12.拳と剣


 アリーナにやってきたミサキはエントランスでエントリーの手続きをしていた。

 

「トーナメントに参加するラルか? 今日のルールは全損決着デスマッチ、参加者は16人ラル。頑張ってラル~!」


 トーナメントの報酬を確認したミサキはアリーナの受付を担当しているNPC――『アストラル・アリーナ』のマスコットであるラルちゃんに「頑張るラルー……」と返しながら受付を離れる。

 ラルちゃんは星形に手足が生えたようなシンプルなキャラクターデザインのマスコットだ。だがあまり人気は無い。その顔があまりにも濃いからだ。

 まつげバサバサ、瞳にはこれでもかと星がちりばめられ、唇は厚い。なんというか、昔の少女漫画のような顔立ちなのだ。

 というかあの語尾はどうなのか、と思わなくもない。


 そんなことを考えながら顔を上げるとラルちゃんがこちらに手を振っているのが見えたので、にへらと口元を緩ませながら手を振り返す。

 

(かわいい……)


 なんだかんだ言っても、ミサキはあのマスコットが好きだった。グッズとか出たら絶対買おうと決めている。




 特に問題なく3回勝った。

 16人のトーナメントだ。つまり次は決勝戦である。


「よかった、まだ通用しそう」


 とりあえずスピードで翻弄しクリティカル連打で攻める戦法は有効だ。

 このゲームの、現実とは違った感覚にプレイヤーたちが慣れてくるのはまだ先のようだ。

 それに加え防御力が大きく上がったことで立ち回りやすくなったと感じる。今までは一発でも喰らえば致命傷になりかねなかったので大胆な行動はとれなかったが、今なら攻撃を受けてでも攻めるといった戦法が使える。もちろん耐久の問題が改善されたわけではないので油断は禁物だが。


「…………」


 青いグローブ――《アズール・コスモス》に包まれた拳を握りしめる。

 この装備に搭載されているスキルは未だ使っていない。使う機会が無かったというのもあるが、アトリエの宣伝も兼ねてここに来ている以上、観客に見せるなら決勝と言った大舞台の方がいいだろうと考えたからだ。

 アリーナで開催されるトーナメントには多くの観戦客が集まるが、決勝戦は最も盛り上がる。それは、決勝だけ見に来るといった層が一定数存在するからだ。ならば必然的に目立つのは決勝で戦う時だ。


 ――――勝たなくちゃね。


 グローブを見つめ、意志を固める。

 勝てば知名度も上がる。注目されれば宣伝効果も上がる。そうすればあの閑古鳥が鳴くアトリエに客が訪れることもあるだろう。

 まだ出会って少しだが、それなりに気は合うし一緒にいて楽しい。

 だから――その日ミサキがアトリエを後にする時、「今日もお客さん来なかったわね」と、少しだけ気落ちしたような様子で呟くフランを見たくはない。

 

 やってやろうじゃないか、広告塔アンバサダー


 覚悟を決めると足元の床が輝きはじめる。決勝戦が始まるらしい。

 椅子から立ち上がったミサキは足元から昇る光に包まれ転送された。




 一瞬だけ五感が途切れ、またすぐに戻ってくる。

 陽光に白む視界、そして遠くから迫ってくるような歓声。

 気づけばミサキはアリーナのバトルフィールドに立っていた。

 

「やっぱり慣れないな」


 さっきの試合より何割か増えたように見える観客に、少しだけ眉を下げる。

 ここまで注目を浴びること自体普段の生活ではあり得ないことだ。やれー! ぶっとばせー! と聞こえてくる罵声染みた応援に首が竦む。自分が罵られているわけではないのに居心地が悪い。

 

「スズリといいます。よろしくお願いします」

 

 そんな熱のこもった空気の中に差し込まれた凛とした声。

 ミサキの正面にいる、スズリと名乗る対戦相手から発せられた声だった。

 真っ白な髪をひとつにくくり、胸にはさらしを巻き、下半身には巫女のような紅袴を着用している。

 和風美人――と呼ぶのがふさわしい少女だった。年齢はおそらくミサキと同程度か。


「こ、これはご丁寧に、どうも。ミサキです」


 毅然とした態度におもわず頭が下がる。それとともに頭上で試合開始のカウントダウンが始まった。

 武器は二振りの剣。いや、よく見るとおかしな点がある。

 右に持っているのはロングソード……システム上では片手剣と呼ばれる西洋の剣。しかし左手に携えているのは流麗な刃を持つ日本刀だ。見た目の印象がひどくごちゃついている。

 そんな違和感バリバリの外見に少しだけ困惑しながらミサキは【インサイト】を発動させる。


「ん……? なにこのクラス」


 相手のステータス画面には見慣れない単語があった。

 

[Class:極剣]


 こんなクラスをミサキは知らない。

 日々有志の手で更新されている攻略wikiはこまめにチェックしているが(ミサキ自身も編集することがたびたびある)、クラスのページには『極剣』などというものはなかったはずだ。

 疑問に思い顔を上げると、その顔に困惑を滲ませるスズリと目が合った。おそらく彼女もミサキの空白のクラス欄を見たのだろう。ふたりはそっくり同じような表情をしていた。


 あ、と揃って口を開いた瞬間試合開始のブザーが鳴り響く。

 この疑問を解消するのは試合が終わった後――もしくは戦いの中で、になりそうだ。




 決勝戦の開幕に膨れ上がる歓声の中――最初に仕掛けたのはミサキだった。

 速さを生かし瞬く間に肉薄する。


「…………ッ!?」


 目を剥くスズリ。

 ミサキは笑みを浮かべながら身体をめいっぱい低くし、刈り取るような足払いを繰り出した。

 しかしすんでのところで反応したスズリは真上に1mほど跳ぶことで回避した――いや、その程度の動きしかできなかった。


「隙あり」


 空中に跳べば行動は極めて制限される。

 すぐさま立ち上がったミサキは眼前で落下を始めた剣士の胸部に拳を叩き込む。


「がはっ!」


 殴り落とすように放たれた拳によって、空中にいたスズリは容赦なく叩き落され――地面でバウンドしもう一度空中へ。浮いたところに再び追撃の拳――さらにバウンドする。

 まるでハメ技。容赦のない連撃に観客の誰かが「えげつねえ……」と漏らす。


(相手の戦法がわかんないなら速攻で決めるに限る……!)


 何もさせずに勝てば、相手がどんな隠し玉を持っていようが関係ない。

 フランに好き放題された経験が微妙に活かされていると言えなくもなかった。

 

 空中のスズリに何度目かの一撃を加えようとするミサキ。

 誰もがこのまま終わってしまうのか、と考えた時だった。


「――――【鬼神楽】ッ!」


 突如として空中でスズリが高速で回転する。

 二振りの剣によってそれは斬撃の竜巻となり、ミサキの攻撃を弾いた。


「いっつ……!」


 回転の速度が速すぎて触れた瞬間に弾かれたのは幸いだった。まともに喰らっていれば右手が吹き飛んでいたかもしれない。この世界でもダメージによってアバターが欠損することはある。その場合60秒ほどで修復されるが失ったHPまでは戻らない。


「……速いな、君は」


「そっちこそ二刀流なんてどうやったの? このゲーム、武器はひとつしか装備できないはずだけど」


 離れた距離を図りながら、一点を中心に円を描くように二人は歩く。

 攻撃の機会を窺っている。


「私のクラス特有の能力らしい。片手剣もしくは刀を複数装備できる」


「『極剣』だっけ。見たことないんだけど、そんなクラス」


「スペシャルクラス――だそうだ。初期クラスの系譜に連ならない、独立したクラス。条件を満たすことによって転職が可能になる」


「スペシャルクラス……」 


 噂には聞いたことがあった。

 それぞれに設定された厳しい条件――厳しいというか、普通に何も考えずプレイしているだけでは絶対に達成できないような条件を満たすことで取得可能になるのだという。


 公になっている中で最初に判明したのは『掃除屋』だ。

 掃除に使うようなハタキ型の武器を使ってひたすら戦闘を繰り返していると転職可能になった――ととあるプレイヤーは語る。しかし掃除屋はハタキしか装備できないことが判明したので転職はしなかったそうだ。

 このように、枕にスペシャルがついているからと言って通常のクラスより強いかと言うとそうではない。むしろ尖った性能のものばかりで使いこなすのが極めて難しく、実用性に乏しいという評価を受けるものばかりだった。

 

 しかしミサキの目の前で二振りの剣を扱ってみせたこのスズリという少女は違う。スペシャルクラスを我が物とし、使いこなしている。

 間違いなく強敵――それも今までで一番の。


(こんなの絶対面白い……!)


 今回はアトリエの宣伝のために参加したトーナメントだったが、こんな相手と戦えるなんて。

 望外の高揚に、ミサキは我知らず笑みを浮かべた。

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