサキへと強靭な脚力でもって跳びかかり、真上から拳を叩きつけようとしている。

 まだ倒れたままのミサキは慌てて転がり回避。だが雪男は大口をがぱりと開き、追撃の氷雪ブレスを放った。


「う、く……!」


 威力自体はさほどでもない。だが倒れるミサキの全身に白く霜が降りていく。『凍結』……素早さが大幅ダウンし次に受ける物理攻撃の威力が倍増する状態異常だ。

 以前ドラゴンのボスを倒す際に活用した状態異常が、今度はミサキ自身に牙を剥いた。


「やばいほんとに死ぬ……!」


 なんとか次の攻撃を回避しようとするが思うように身体が動かない。鍛えた素早さも凍結の前では無いも同然だった。

 雪男が突進してくる様がスローモーションで見える。ここまでか、と諦めかけた。

 だが、


「いい加減にしなさいよ!」


 接近したフランが雪男の背中に《びりびり針》を突き刺す。

 流れる電流が敵の動きを止め、HPを削る。その隙にフランは小瓶を取り出しその中身を倒れたミサキに振りかける。すると凍結が解除された。

 フランにしては珍しい市販アイテム――《浄化リキッド》。状態異常を取り除く万能薬だ。


「あ、ありがと……」


「次来るわよ!」


 フランの檄に気を引き締め前を見据える。

 再び突進を敢行する雪男――確かに速いが見切れないほどではない。不意打ちや防戦一方の形でなければ対応できる。

 小さな身体をさらに縮めて懐に潜り込んだミサキは敵の腹部に強烈なタックルをお見舞いする。

 衝撃によろけてバランスを崩した雪男に対し、フランは次のアイテムを腰のポーチから取り出す。


「《ばんばんバーニング》!」


 取り出したのは小さな銃。そこから撃ち出された弾丸が雪男の肩に着弾すると青い炎となって燃え上がる。ドラゴンの素材から作ったこのアイテムはかなりの威力を誇っているようで、敵のHPがみるみる削れる。


「まだまだあるわよ!」


 《ばんばんバーニング》は一発撃てば消えてしまう使い捨ての銃――しかし何丁も持ち込めば問題ない。撃つたび次を取り出すことで連射を実現する。

 もう少しで倒せる。だが、


「ゴアアアアアアッ!」


 炎上する雪男が銃弾を受けながら猛然と突進する。

 標的になったフランは予想外の事態に動揺し反応が遅れ、タックルをまともに喰らった。


「くあ……っ」


 自分の装備はあまり作りこんでいなかったフランのHPが恐ろしい速度で減少する。即死は免れたが、もう掠っただけでも死んでしまうだろう。

 それでも勝たなければ――次の銃を取り出そうとした時だった。


「フランだいじょ――うわあ!?」


「ミサキ!?」 


 悲鳴に驚いてそっちを見ると雪男がミサキの両腕を片手で掴み釣り下げている。

 銃弾の盾にするつもりなのだ。


「この、このっ」


 ミサキはじたばたと逃れようとするがそれは叶わない。身体のサイズが違い過ぎるのだ。

 

「み、ミサキ……」


 銃はあと一丁。当てれば倒せる。 

 だが……撃てるのか。

 この世界では死んでも復活できる。ペナルティはあるが取り返しはつく。それはフランにもわかっている。


 それでも。

 これ以上彼女を利用することにどうしても抵抗がある。


「撃って!」


「え……」


「別にわたしに当ててもいいから!」 


「で、でも……これ以上あなたをいいように使うなんて……」


 銃爪にかけた指が震える。

 別に彼女ごと撃ち抜いたって構わない。合理的に考えればそっちの方がいい。

 それでも、当ててしまえば何かが決定的に終わってしまうような予感があった。

 雪男はミサキを盾にしたままゆっくりと歩み寄ってくる。猶予はもういくばくもない。


「――フランはわたしを見つけて、それで組もうと思ったんでしょ!? だったら……だったら、わたしと付き合っていくつもりがあるなら利用するくらいの覚悟してよ!」


「…………!」


「それくらいで怒ったりしないし嫌いになったりしない! ひとりにだってしない! 落ち込んでるなら話せばいいし辛いなら愚痴ったっていい! それが友達でしょうが!」


 絶叫染みた声が叩き付けられる。振動が鼓膜を伝い心臓まで届く――そんな気がした。


 何もわかっていなかった。

 これ以上ミサキを利用したくないなんて言いながら、本当に守ろうとしていたのは傷つきたくない自分の心。

 天才だなんて自分を鼓舞してもまだまだ未熟であることを思い知らされる。


 だから今。

 もう少し先の領域へと進むため、トリガーに指をかける。


「行くわよ……!」


「来て!」


 青い尾を引く弾丸が放たれる。

 吹雪の中をまっすぐ飛び、目指すは雪男。

 しかしその前にはミサキがいる。彼女の顔面に弾丸が直撃する――その直前、ミサキは首を横に大きく振る。すると弾丸はミサキの髪だけを貫き、雪男の額に着弾。直後に上がった青い炎がその頭部を焼いた。

 その隙に乗じてミサキは拘束から逃れる。

 炎は雪男の全身を包み込む。苦し気に地面を転がるもHPの減少は止まらず、数秒で全損した。

 

「いやー強かったね」


「ちょっと! 避けられるならそう言いなさいよ!」


「えー? だってあれくらい言わないとフラン撃てないじゃん。ていうかわたしを舐めすぎ」


「この……」


 はあ、とため息をつく。

 結局今回はミサキに全部してやられたような気がする。


「じゃあ行こ。山頂はもうすぐだよ」


 笑顔で歩き出すミサキに、フランはしぶしぶついていった。






「わあ……! すごい綺麗」 


「ほんとね」


 山頂の景色は雄大としか言えないものだった。

 あれだけ振っていた吹雪はもう無い。眼下に雲が見えるほどの高度にいるからだ。

 差し込むオレンジ色の夕陽が丈の短い草木を染め上げ、葉につく水滴をきらきらと輝かせていた。


「それで、これが《白雪草》か」


 台地状になっている山頂の中心にその花はいくつも咲いていた。ちいさな花畑と言ってもいいかもしれない。


「これなら一輪と言わずある程度持って帰っても良さそうね」


 しゃがみこんだフランは《白雪草》を摘みストレージに収納していく。

 そうやっていくつか採取したところでその手が止まった。


「…………ごめんなさい」


 静かに落とされた声は静かに、しかし確かにミサキへと届く。


「色んなことが重なって、ぐるぐる考えてばかりで……ホームシックだなんて、言えなかった」


「いいよそんなの」


 母親に会えない。寂しい。

 そんな気持ちがミサキには痛いほどわかる。

 

「ねえミサキ。あなたはどうしてこの世界に来たの?」


 根本的な問い。

 どうしてこのゲームを始めたのか。

 落ちていく太陽を見つめ、ミサキは答える。


「楽しいからっていうのが一番だけど……そうだなあ、やっぱり強くなりたいからかな」


「強く?」


「うん。もう二度と後悔しないような力が欲しい。この世界で最強になれるくらいには」


「…………そう、そうなのね――ふふ。あなたやっぱり面白いわ!」


 花の咲くような笑顔は、いつものフランだった。


 まだ出会ったばかりだからこそ、これからお互いを知っていけばいい。

 一歩踏み出した二人の足元で、雪の結晶をかたどった花が夕陽を受けてきらめいた。

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