3.はじめてのギルド破り


 アストラル・アリーナは本サービス開始から賑わいに賑わっていた。

 世界初のVRMMO――自分自身がゲームの世界に入って遊べるという触れ込みは想像以上に世間の関心を引いたらしく、プレイヤーの数は非常に多くなっている。


 プレイヤー達の拠点となる、円形の城壁に囲まれた石造りの街――ホームタウン『アニミ・ラティオ』。

 彼ら彼女らはそこで思い思いにゲームを楽しんでいた。


 同好の士で集まりギルドを結成する者。いち早くマイホームを建設しバーチャル世界で優雅な暮らしを楽しむ者。ひたすらクエストを受け街の外のフィールドに点在するダンジョンへと挑む者など、そのプレイスタイルは様々だ。


 その中でも大勢のプレイヤーがいつも集まっているのは、街のど真ん中に鎮座する古代ローマのコロッセウムを模した施設――『アストラル・アリーナ』だ。ゲームと同じ名前を与えられたその施設では、日夜トーナメントが開催され、盛大な賑わいを見せている。

 それはトーナメントの参加賞から優勝賞品まで、賞品が非常に豪華であることが原因だ。

 レア装備やSPスキルポイントを増やすアイテム、高い賞金……参加賞をもらうためだけにトーナメントへ挑むものも非常に多い。

 

 そんな闘争に関与することなく、ミサキは今日もレベリングやその他の検証作業を終えて街に帰還していた。

 彼女が今露天エリアを歩いているのは、倒したモンスターの素材を売って小銭を稼ぐためである。武器がない分他のプレイヤーよりは金銭的余裕は断然あるのだが、それでも一身上の都合で防具はケチることが出来ない。

 だから素材から得られるのが雀の涙だろうとお金を欲しているのだ。


「と言っても今売り出されてる装備は必要な分買っちゃったし……店売りは高いけど《EXITパドル》でも買っておこうかな」


 ダンジョンは一度入ると死ぬか最奥部のボスを倒さなければ出られないという仕様がある。

 ダンジョンは見た目からでは生息している敵が判断できないので、うっかり難易度の高いダンジョンに潜ってしまった時、一瞬で街に戻れる《EXITパドル》が役に立つのだ。

 念の為、いくつかは持っておきたい。このゲームのデスペナルティが緩めに設定されているとはいえ、死ぬのはできるだけ避けた方が良いだろう。ミサキも既に無茶な挑戦の末経験値を無駄にした経験が何度もある。

 そんなことを考えていると、前から突っ込んできた何かがミサキに激突した。


「あいった!?」


 たたらを踏んで、なんとか転ぶのは避ける。

 何がぶつかってきたのか……視線を少し下げるとその答えがあった。

 

 ミサキの目の前で尻もちを着いているのは、焦げ茶色の短髪が特徴の小柄な少女だった。

 ミサキと身長は同じくらいだろうか。同年代と比べるとかなり小さいミサキと同程度ということは、おそらくは小学生あたりの年代だろう。


「わ、だいじょうぶ? ダメだよ前見ないで走ったら」


「ご、ごめ、なさい」


 その少女は明らかに涙声で、しかも手でしきりに目元を擦っている。

 このゲームには『涙を流す』という機能がまだ実装されていないが、それでもこの子が泣いているというのは誰が見てもわかる。


「……どうしたの? なにかあった?」


 彼女が身に纏っているのは初期装備だ。ログインし、スキャンを終え、この街に降り立った時に最初から装備しているもの。つまりこの少女は初心者の中でも始めたてということだ。

 そんなこの世界に来て間も無いプレイヤーが泣くというのは、どういうことだろう。

 

「なんでもないです……」


 俯き首を横に振る少女の姿に、ミサキの胸がずきりと痛む。


 ミサキはこのゲームが好きだ。

 不運にも初っ端からあんなエラーに見舞われてしまったが、そんな中でもいろいろと試行錯誤できるのが楽しかったからだ。

 それを無しにしてもゲームの中で自由に動き回れるのが本当に楽しいし、今までにない体験をできるのが嬉しい。元々新しい物好きというのもある。

 だからこのゲーム――アストラル・アリーナが原因で悲しむ人がいてほしくないと思うのだ。

 

「ね、あのさ」


 座り込んでいる少女に、しゃがんで視線を合わせる。

 

「おはなし聞かせて? なにがあったの?」


 笑顔で、努めて優しい声色でミサキは訊ねる。

 だが、少女は再び首を横に振る。


「関係ないじゃないですか……」


「そんなことないよ。だって悲しそうにしてるあなたを、わたしは見ちゃったもん。だから関係ある」


 その言葉に少女は目を見開いたかと思うと、少し吹き出した。

 無理のある理論だという自覚はミサキにもある。


「……変な人なのですね。ちょっとぶつかっただけなのにそこまで入れ込むなんて」


「その『ちょっと』が全部を変えることもあるんだよ」


 偶然の出会いが、運命を左右することもある。そのことをミサキは身を持って知っていた。

 微かな擦過じみた交差でも、出会いは出会いだ。


「だからさ。騙されたと思って話してみない?」


 そう言ってミサキが差し伸べた手を見た少女は、少しだけ逡巡すると、たしかにその手を掴んだ。

 ミサキの話に感じ入ったのか、それともしつこさに根負けしたのかは……わからない。





「初心者狩り?」 


 シオと名乗るその少女は頷いた。

 

 ここは街の北区、街を一望できる展望台のベンチだ。

 そこにミサキと並んで座るシオは続けて口を開く。


「ここにログインしてすぐ、背の高い女の人に声をかけられたんです」


 見た目は少し怖かったが、話してみると優しくて心を開いてしまったのだと言う。

 打ち解けると、今度は戦い方を教えるためにフィールドへと連れ出された。しばらく二人で歩いていると、突然あたりの岩陰や背の高い草むらからぞろぞろと何人も他のプレイヤーが現れた。

 彼らは一様に身体のどこかに赤いバンダナをつけていたそうだ。


「そうしたら寄ってたかってその人達に攻撃されて……すごく怖かった……!」


 ぶるり、と身体を震わせるシオ。

 たしかにこの世界に来てすぐに、わけも分からず袋叩きにされれば恐ろしいことこの上ないだろう。

 最初は現実との感覚の違いに戸惑い満足に戦うこともままならない。いや、そもそも恐怖で身体が竦んで戦うことなんて出来ないだろう。


「それはPKプレイヤーキラーってやつだね」


「プレイヤーキラー……?」


「PKって略すんだけどね、他のプレイヤーを殺すこと自体がそう呼ばれることもある」


「そんな……ひどいです。他の人をいたずらにこ……倒すなんて、何が楽しいのでしょうか」


「うーん、まあ何を楽しいと思うかは人それぞれだから。あとこのゲーム自体が対人戦をかなり推奨してるっていうのもあるかな」 


 このゲームはPKにより得られる経験値がかなり高めに設定されている。しかも街の外では他プレイヤーへの攻撃に一切の制限がかかっていない。フィールドに足を一歩踏み出した瞬間、そこはもう戦場なのだ。

 そういう事もあってこのゲームではPKがまかり通っているし、それ自体が咎められることも殆どない。殺されたほうが悪い、という共通認識が多くのプレイヤー間に広がっている。

 ミサキもまた、そういった環境を否定していない。自分から好んでPKすることは無いが、郷に入っては郷に従う。そういうゲームデザインならそれを受け入れるだけだ。


 だがそれはそれとして、何も知らない初心者を食い物にするということに対しては憤りを覚える。

 そんなもの武器を持たない街に攻め入るようなもので、勝負になっていない。戦った末に死ぬことはいいが、一方的な殺戮には忌避感を覚える。

 たとえゲームだとしても。


「このゲーム、誕生日プレゼントにパパに買ってもらったのです。ずっと楽しみにしていて……なのにこんなことになってしまって……もう辞めようかと思っていたのです」


「…………」


「話を聞いてくれてありがとうございました。多分もう、ここには来ないと思います」


 話してすっきりしたのか、シオは幾分か晴れた表情でベンチから立ち上がり、背を向けて歩いていく。このままだと彼女は二度とログインしないだろう。


 それは……納得できない。

 楽しみにしていたものが他人に潰されて、このまま泣き寝入りして終わりだなんて――それはどうしても看過できない。


「ねえ、その初心者狩りした人、自分たちのことをなんて名乗ってたかわかる?」 


 揃いの赤いバンダナ。

 おそらくはギルドがなにかだろう。そう当たりをつけ質問を投げかける。


「え? ええと、たしか――『パイレーツ・キングダム』って言ってました」


「……そっか。ありがと」 


  



 その日の夜、やってきたのはホームタウンは西区、路地裏の酒場だ。

 なぜここにミサキがいるのかと言うと、この店はギルド『パイレーツ・キングダム』がよくたまり場にしている店らしいからだ。


 らしい、と言うのは、場所を道歩くプレイヤーたちに片っ端から聞きまくって調べたからだ。西区はガラの悪いプレイヤーが多いというか、他の区域よりもアングラな雰囲気を醸している。ここに来るまでにも強面のお兄さんやお姉さんと何度もすれ違った。

   

「…………ふう」


 正直言って緊張する。

 これからミサキがしようとしているのは言わば道場破りだ。そこに正当性はない。

 それでも一度そうすると決めたなら、もう止まることはない。

 両開きのドアに手を掛け、一気に押し開く。

 

 入ってみると、内部は明らかに外観から判断できる規模より広い。これはバーチャルだからこそできることだ。

 その空間にいくつも置かれた丸テーブルは過半数が埋まっていた。

 この店は擬似的な酩酊状態になれるドリンクを出すことから大人のプレイヤーがよく利用している。もちろん未成年がそれを注文することは出来ないが。

 そんな未成年であるミサキが酒場に来るのが珍しいのだろう、店内の視線が一斉にミサキに向いた。それに怯むことなく、さらに一歩前に踏み出す。


「ここに『パイレーツ・キングダム』のギルドリーダーはいますか?」


 ミサキがそう告げると、酒場はにわかにざわつき始める。するとプレイヤーたちの視線は徐々に一点へと――一番奥のテーブルへと集まっていく。そこにいたのは赤いバンダナを付けた男性プレイヤー数人と、真っ赤な髪が印象的な女性だった。


「リーダーは、アタシだけど?」


 すっくと椅子から立ち上がったその女性は、ゴツいブーツで木板の床を鳴らしながらテーブルの間を縫うようにしてミサキへと歩いてくる。気がつけば、あっという間にミサキの目の前。距離は1mも無いだろう。

 この距離まで近づくと、かなり背が高いのがわかる。ミサキの背の低さを勘定に入れなくとも、女性としてはかなり高い方で間違いないだろう。赤い髪を編み上げで纏め、ウェーブする前髪を垂らし右目を隠している。荒々しい美しさ、と言えばいいだろうか。


「で、ガキ。てめえみたいなおちびちゃんがこんなところに何の用だよ?」


「……あなた達は最近初狩りばかりしてるらしいですね」


「初狩り? ……ああ、なるほどね」


 その一言で、そのギルドリーダーは要旨を理解したらしい。もしかしたらミサキ以外にも、同じ目的で来たプレイヤーがいたのかもしれない。


「よく来るんだよな、こういう手合いがよ。でもそういう奴らに限って結局途中でビビって帰っちまうか、アタシにのされちまうか……お前はどっちだ?」


 嘲るような口調。店の奥ではギルドメンバーたちがニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 それだけではない。酒場の客たちのほとんどが、面白い見世物がやってきたとばかりに嬉しそうにしている。


「どっちでもないよ。わたしはあなた達を潰しに来たんだから」


 静かに放たれたその言葉に、酒場が沸く。しかしギルドリーダーの表情からは一瞬で笑みが消えた。

 ミサキを『突っかかってきたガキ』から『敵』へと認識を改めたかのようだった。


「お前さ、知ってるか? アタシらがやってることはこのゲームの規約に何にも違反してねーんだぜ」


「そうだぞ! PKしてなんぼのこのゲーム、やらなきゃもったいない!」 

「弱そうなやつを餌にしてなにが悪いんだよ!?」


 語りかけるような赤髪の女に、ギルドメンバーが口々に同調する。

 確かにその通りだ。他のプレイヤーへ攻撃してはいけないなんてルールは無いし、PKで得られる経験値やその他の報酬は大きい。だから彼女らの主張は間違っていない。単純に経験値稼ぎをするなら弱そうなやつを倒すのが一番だとみんなわかっている。


 だが。

 彼女らに狩られたシオの顔が。

 もう辞める、と希望を握り潰されたシオの弱々しい声色が。

 どうやっても頭から離れない。


「良いとか悪いとかどうだっていいよ。あなたたちがムカつくから初狩りを辞めさせたい。それだけ」


 今度こそ、嘲笑の渦が巻き起こった。

 確かに滑稽だろう。そんな理由で殴り込みを掛ける奴などいるものか。

 実際ミサキはこの件には何の関係もないし、被害を被ることもない。だからどこまで行っても部外者だ。

 それでもこの胸のざわめきは消えない。楽しむためにこの世界ゲームに来たばかりのプレイヤーを喰い物にするような行為を、許すことは出来ない。


 嘲笑の渦の中、赤髪のギルドリーダーだけは別の表情を浮かべていた。

 嬉しそうに、獰猛な笑みを浮かべミサキを見下ろしている。


「……お前、面白いな。名前は?」


「ミサキ」


「あたしはエルダだ。ここまでカマしたからには……わかってるんだよな?」


「うん。わたしが勝ったら初心者狩りを辞めてもらう。右も左もわからないような人たちを、これ以上餌にしないで」


「そうは言うが、こっちには勝負を受けるメリットがねーんだよな」


「わたしが負けたらあなたのギルドの奴隷になってあげるよ。呼ばれたらいつでも飛んでいくし、どんな命令も聞く。レアなアイテムや装備を片っ端から横流ししてもいい」


 ミサキこのゲームにおけるこれからの人生を賭ける。

 負ければ自由なプレイは一切できなくなるだろう。だが、それだけこの勝負に掛けるミサキの想いは大きい。


「……いいぜ、面白くなってきたな。後で泣いて謝っても撤回してやらねーぞ」


「泣くのはそっちだよ」


 こうして、ミサキとエルダの勝負が決まった。

 お互いの矜持を守る、ただそれだけの決闘だ。

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