11.蒼のきらめく小宇宙


 虹色の液体で満たされた釜に、ぽちゃんぽちゃんと素材が投入されていく。

 波打つ水面にフランは真剣な眼差しを注いでいる。


「10秒待って、次はこれを……」


 腰にくくり付けていた小さな丸底フラスコから青い薬品を注ぐ。すると虹色の水面が淡く発光し始めた。それを確認して頷いたフランは、そばに立てかけてあったオールのような棒を手に取りぐるぐるとかき混ぜ始める。

 そんな様子をミサキは固唾を飲んで見守っていた。




 ダンジョンでの素材狩りを終えたフランはアトリエに帰ってすぐ調合を始めた。

 自分で作ると言ったからには最高のものを、できるだけ早く――ということらしい。

 だったら見届けようとミサキは決めた。フランが手ずから自分のために調合してくれる初めての装備だから。


「…………」

 

 それにしても錬金術の調合というのはかなり難しそうだ。

 単なるアイテムの合成ならメニュー画面から誰でもできる。例えば薬草とスライムの体液を合成することで回復ポーションを作ることができるなど、特定のアイテムをメニューから選択するだけで完成する。


 しかし現在フランが行っているものはそれとはわけが違う。

 物体マテリアル化した素材アイテムを適したタイミングや順番で釜に投入し、その都度かき混ぜている。上っ面を見ただけでも難易度の高さが伺えるのに、いつになく真剣な表情から、ミサキが考えている以上に作用する要素が多いのだろう。

 

(……こんなの、例え錬金術士になれても満足にできる人のほうが少なそうだけど) 


 それだけフランの技術が高いということだ。

 これなら出来上がる装備も期待できそうだ――そう思いを馳せていると。


「……できたわ」


 フランの口から静かに落とされた言葉。

 それは完成を意味するものだった。


「ほんとに!?」


「ええ……とりあえず送るわ」


 フランがメニューを操作すると、ミサキの耳に通知音が響く。メールが届いたのだ。

 視界の右下に表示された手紙のマークに視線を向けるとメールが自動的に開く。

 文章はなく、添付アイテムのみ。空中に表示された矩形に指で触れると中身が開いた。


「《アズール・コスモス》……これがわたしの、新しい装備」


 それは一対でワンセットのグローブだった。

 指先から肘辺りまで覆う長いタイプ。グローブというより、柔軟性のあるガントレットと表現したほうが近いかもしれない。

 表面の色は、『コスモ・ドラグーン』の鱗を使用したと思われる紺碧。その表面からは夜空に浮かぶ星のように白く光る粒が見えた。おそらく竜の角が使用されているのだろう。 

 

「とりあえず装備して、感触とか確かめてくれる?」


「うん。えっと……」


 とりあえず添付ファイルからストレージに落とし、そこから装備する。

 するとミサキの両腕に一瞬にして装着された。

 両手を開閉し、何度か振ってみると見た目よりかなり軽いことがわかる。これなら動きを邪魔することも無いだろう。

 何度かその場でシャドーボクシングの真似事をしてみると、風を切る音がする。問題なく扱えそうだ。


「これすごくいい! 使いやすいよフラン!」


「ふっふ、当然。性能の方も抜群よ」


 どれどれ、と装備の内容を見てみる。

 高い防御力補正値に加えて各ステータスがまんべんなく上昇している。

 それだけでも素晴らしいのだが、ミサキが目を引かれたそのはそこではない。


 ミサキの視線が止まったのは付属しているスキルの欄だ。そこには【コスモ・イグナイト】と記載されている。

 説明を見てみると『竜の心臓に蓄積された蒼炎を開放する』と書かれていた。これだけでは何が何だか分からない。


「ねえ、これなに?」


 ミサキが指差すスキルをどれどれと確かめたフランはニヤリと笑う。


「使ってみてのお楽しみ」


「ええー……? まあいいや、ありがと。大事に使うよ」 


「そうしてちょうだい。あたしの作ったその装備であなたがバリバリ活躍すれば、アトリエの知名度も爆上げよ」


「やっぱりそれが目的なんだ。いいけどさ」


 そういう契約だ。

 

「うふふ、いつかあなたの装備をぜーんぶあたし色に染めてあげるからね」


 花が咲いたようににっこりと笑うフラン。

 調合の疲れを滲ませるその笑顔は、言いようもなく輝いていた。





 次の朝である。

 あの後『疲れたから寝るわね』と言い残してフランがソファで寝息を立て始めたので、ミサキもログアウトした。

 ゲームの中で寝ても意味ないのになあ、と思ったが何も言わないでおいた。ゲーム内の睡眠は現実の睡眠のような効果は得られない。だが寝た気にはなれるので、本人がそうしたいのならさせておこうと思ったのだ。

 

 むにゃむにゃと寝言を漏らすフランの姿を思い出しながら神谷沙月は学生寮の玄関でローファーを取り出す。

 電脳世界の中で活躍するミサキは、現実世界においては高校二年生である。

 なので平日は学校に行かなければならない。本音を言えば延々プレイしていたいのだが、リアルもおろそかにはできない。バーチャルに身を沈めればそれだけ浮上に時間がかかる。ゲームは楽しいが、リアルの友人たちも比べられないくらい大切だ。

 それにVRMMOはあまり長時間通してプレイできるゲームでもないので、それについては諦めている。


 学生寮の扉を開けると冷たい風が顔にぶつかり、思わずまぶたをぎゅっと閉じる。

 ためらう脚をむりやり前に出して外に出ると、冷えた空気に耳が痛くなるような気がした。思わず首に巻いたマフラーに口元をうずめる。ダッフルコートは頭までは守ってくれない。

 季節はもう完全に冬だった。いつ雪でも降るんじゃないかと思えるくらいには寒い。


「さむ……」


 底冷えするような空気に、唇から零れた声がマフラーの中に響く。

 今日は一人で登校だ。いつも一緒に登校している園田は日直、あともうひとりは部活の朝練。

 はあ、と吐き出した吐息の色は透明だった。


「……こんなに寒いのになあ」


 どうせ寒いなら息くらい白くなれ、と誰に届くわけでもない悪態をつきながら、地面に張り付いてしまいそうな脚を浮かせて学校へと続く林道に踏み入る。

 始業まで、あと10分。




 教壇に立つ初老の教師のゆったりとした口調を耳に入れながら、同時に板書をノートに写していく。ほとんど手癖の流れ作業。この時期の授業は正直言ってあまり真面目に取り組むことはない。平均的な生徒ならすでに予習している――模試などの対策のために。

 そんな無為とも言える時間だから、頭が暇になって関係のないことを考えたりしてしまう。


(フランって、リアルではどんな子なんだろ)


 魔女みたいな恰好の錬金術士。

 ふわふわの長い金髪に、すらりと長い手足。ローブみたいな服の上からでもスタイルの良さがうかがえる。

 日本人離れしたはっきりした顔立ちは、本人が自称するように美少女と言って差し支えない。


(留学生とかなのかな……ってだめだめ、リアルのことをどうこう考えるなんて良くないな)


 それでも考えるのは彼女のことで。

 普段はつかみどころのない笑顔を浮かべているのに、相反した真剣な表情を調合中には見せていた。

 錬金術……それは彼女にとってどんな意味を持つのか。お金を稼ぐ以上の何かがそこには含まれているような気がした。


 本当に謎が多い。

 普段の生活が全く想像できない。浮世離れしているというか、あのアトリエに暮らしていると言われても納得できるくらいに。


(……そう言えばあの子いつアトリエを訪ねてもいるんだよね。ログアウトするところも見たことないし)


 なーんて、と浮かんだ考えを消しながら、ノートにペンを走らせた。

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