17.双冷リグレット


 こんなはずじゃなかったのに、なんて声がさっきから嫌というほど頭の中にこだましている。

 

 もともとあたしは一人だったし、ずっと一人でやるつもりだった。

 だって当然でしょ? あたしのアトリエなんだから。あたしがやらずにどうするのよ。偶然とはいえせっかく家族から離れられたんだから――”ママの娘であるあたし”から逃れられたんだから。

 

 だけど……上手くいかなくて。

 あたしには錬金術の才能はあっても商才は無かったらしい。

 毎日毎日釜をかき混ぜお客さんを待つ。だけどアトリエのドアが開かれることは無かった。

 逃避するみたいにひたすら素材をかき集めて、いらない分を売ってお金にする。ちまちま増えていくだけの所持金を見て、そのたびにため息をつく――そんな毎日。


 鬱憤を晴らすためにアリーナにも行った。観戦するだけならタダだ。

 自分に関係のない人たちの戦うところを見てストレス解消。趣味がいいか悪いかは置いといて、あたしの娯楽はそれくらいだった。

 毎日がそんな感じで、緩く停滞したような日々をただ過ごしていた。


 でもその日は違った。

 あの日はトーナメントではなく非公式の野良エキシビションマッチが行われていた。

 なんでも有名ギルドに殴り込みをかけた命知らずがいるらしい。その噂を往来で聞いたあたしはアリーナに駆け付けた。

 

 そこで行われていたのは見たこともないような戦いだった。


 目にもとまらぬスピードで大立ち回りを演じるその女の子。

 小さな体で大きな相手を翻弄するその少女が、噂の殴り込みをかけた無名プレイヤーの方だった。

 目を奪われる。戦い慣れしている、と感じた。洗練された動きで痛烈な打撃を何度も相手に与えていくその姿に、アリーナの誰も彼もが釘付けになっていた。


 その時あたしはやっと気付いた。

 これだ、と。


 アトリエで待っているだけではダメ。

 こっちから呼び集めないと誰も来てなんかくれないわ。

 そのためには何が必要? 決まってる。

 使えそうなやつが、あそこにいる。


 こいつがいればあたしのアトリエもきっと――そう思ったから口先で騙し、とっておきのアイテムをいくつも使って半ば無理矢理契約を取り付けた。絶対に逃しちゃダメだと思ったから。

 ミサキと名乗るその少女は、あたしが思っていた以上に使えるやつだった。

 少し幼くて屈託のない雰囲気に時たま滲む影が魅力、みたいな女の子。

 付き合っていればすぐに善人だとわかる。なんだかんだあたしの無茶な物言いにも付き合ってくれる。そうやって気付かないうちに甘えていたんだと思う。


 あの子が来てから楽しくて。

 ささくれていた心が少しなだらかになって。

 そうすると、自分のことに目を向ける余裕も出てくる。


 ママのことをあたしは嫌いだと思っていた。

 ママはとってもすごい人で、でも、だからこそあたしがどれだけ頑張っても、その努力は『すごいママの娘だから』という他人の風評に塗りつぶされてしまう。

 放任主義だったママはあたしにとやかく言ってくることもなく、それが逆にあたしのフラストレーションを加速させた。


 でも今だからわかる。

 あたしはママが嫌いなんじゃない。好き勝手にあたしを評価する知らない誰かと、そんな風評を覆せない自分に苛立っていたのだと。


 そんな時、アトリエに初めてのお客さんがきた。

 見るからにこの世界に来たばかりな上に、依頼の難度は高い。受けようか少し迷った。

 だが、お客さんが母親の話をしたことがきっかけになって、あたしは思った。


 ママに会いたい、と。


 そんなことここに来てから一度だって思ったことは無かった。

 今になって自分の心を見つめ直したことで、そう思ってしまった。

 でも――まだ会えるようにはならない。気軽に帰れるような距離じゃない。

 そんなジレンマが、母親とのことをはにかみながら話すあの子に刺激されたのだ。


 気付けばあたしはその依頼を受けていた。

 どうしてかはわからない。母親に会えるのが羨ましくなんてないと、自分自身に意地を張りたかったのかも。

 だけどそんなあたしはずっと上の空で。上の空だって自分で気づけないくらいには上の空で。


 そんな時あの子の声が聞こえた。

 心配げにあたしを見つめるその瞳が真摯に輝くのをあたしは見た。

 

 ――――ああ。そんな目で見ないで。たまらなくなってしまう。


 あたしのしていることを思い知らされてしまう。

 何をしているんだろうか。

 何がしたかったのだろうか。

 あたしが本当にしたかったのは。

 

 初めて自分の中の罪悪感に気付かされた。

 優しいミサキをいいように利用していることがあたしの心を蝕んだ。


 これ以上は踏み込ませてはいけない。

 だってあたしたちはともだちじゃないから。

 契約で結ばれた、ただそれだけの関係だから。

 

 だからあたしは。



「……………………」


 目を覚ましたのはアトリエのソファの上だった。

 あの後、視界を塞ぐ吹雪に負けて一度アトリエに帰ってきたのだ。

 

 ……本当は、何に負けたのだろう。


 未練がましくあの子の定位置に座ってる時点で誰にだってわかる。

 起き上がりうな垂れると、どこからか落ちた雫が木の床に落ちてシミを作った。


 手で顔を覆う。

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろう――そんなことばかりを夢の中でも考えていた。

 手のひらは燃えるように熱いのに、指先だけが冷え切っている。

 

 突然突き放されて、あの子だって驚いただろう。きっと傷つけた。

 好き勝手に振り回されて、いきなり放り出されて……もう愛想はつかされてしまったでしょうね、と自嘲する。


「ばかみたい。自分から捨てたくせにね……」 


 がらんどうのアトリエに、雫がもうひとつ落ちた。






 こんなはずじゃなかったのに、なんて後悔を何度繰り返せばいいのだろう。


 ミサキ――神谷沙月は昼休みの到来を示すチャイムが鳴っても席から動けないでいた。

 ぼんやり虚空を見つめながら、考えるのはフランのことばかり。

 距離感を計り間違えた、それで機嫌を損ねられた、怒られた――その程度ならどれだけよかったか。

 一方的に契約を切られて、これからどうしたらいいのかわからない。


「あー……」


「沙月ー。どしたの死にかけの魚みたいな顔して」


「んあ? ああ、陽菜か」


 後ろから話しかけてきた、明るい髪をポニーテールにまとめた少女は光空陽菜みそらひな

 神谷の幼馴染兼クラスメイトで、同じ寮に住んでいることもあり神谷の交友関係の中では一番付き合いが長い。


「昼ごはんいっしょに食べようかなと思ったんだけど、お取り込み中だった?」


「……んーん。陽菜こそ部活は?」


「今日は無し。中庭いこっか」


 ……さすが、よくわかっている。

 人気の少ない中庭に誘ったのは、話を聞いて欲しいという神谷の気持ちを汲み取ったからだろう。

 ありがとね、と声に出さずに呟き、神谷は光空と共に教室を出た。





「うーん……まあ私はそこにいなかったからなんとも言えないけど、両方悪いと言えば悪いしどっちも悪くないと言えば悪くない、かなあ」


 事の経緯を説明すると、光空はしばらく思案した後そんなことを言った。


「……だいぶ曖昧じゃない?」 


「だってそうとしか言えないよ。強いて言うなら片方だけが悪いってことはないかな」


 光空は膝に乗せたお弁当をつつく。

 神谷もそれに倣おうとしたが、煮豆をうまくつまめず落としてしまった。

 

「なーんかお互いがお互いのこと思いすぎてすれ違っちゃってる感じ」


「……そうかな。向こうはわたしのこと、そんなに気にしてなかったのかも」


「ないない。あのね、なんとも思ってなかったらいきなり突き放したりなんてしないよ。沙月ならわかるんじゃない?」


 今まであったことに想いを馳せる。

 神谷ももう17歳だ。それなりにいろいろな経験をしていて――考えていると、確かにと腑に落ちた。


「相手のことが好きで、関係を続けたいなら……繋ぎ止めるための努力をしなくちゃ。でしょ?」


「……ほんと、陽菜の言う通りだ。どうすればいいかはまだ分かんないけど……頑張って仲直りしてみる」


 よしよし、と笑う陽菜を見て、ようやく神谷も笑顔になる。

 守銭奴で、でも一緒にいると飽きなくて、心に太い芯が通っているあの錬金術士とこれからも一緒に遊びたい。


 仲直りだってできるはずだ。

 だって友達なんだから。

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