2.あの人なんで武器も持たずに戦ってるんですか?


「…………」 


 ここは拠点の街の東門を出たところにある草原エリア。

 街近くにある小高い丘で、ミサキは膝を抱えて座り込んでいた。

 虚ろな瞳が遠くの青空を見つめている。そんな横顔を、穏やかな風が吹き抜けていった。

 

 クラスが無いことに気づき、失意のままログアウトした次の日である。

 あれから運営会社にメールを送ってはみた。スキャン時にエラーが起きて、クラスが設定されないままゲームが始まってしまった旨を書いて。

 意外なことに返信はすぐだった。内容を要約すると『現在調査中』とのこと。予想はしていたがすぐには対応してくれないらしい。


 次にネットで検索してみた。SNSや掲示板を中心に、自分以外にもスキャンで不具合を起こしているプレイヤーがいないか、と。だが、残念ながらひとりもいなかった。思いつく限りのあらゆるワードを検索窓に打ち込んでみたが、そういった呟きをしているプレイヤーはひとりとして存在しなかった。

 そんなことってあるんだ、とさすがに笑ってしまった。


 なぜミサキがこんな場所で黄昏れているのかというと、街を歩く他のプレイヤーが持っている武器が眩しかったからだ。なんでも無いロングソードや樫の杖が羨ましくて仕方がなかった。自分も剣を振ったり魔法を唱えたりしてみたかった。


 はあ、と何度目かのため息をつく。

 一度目はため息をつけること自体に驚いたものだが、もう慣れてしまった。

 どうやら諦めるしか無いらしい。


「……よし! もう落ち込むのやめ!」


 初のVRが初っ端からこんな事になってしまって残念ではあるが、もう仕方ない。

 それより落ち込んでいる時間がもったいないと思う。縛りプレイじみた状況だが、それはそれで楽しみようがあるものだ。

 一息に立ち上がり丘から草原を見下ろす。地平線まで萌葱もえぎ色が続いていて、至るところに水色のスライムが跳ねている。


 とりあえずレベル上げ兼、このゲームの仕様を理解するところから始めよう。

 公式サイトやPVなどである程度のシステムはわかっているが、それでも開示されているのはほんの一部。わからないことだらけだ。

 他のプレイヤーより劣っているなら、誰よりこのゲームを理解しなければ。


「うおー!」


 気の抜けるような叫びとともに丘を走り下り、スライムへと接近していく。

 素早い助走から、サッカーのコーナーキックのように罪のないスライムを蹴り飛ばす。

 吹っ飛んだスライムは放物線を描き、ぽてんと草むらに落ちた。

 スライムはすぐに起き上がり、丸い目を釣り上がらせミサキを睨む。するとスライムのすぐ上にHPバーが表示された。攻撃し、こちらを認識したことによって戦闘が始まったと判定されたのだ。

 目を凝らすと緑色のHPバーは半分ほど減っている事がわかる。


「あれ、結構減ってる」


 この前にも何度かスライムとは戦っているのだが、その時は一発でここまでダメージは入らなかった。せいぜいパンチもしくはキック一発で四分の一程度だ。スライムに個体差があるのか、それとも別の理由か――それはわからない。わからないからこれから調べるのだ。

 

 スライムが飛びかかる。凄まじい跳躍力だ。

 足も無いのにどうやって跳んでいるのだろうなどと考えつつ、向かってくるスライムに3発ほどカウンター気味に拳を叩き込んでやるとポリゴンの破片になって消えた。最初期の雑魚敵だけあってかなりあっさりだ。

 

 敵を倒したことにより視界の端で経験値バーが伸びていき、マックスになる。すると軽快なファンファーレが鳴り響いた。


《Lv1→Lv2》

《5GPと3SPを獲得しました》


 どうやらレベルが上がったらしい。

 それとともに謎のポイントが付与される。

 同時に表示されたヘルプ文章によると、GPはグロウポイントの略で、これを各ステータスに振り分けることで能力値を自分好みにカスタマイズすることができるようだ。

 というより、GPを振らないといつまでたっても大してステータスが上がらないようだ。その証拠に、レベルが上がってもメニュー画面で見るステータスはLv1のときとほぼ変わらない。


 SPはスキルポイントの略だ。これをステータス画面からスキルツリーに割り振ることでスキルを習得していく。しかしクラスの無いミサキには……。


「あれ?」


 ある。スキルが。

 各クラスごとにあるアクティブスキル――武器を使った攻撃スキルのツリーはなかったが、それ以外のツリーが存在する。


 まずはパッシブスキル。状態異常耐性アップなど、上げるだけで常に効果を発揮し続けるスキルだ。

 そしてベーシックスキル。このツリーには敵のステータス情報などを見ることができる【インサイト】など、武器を使わないアクティブスキルがある。


 この二種類のスキルはクラスによらず全てのプレイヤーが習得できるスキルのようだ。だからクラスのないミサキでも習得できるのだろう。

 少し光明が見えてきたかもしれない。


「よーし……!」


 アクティブスキルが使えないということは、逆に言えばそれ以外にだけスキルポイントを振り分けられるということだ。そちらに特化することで、誰も予想していなかったようなステータス構築ができるかもしれない。



 そこからのミサキは鬼だった。

 鬼のように雑魚敵を狩り、経験値を稼ぎ、同時に仕様の検証も行った。

 『素手でひたすら草原エリアの雑魚を倒している変な女がいる』と一部で噂になる程度には、一心不乱に戦っていた。そんな噂、本人は知る由もなかったが。


「ひゃっほー! はやいはやーい!」


 時には自身の走行速度を測るため、ひたすらフィールドを駆け回ったり。


「ちょっとまってこのボスつよ……あべしっ」


 身の丈に合わないダンジョンに迷い込んでボスにワンパンされたり。


「ここの敵無限湧きだ!」


 経験値稼ぎに使える場所を見つけて攻略wikiに書き込んだり。


 そんな地道な作業の数々が楽しかった。

 元々やり込むタイプだったこともあって、時間を忘れてプレイした。

 そんなことをしばらく続けていると、2週間のβテスト期間は終了し、やがて本サービスが始まる。




 アストラル・アリーナ。

 それは世界初のブリッジング技術が使用されているVRMMOであるとともに……プレイヤー同士の戦闘が強く推奨されているVRMMOでもある。

 ホームタウンで日夜開催されるトーナメント。PKプレイヤーキルによる恩恵の大きさ。あらゆる要素が対人戦の推奨に繋がっている。

 ミサキ――神谷沙月が足を踏み入れたのは、そういう世界だった。


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