10.ドラゴン・ザ・ファースト


 何階層ものダンジョンをくぐり抜けたミサキとフランの二人はボス部屋の扉の前に到達した。

 

「つ、疲れた……」


 この世界で肉体的に疲れることはないが、精神的な疲労は存在する。このダンジョンに潜ってからずっと、1、2発ほど攻撃を貰えば死んでしまうという緊張感の中で戦い続けていたせいだろう。肩が重いような気がする

 だがここまで来れば後はボス戦を残すのみ。フランもやっと戦ってくれるだろうし、それに強いボス――ドラゴンと戦えるのは楽しみだ。そんな高揚感に、ミサキは無意識に唇を舐めた。

 

 そう、ドラゴンである。

 現実ではまず会えないような敵とこの身を持って戦えるというのは、VRMMO特有の魅力だ。


「なーにニヤニヤしてるのかしら?」


「……えっ? ニヤニヤしてたかな、わたし?」


 思わずぺたぺたと自身の顔を触る。

 確かに緩んでいる……ような気がする。


「してたわね。ごちそうを目の前にした食いしん坊みたいな顔だったわ」


「うぐ……い、いくよ!」 


 羞恥を振り切るように、身の丈の二倍はありそうな扉を開いて部屋の中へと踏み入る。背後からはフランが付いてきている気配を感じた。

 

「広いわね。天井が見えないわ」


 フランの声が部屋に反響する。

 彼女の言う通り、ボス部屋はかなり広い。今までいくつかダンジョンには潜ってきたが、ここまで広いのは初めてだ。

 形としては円柱形なのだろうが、天井があまりにも遠い。

 部屋の直径はアリーナのフィールドくらいはありそうだ。


「……さて、そろそろ出てくるかな?」


 ミサキが静かに呟くと同時――部屋の中央の床に彫られた魔法陣が輝く。

 そこから生まれた光の奔流は渦を巻き、その中からボスが登場した。

 

「思ってたより大きいわね」 


 現れたのは、フランが言っていたとおりドラゴン。

 身の丈はおそらく10mほど……だが、ここまで大きいと遠近感が狂うのか、もっと巨大に見える。

 全身を覆う紺碧の鱗。二本の角に、同じ数の翼。大きく開いた口にはずらりと鋭利な牙が並び、ちろちろと青い炎が漏れ出している。


 太い二本の脚で立つその竜がその瞳でもって二人の少女をギロリと睨みつけると、ドラゴンの頭上にHPバーが出現し、その上には『コスモ・ドラグーン』と表示されていた。このボスの名前だろう。


「ねえねえ、これ勝てるの?」 


「期待してるわ」


「いやフランも戦うんだからね!?」


 サムズアップを向けてくる金髪に思わず突っ込む。

 どうせ『ボス戦とは言え、できれば節約したいのよね……』なんてことを考えているに違いない。


「グオオオオオオ!」


 雄叫びを上げたドラゴンは、その巨大なあぎとを開いたかと思うと、直径がミサキの背丈を軽く超えるほど大きな青い火球を撃ち下ろした。

 間髪入れず反応したミサキは飛んでくる火球の下をくぐるように駆け、ドラゴンの足元へ潜り込む。


「せええええあっ!」


 まっすぐ上へ跳躍、直上にあったドラゴンの顎を撃ち抜くアッパーが炸裂する。赤いダメージエフェクトが散らばり、それとともにドラゴンの身体がぐらりと揺らいだ。

 

「いいわよミサキー! ……あっ」


 快哉を叫ぶフラン。しかしその瞳が何かを捉えた。

 攻撃を終え、落下を始めたミサキをドラゴンの爬虫類然とした鋭い目が捉える。


「やっば」


 ドラゴンがその巨大な手を振り下ろす。攻撃を終え落下するミサキを追いかけるような形で――もちろん落下スピードよりドラゴンの手のほうが速い。ミサキはハエがはたき落とされる様を想像した。


「《バイバイボム》!」


 そこに差し込まれたのはフランが投げつけた大量の爆弾。

 投げつけると独りでに倍々に分裂するそのアイテムは、すでに空中で増殖済み。その上閃光を放っていて、つまりそれは爆発寸前ということを意味している。

 ……ミサキの落下地点の、すぐ近くで。


「え?」


 ミサキの口から呆けた声が漏れた瞬間、爆発音が連続した。

 もくもくと上がった煙にドラゴンの足元が覆われる。敵は爆発のダメージを食らったようだが、大してHPは減っていない。そもそも《バイバイボム》は威力自体は低めのアイテムなので仕方ないと言えば仕方ない。

 そして、今しがた大ピンチだったミサキはと言えば。


「こ、こらーっ! 無茶すんなーっ!」


 爆発に吹き飛ばされて巨体の股をくぐったのだろう、ドラゴンの背後に転がったまま抗議の声を上げている。フランが視界の左上を見ると、ミサキのHPは二割ほど減っている。やはり耐久が低すぎるのは喫緊の課題だ。いくら機動力があってもこれでは不意の事故で簡単に死ぬ。


 しかしこの状況は悪くない。

 巨体というのはそれだけで強力ではあるが、動きが鈍いというデメリットも存在する。

 例えば今のように後ろを取られてしまうとすぐに対応するのは難しい。振り返るのにも時間がかかる。


「チャンスターイム!」


 好機と見たミサキは素早く駆け出しドラゴンの背中に張り付いたかと思うと、素早く駆け上がっていく。こういった状況を想定して、壁面に登るとき体重に下降補正をかける【ウォールクライム】のスキルを取得しておいてよかった、とミサキはほくそ笑む。ただ走行速度を上げただけでなく、機動力に関係するスキルには片っ端から手を付けているのが今のミサキだった。


「はああっ!」 


 背中の鱗に足を引っ掛け、拳を連続で叩き込む。クリティカルを示す赤いダメージエフェクトが連続し、ドラゴンがたまらずうめき声を上げる。

 ドラゴン系のモンスターは防御力も高く設定されていることが多いらしいが、防御を無視するクリティカルの前ではそれも意味を成さない。

 コスモ・ドラグーンの頭上に表示されているHPが少しずつ、しかし確実に削られていく。


 だが、こんな戦いで簡単に倒せるなら誰も苦労はしない。

 ドラゴンの目が鋭く瞬いたかと思うと、全身の鱗がひときわ青く輝き出し、同時にミサキのHPが無視できない速度で減少し始めた。


「ん? ……あ、ああああっつ! あついあついあつい死ぬ!!!!」


 突如自身を襲った熱に慌ててドラゴンの背中から離脱し床に着地……は失敗し無様にべちゃりと倒れるミサキ。慌てて【インサイト】を発動すると、【アズール・クェーサー】というパッシブスキルを発動しているのがわかった。一定以上の距離に近づいたプレイヤーのHPを1フレームごとに減少させ、さらに直接触れている間はそのスリップダメージが上昇する、という内容のようだ。

 青く発熱する鱗……殴る蹴る以外の攻撃手段を持たないミサキにとって非常に厳しい。

 

 ダメージ覚悟で殴り続けるか、という考えが一瞬浮かんだがすぐに捨てる。どう考えてもこちらが先に焼かれて死ぬだろう。

 ならば攻撃したらすぐに引くヒットアンドアウェイ戦法しか無い。ダメージ効率は大幅に下がるが、これならHPの減少も最小限に抑えられる。

 

 それに今はひとりではない。

 ミサキを追い詰めた錬金術士が味方なのだ。


「フラン! あれ出してあれ!」


「あれ?」


「わたしと戦ったときに使ったやつ! なんとか太陽!」


 部屋の反対側にいるフランに呼びかける。あの強力なアイテムさえあればこのボスにだって勝てるはず。フランが付いてくると言ったときから、じつはアテにしていたのだ。

 が、彼女はなぜか渋い顔をしている。


「ごめん、ない」


「……え?」


 ぱちぱち、とミサキはまばたきを繰り返す。

 今、あの金髪娘はなんと言った?


「かなりレアな素材が必要だから何個も作れないのよ! 昨日あんたに使ったのが虎の子で――ってひゃあ!?」


 台詞の途中で、竜の放った火球に狙われ、素っ頓狂な声を上げるフラン。直撃は避けたようだが、爆風ダメージが彼女のHPを削った。

 

「大丈夫!?」 


「ええ……だけど厳しいわね。正直ここまで強いとは思わなかったわ……」


 レベルやステータスが異常に高いというわけではない。

 強いは強いが、それは「頑張れば勝てる」程度のものだった。

 しかし――敵のパッシブスキルが厄介この上ない。近接戦闘を生業とするミサキには天敵と言っても過言ではない。この二人パーティの火力面を担っているのはミサキで、それが封じられるとなると非常に厳しい。

 そして決定力に欠けるフランにとっても、ドラゴンのステータスは高い壁となって立ちふさがる。彼女だけでドラゴンのHPを削り切るのは不可能だ。攻撃アイテムはある程度持ってきてはいるが、敵のHPより先に尽きるだろう。


(なんとか突破口を見つけないと……!)

 

 どうすれば倒せるか。

 ミサキは勝利条件から逆算する。それには情報がいる。


「フラン、今持ってるアイテムの情報全部こっちに送って!」


「――――わかったわ!」


 一瞬の間を開けてフランが応える。

 ドラゴンがその大きな口から発射する火球を回避しながらメニューを操作し――すぐに通知音と共にフランからチャットが送られてくる。


 添付されていたのは所持アイテムのリスト。

 敵から距離を取りつつ、そのリストに素早く目を通し思考を回転させる。

 見覚えのあるアイテムがたくさん、そして知らないアイテムと回復アイテムが少し。

 ミサキは、まだ見たことのないアイテムの方に絞って注視する。

 

 バフ。デバフ。状態異常。活用できる要素は全て洗い出す。

 

「……よし。フラン、下から4番目のアイテム使って、その後2番目!」


「了解! 《いきいきサイクロン》!」 


 フランが取り出したのは巨大なファン。その羽が高速回転し、風を生み出す。

 スピードを活かして素早くミサキが駆け込みその風を浴びると攻撃力上昇のバフが付与された。

 その間にフランが次のアイテムを用意する。


「《ひえひえジョウロ》!」


 フランがおもむろに放り投げたのは白いジョウロ。それは明らかに物理法則を無視したような軌道で飛び、ドラゴンの頭上でピタリと停止する。するとジョウロから白い雫が雨のように降り注いだ。


「ゴアッ!? グオオオオオッ!」


 雫がドラゴンの頭に、肩に、背中に、翼に落ちるたびその部分が白く染まる――いや、白い霜が降りたように凍りついているのだ。

 途端にドラゴンの動きが鈍くなる。

 状態異常『凍結』――――その効果は、


「素早さ大幅ダウン、加えて……物理攻撃で受けるダメージが一度だけ二倍になるっ!」


 既にクラウチングスタートの構えをとっていたミサキは弾かれたように駆け出す。

 今のミサキに出せる最高速度。そのスピードを乗せドラゴンへと跳躍――弾丸のような飛び蹴りを叩き込んだ。


 巨体に突き刺さった脚は凍りついた身体にヒビを作り、そして粉々に砕き割る。

 同時にドラゴン――『コスモ・ドラグーン』のHPが0になった。

 近づくとHPが減らされるなら一撃で削り切るしかない。よって攻撃バフ、そして凍結による補正――それらを乗せた一撃を放ったのだ。


「勝ったーーーー!!」


 華麗に着地を決めたミサキは拳を突き上げこの上なく嬉しそうに叫ぶ。

 ボス部屋にファンファーレが鳴り響きミサキたちのレベルも上がった。


「……まさか勝てるなんて思わなかった」


 正直フランは諦めていた。

 あの敵に対してこのパーティでは勝てないと。出直しして他のプレイヤーを募ろうか……というところまで考えを及ばせていた。

 しかしミサキは、フラン以上にフランのアイテムを把握し、活用し、勝利をもぎ取った。

 このゲームの仕様をよく理解しているからこそ、今ある手札の力を最大限に発揮したのだ。


「あなたを選んだのは、やっぱり正解だったかもね」


「んー?」


 静かに落とした言葉は届かなかったようで、ミサキは可愛らしく首を傾げる。そんな少女に、なんでもないわとフランも笑顔を返した。


「よーし、これで装備作ってくれるんだよね? 楽しみだなあ、どんなのかなあ」


 ボスを倒したことにより二人のストレージには自動的にドロップした素材が入っている。

 これを使って装備を作ってもらう、というのが当初の目的だった。


 だが、新しいおもちゃに想いを馳せる幼い子どものようなミサキの考えは、フランが放った次の言葉によって断ち切られる。


「ああ、無理よ」


「……え?」


 ミサキの身体が先程のドラゴンのようにフリーズする。


「素材がまだ足りてないわ。《竜星の心臓》っていうレアドロップ素材が最低ひとつは必要なのよね」


 そのアイテムはドロップしていない。

 ボスが落とすアイテムは、同じ討伐パーティ内には同じアイテムしか配られない。ミサキがそのアイテムを手に入れていないということは、つまりフランもまた同じく、ということで……。


「だからね、」


「い、いやだ、聞きたくない」


 ミサキは目をぎゅっとつむり耳を塞ぐ。しかしバーチャルの感覚はそんなことでは遮断できず――フランの声は鮮明に届く。


「……ドロップするまで今のやつ何度でも倒すわよ!」


 満面の笑みで言い放ったその言葉に。

 ミサキは膝から崩れ落ちてしまうのだった。




 この後。

 五度の討伐周回を経て、ようやく《竜星の心臓》はドロップした。

 ミサキいわく「もうドラゴンはこりごりだよ~!」とのこと。

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