8.Battle in Alchemy


 試合開始のブザーが鳴り響き、同時に歓声が轟く。

 そんな中、先手必勝とばかりに走りだそうとするミサキ――しかしフランの方が数瞬早かった。

 フランはどこからか取り出したボールのようなものをミサキに向かってまっすぐ投げつける。

 ゆっくりとした速度で放物線を描くそれは小さな爆弾。赤い布のようなものが巻かれ、短い導火線には火がついている。これはおそらくフランが調合したものだろう。


「わたしにそんな遅い攻撃なんて!」 


 左足で軽くブレーキ、そのまま勢いを殺しきらずにミサキは右前方へと駆け出そうとする。

 爆弾を迂回する形で接近するつもりだ。

 だが。


 ぽん。

 炭酸が抜けるような音と共に、爆弾が空中で二つになった。


「…………え?」


 分裂したのとも違う。大きさはそのままに、ひとつの爆弾がふたつになった。

 そして――ぽん。

 また増えた。今度は四つに。

 ぽん。ぽん。ぽんぽんぽんぽん――――増える。増える。増えて増えて、倍の倍。

 いつの間にか、数え切れないほどの数になった爆弾が、まるで流星群のようにミサキを目がけて飛んでくる。


「なななな……なにこれえ!?」


「増える爆弾、《バイバイボム》!」


 最初のひとつ――と思われる――爆弾が閃光を放ち破裂する。

 その爆発で近くの爆弾が爆発、そうして連鎖的に爆発が広がっていき、まるで大波のようにミサキへと襲いかかる。


「うぐあっ!」


 とっさに後ろへと無理やり飛んだことで直撃は回避したが、爆風に吹き飛ばされ地面を転がる。

 起き上がりながら目線を視界の左上にやると、表示されたHPは1割ほど減少していた。紙耐久のミサキをこの程度しか削れないということは、思ったほど威力はないのだろうか。


「どうかしら。分裂するほど一発あたりの威力は下がるけど、範囲は抜群。ひとつあたり300G!」


 満面の笑みで、声を張り上げ解説する。宣伝も兼ねているのだろうか――抜け目がない。

 しかしその隙にミサキは立ち上がり、接近を試みる。フランがアイテムを主体に戦うなら肉薄してしまえばこちらのものだ。手には杖を持っているが、驚異ではないだろう。

 そんな慢心が仇となったのだろうか。突然足元が滑り、凄まじい勢いで転んで後頭部を打つ。


「《かちこちカーペット》……足元注意」


 いつの間にかミサキの足元が凍りついている。

 氷の床と化した地面を、ミサキはなすすべもなくカーリングストーンのごとく仰向けで滑っていく。


「待って待って!」


 つつー、と滑った後、フランの足元で止まる。

 真上からはフランが見下ろし、その手には稲妻をかたどった黄色い針のようなものが握られている。


「ええと……手心とか」

 

「ないわね☆」


 ダーツのように投げ落とされたその針はミサキの腹の真ん中に突き刺さり、鋭い痛みを与え――――高圧電流が炸裂した。


「いだだだだだだっ!」


 のたうち回るミサキ。

 無慈悲にもHPはぎゅいーんと減少していく。数秒たって電撃はようやく収まる。


「《びりびり針》。硬い敵によく効くんだけど……投げて刺すのが難しいのよね。だから直接突き刺すか近づいて投げることをおすすめするわ」


「聞いて……ないから!」


 両腕をバネのように使って身体を跳ね上げたミサキはそのままフランの顎を蹴り上げ、怯んだところに追撃の拳を叩き込み、吹き飛ばした。

 転がったフランは意外にも身軽に体勢を立て直し、《びりびり針》を二本ほど投げてくる。

 しかしそんなものが当たるはずも無く、身体を翻し軽やかに回避したミサキはフランの懐に潜り込む。


「――――捕まえた」


「っ……!」


 初めて余裕を無くした表情のフランに、渾身の拳を炸裂させる。だがすんでのところで杖が阻み、大きくノックバックさせるに留まった。

 フランの持っている杖――木製で、先端に青い宝石が埋め込まれているそれは、見た目よりかなり頑丈なようだった。

 フランはその杖を持っている手のひらに息を吹きかけ、笑う。


「さすが、あたしが見込んだだけはある……というべきかしら。ペース取り続けないと勝てそうにもないわね!」


「降参してもいいよ」


「じょーだん。奥の手を使わせてもらうわよ」


 そう言って取り出したのは、手のひらサイズの小瓶だった。

 中は青い液体……いや、緑……今度は赤。代わる代わる三色に変化し続けている。


「《ヘルメス・トリスメギストス》。もったいないけど……いいえ、あなたを手に入れるのにそんな言葉はふさわしくないわね。大判振る舞い――させてもらうわ」


 それが異質なアイテムだというのは、ひと目でわかった。これまでに使ってきたアイテムも強力ではあったが、今フランが手の中で遊ばせているそれは根本的に別物であると直感する。

 今までがエアガンだとしたら、あの小瓶は実銃だ。それくらいの差がある。

 息を飲むミサキの目の前でフランは小瓶の蓋を開け、一気にその中身を飲み干した。

 

 直後。

 フランの身体からまばゆい光が溢れ出す。

 

「うわ……!」


 目の前で行われているのは、おそらく強化付与だ。

 バフとも呼ばれるそれがこの光の正体だ。

 だが――その量が多すぎる。ATK、DEF、MAT、MDF、SPDといった基本ステータスのみならず、クリティカル率にクリティカル威力まで上昇していく。


「効果は強烈……だけど効果時間に制限はあるし、そのあいだ他のアイテムは使えない。でもそれを補って余りあるほどのパワーが付加されるわ」


 強化が完了したフランの身体は虹色のオーラに包まれている。

 それはまるで、オーロラでできたベールを纏っているかのようだった。

 金髪の錬金術士は、まるで槍か薙刀のように杖を構える。その姿は不思議と武人のようにも見えた。


「さあ、本番行くわよ!」


 ただの一歩で数mの距離を詰めたフランは杖の尖った先端石突きを突き込む。

 それが身体に届く直前でかち上げたのはミサキの拳。返す刀で振り抜かれようとしたミサキの右足をフランの左足が防ぐ。


 間近で拮抗しながら笑みを浮かべるフランに、同じ表情で返すミサキ。

 ばちん! という音と共に弾いて距離を取り、ミサキは跳躍、上から襲いかかる。

 

 しかしそれはフランに見切られている。

 落下してくる右肩めがけて杖を突き出す……が、とっさにミサキが身体を捻ったことで肩の表面を抉るに留まった。


「く……っ!」


 苦悶の表情を浮かべるフラン。薬品の効果時間を考えると、彼女が狙っているのは短期決戦だろう。

 だがそうはいかない。体勢を崩しながらも着地したミサキは身体を回転させ、遠心力を乗せた爪先をフランの脇腹へと炸裂させた。


「つう……!」


 吹っ飛び、仰向けに倒れるフランへと畳み掛けるように接近しマウントを取ろうとする――だが、腹部を蹴り上げられ失敗に終わった。

 一旦距離を取り、双方体勢を立て直す。


「すげえなあいつら……」


 二人の戦いを称賛するざわめきは、しかし本人達には聞こえない。

 

「シッ!」


「はぁっ!」


 示し合わせること無く同時に駆け出す。

 全速力で駆け回りながらあちこちでぶつかり合い、そのたびに拳と杖が交差する鈍い音が波及した。


 この状況を、ミサキは意外に思っていた。

 フランがここまで戦えるとは思っていなかったのだ。たとえ強烈なバフを掛けたところでそれをうまく制御できなければ意味がない。しかし彼女は問題なく戦えている。

 もしかしたら、彼女も現実ではそういった戦いの経験があるのかもしれない。例えば、武道などを嗜んでいるだとか。


 矢のような勢いで突撃してくるフランを、紙一重で回避する。だがそれでは終わらない。急停止したかと思うと再び突っ込んでくる。

 それを回避――したと思ったときにはまた突進が始まっている。まるで虹色のホーミングミサイルだ。

 恐ろしい速さに感嘆する。自分と戦っていたエルダもこんな気持ちだったのだろうか。


 だが、反応できないほどではない。

 これより素早い敵ともミサキは戦ったことがある。

 何度目かの突進――そのときにはもう見切っている。


 タイミングを合わせ、迫りくるフランへ向かって拳を振るい――空を切った。


「え?」


 フランが直前で停止した……いや、速すぎてそう見えただけだ。

 実際は急激に減速しただけ。見れば虹色のオーラも消え失せている。

 《ヘルメス・トリスメギストス》の効果が終了したのだ。


「やっば……い、わね」


 足を止め立ち尽くすフラン。

 その表情は笑みのようではあったが、諦観の色も混じっていた。


「わたしの勝ちだよ」


 勝利を確信する。

 相手はおそらくほとんどのアイテムを使い切っているだろう。

 そしてドーピング無しで自分に太刀打ちできるとも思わない。

 

 フランが心から残念そうにため息をつく。


「これだけは使いたくなかったんだけど……しょうがないかしら」


「……?」


 まだなにかあるというのか。

 訝しげに、しかしミサキ自身も気付かない高揚をその心に滲ませる。

 

 フランが懐から取り出したのは赤く小さな宝石。その輪郭は真円を描き、手のひらの少し上でふわふわと浮いている。その内部では炎が渦巻いているように見えた。


「な、なにそれ」


「《人工太陽》」


 目を剥くミサキを知り目に、金髪の錬金術士はその宝石を空高く放り投げた。

 誰もがその行方を追う。ミサキも、観客も、そしてフラン自身も――その視線が集まる中。

 

 宝石は、巨大な燃える恒星にその姿を変えた。


「…………ッ!?」


 あまりにも大きい。

 直径はおそらくフィールドのそれとほぼ同じ。そうも巨大な炎塊は、まっすぐ落下を始める。

 あんなものを食らったらひとたまりもない。現在ミサキのHPは4割ほど残っているが関係ない。どれだけHPがあろうが一撃だろう。

 そして逃げ場もまったくない。どこに逃げても焼き尽くされる。上に跳ぶ道もない。すでに《人工太陽》はこのフィールドの天井と化した。

 

「こ、こんなのフランだって死んじゃうでしょう!?」


「そうね、あたしもアレを食らったら終わりね。でも」


 平然としたフランはアイテムを取り出す。

 それは大きな亀の甲羅に見えた。


「これは《硬鋼コウラ》。使ってる間は動けないけど、大抵の攻撃は防いでくれるわ。これであたしだけ助かろうって寸法よ!」


 そう勝ち誇ると、甲羅をすっぽりと被り引きこもってしまった。まるでカマクラのようだ。

 ぽかん、と口を開けるミサキ。頭上の太陽はじりじりと高度を下げている。すでに熱が伝わり、周囲の景色が赤く染まってきた。


「ふ……ふざけんなああああっ!」


 叫びながら駆け寄り甲羅を叩く。カンカンと甲高い音はするが、びくともしない。耳をそばだてると内部からくすくすとくぐもったような笑い声が聞こえる。すでに勝利を確信しているのだろう。

 もう時間がない。あともう少しで太陽は地表に到着する。

 諦めるしかないのだろうか。勝つ方法はもう無いのだろうか。


(…………いや、ある!)


 思い切り甲羅に拳を叩き込む。

 もう一発。さらに一発。連続する打撃音が、いつしかひとつなぎになり、波のように周囲へと轟音を撒き散らす。

 

「だあああああああああああッ!」


 凄まじい勢いで拳が甲羅を穿つ。

 止まらない。むしろその勢いはどんどん加速していく。

 あの太陽が到着する前に、この甲羅さえ壊せば。そして中に引きこもったあの金髪を殴り倒せば。

 それ以外に勝つ方法はない。


 ガンガンガンゴンガンゴンガンガンガンガン!


 聞いている方が恐ろしくなってくるほどの打撃音。

 太陽はもうすぐそこまで迫っている。

 だがミサキはそれには一瞥もせず拳を振るう。


 そして――――最後の一発。

 まずヒビが入り、その後甲羅は粉々に弾け飛んだ。


「ふええ…………」 


 中から出てきたのは、目を回すフラン。

 打撃音を密室でまともに聞き続けたせいだろう。

 しかしこれでミサキの攻撃を防ぐ手段はなくなった。


「わたしの勝――――あ」


 高らかに勝利宣言をし、拳を振り下ろそうとした瞬間。

 炎が全てを飲み込んだ。


「うわあああっ!」 

「なんも見えねえ!」

「どうなってんだ!?」


 炸裂した炎に仰け反りながら、観客は思い思いの声を上げる。

 炎でフィールドが覆われ視界が塞がれているのだ。


 そして永遠に燃え盛っていると思われた太陽も、いつしかその勢いを弱め、炎は消え――そして。


 後に残っていたのは、黒焦げで横たわるフランとミサキの姿だった。

 二人の上、空中には『DOUBLE DOWN』というホログラムが。

 

 こうして、ミサキの今後のVRMMO生活をかけたトーナメントは終わりを迎えたのだった。





 その10分後。

 フランのアトリエにて、決勝を終えた二人は向かい合っていた。

 

「いやあ、まさか引き分けで優勝者無しとは……」 


 アトリエの主が淹れた紅茶を啜りつつ、しみじみと呟く。

 現実に比べて感覚は曖昧だが、味はおいしいと思う。VR技術はまだ改良の余地があるのかもしれないが、これ以上良くしても、今度は別のところが割を食いそうだなと思った。


「あたしも勝てると思ってたんだけどね。まさか甲羅を壊されるとは思わなかったわ……あー、まだ頭ガンガンする」


 額に手を当てるフラン。

 

「そういえば、わたしはどうなるの? 決勝は引き分けだったし、また次のトーナメント出ればいい?」


 素朴な疑問を投げかけると、フランはきょとんとした表情。

 何を言ってるのかしら、とでも言いたげな。


「……? 賭けはあたしの勝ちよ?」


「……はい?」


「だからー、あなたが優勝できなかったらあたしの勝ちって言ってたでしょう。引き分けで優勝者無し……つまりそういうことよ」


 あ、と口が開く。

 そういえばそういう内容だった。勝負に必死で忘れていた。


「明日からバリバリ働いてもらうからよろしくね!」


 がくり、とうなだれるミサキ。 

 結局こうなるのか……。


「ああでも、そうは言っても引き分けだったことだし装備は作ってあげる。ただし素材は調達してもらうけどね」


 そう言うとフランは軽やかにウインクを飛ばした。

 はは、と乾いた笑いを漏らすミサキはふと思いついたことを口にする。


「…………もしかして、この結末を最初から狙ってたりした?」


 その問いに、錬金術士は「どうかしらね」と返す。

 その笑顔はまるで黄金のように輝いていた。

 

 こうしてミサキはこのアトリエの広告塔アンバサダーになった。

 だが、最初感じた忌避感はもう無い。


(だって、すごく面白そう)


 この底の知れない錬金術士となら、もっと面白いVRMMO生活が送れる――そんな確信めいた予感があったからだ。

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