ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー
草鳥
第一章 はじめてシリーズ
1.はじめてのVRMMO
神谷沙月。
ゲーム好きの女子高生である。
RPG、アクション、シミュレーション、レース、格闘にシューティング……それ以外にも様々なジャンルに手を伸ばした。見境なく、という言葉が似合うほどに。
そしてそんな少女が次に目をつけたのは全く新しいゲーム。
最新の技術の粋を集めて作られた、ゲーマーに限らず人々の話題の中心にあるそのゲームは――――
「VRMMO?」
「そう!」
怪訝な表情で首を傾げる少女に、神谷は喜色満面で頷いた。
「なんか名前だけどっかで聞いたわね。よく知らないけど」
「ああ、アカネってあんまりネットとかテレビとか見ないもんね。なら教えちゃおっかなー、どうしようかなー」
アカネと呼ばれたふたつに縛った黒髪が印象的な少女は、神谷の謎テンションに辟易した表情を返す。
ここは神谷が住む学生寮の自室、時間は放課後。
自室でだらだらしていたアカネは、慌ただしく帰ってきた神谷に半ば無理矢理連れてこられたというわけだ。
「いらないんだけど。部屋に帰っていい?」
「聞いてよお!」
面倒くさいわね……と胸中で呟くアカネ。
神谷は普段ここまでテンションが高くない。しかし、新しいゲームを買ったときなどは大体こんな感じになり周りを振り回すのだ。
こうなっては満足するまで静かにならないのがわかっているので、諦めて続きを促す。
「VRMMOっていうのはね、プレイヤーの精神を仮想空間に飛ばすことで、まるで本当にゲームの中にいるみたいな体験ができるゲームなんだよ」
「……あんた説明ガン読みじゃない」
「うっ……い、いいんだよ伝われば」
この技術は
スマホで公式サイトを開きながら説明する神谷に、アカネはため息を返してやる。
本当に同年代なのか疑わしくなってきた。
「ていうか精神を飛ばすって……それどういう技術なのよ。危なくないの?」
「たぶん大丈夫だと思うよ。前から色んな所で報道されてて、安全性は保証されてるし」
もし身体的コンディションが一定以上に崩れれば即座にログアウトされるなど、様々なセーフティネットが張り巡らされている……というのが公式サイトに掲載されている。
「ふーん、そう。じゃああたし部屋に戻るから」
「そうだ、アカネも一緒にやらない?」
「今のところは遠慮しとくわ。面白かったらまた教えて」
立ち上がり、すたすたとドアに歩いていくアカネ――と、そこで足を止め振り返る。
「あんた最近髪伸びたわね。切らないの?」
「……うん。そろそろ伸ばしてもいいかなって」
そう、と静かに呟きアカネは出て行った。
閉じられたドアを見つめ、神谷は自分の襟足を撫でる。
長いあいだ顎下あたりで切りそろえていた黒髪は、今は肩につく程度まで伸びていた。
「よし、準備完了」
インストールは終わった。
VRゴーグルとの同期も完了している。
「水分とったし、トイレにも行ったし……うん、大丈夫そうかな」
ベッドに仰向けになりゴーグルを付ける。
息を深く吸って、吐く。部屋はとても静かで、心臓の音だけが鮮明に聞こえる。
正直言って、かなり興奮している。わくわくしている。こんな状態で本当に精神が飛ばせるのか、と少し不安になるくらいに。
「えっと、たしか……アクセス!」
意を決して起動ワードを発するとともに、神谷の意識が白く塗りつぶされる。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚――五感が一斉に消滅し、世界が弾け飛んだ。
圧倒的な空白にわずかの恐怖を覚えたが、それはほんの一瞬。
すぐに五感は戻ってきた。
「ふわあ……」
神谷は気づくと真っ黒な空間に立っていた。前後左右どこを見ても黒い。どこまで広がっているのか、それとも逆に狭いのか、それもわからない。
ふと見上げてみると、天井がないことに気づく。真っ暗闇がどこまでも続いているように見える。
正面の視界にはでかでかとタイトルロゴが表示されている。
『Astral Arena』――アストラル・アリーナ。それがこのゲームのタイトルだ。ロゴのすぐ右下にはβテストと記載されている。
とりあえずログインには成功したようだった。『アクセス』というワードによる声紋認識で自動ログインする機能がついているのは知っていたが、実際にやってみるまでわからないものだ。このブリッジング技術に対して、まだ心のどこかで少しだけ疑いを持っていたのかも知れない。
初めての体験に神谷がそわそわしていると、ぽこん、と可愛らしい効果音とともに目の前にウインドウが展開された。
そこには『ユーザーネームを入力してください』という文言と、そのすぐ下に入力ボックスが表示されている。
「触ればいいのかな……? ってうわ、手が動かせる」
仮想空間で自分の身体を動かせていることに驚きつつも、おっかなびっくり入力ボックスに指で触れる。するとその下にキーボード型のホログラムが現れた。これを使えということらしい。
「あ、どうしよ。名前決めてなかった」
これまでプレイしてきたゲームでは、いわゆるデフォルトネームで遊んでいた。
だが今回はそれとはわけが違う。このゲームのプレイヤーキャラクターは自分の分身どころではない、自分自身そのものとも言える存在なのだ。
しかし、かと言って本名プレイはやめておきたい。
「んー……まあ、これでいいか」
悩んだ末、
名前を入力すると、その瞬間ぐるりと景色が180°回転し、自分の全身が視界に映った。身体の感覚は変わらないのに視点だけが自分から離れている、かなり妙な感覚だったが、これにもすぐに慣れた。
自分の姿は、服装こそ初期装備らしい藍色のシャツにカーキのショートパンツ、革のブーツを着用しているが、身体じたいは現実のものとほとんど変わらない。体格も、顔立ちも。
低い背丈、肩まで伸びたさらさらの黒髪に、両目とも黒い瞳。
神谷の特徴である左の金色の瞳は再現されていなかった。オッドアイは実装されていないのかもしれない。
(……………………)
このゲームで使うアバターは事前に提出した身体データから作られている。これはゲーム内外で身体の扱いに齟齬が生まれないようにする為だそうだ。確かに身長や手足の長さが実際の肉体と極端に違うアバターを使っていると、現実に戻った際に不都合なことがあるかもしれない。
『髪型、髪色、瞳の色、メイクを変更できます』
元の身体をいじり過ぎない程度なら外見を変更できるようだ。
しかし神谷はこれをスルーした。
このままが一番いいから、という理由ももちろんあったが、本音を言うと早くゲームを始めたい気持ちが大きくなってきたのだ。
《――――これよりアストラル・スキャンを開始します》
合成音声が耳慣れない単語を発した。
なんだったっけ、と思案し、すぐに思い出した。たしかこれも公式サイトに記載されていたはずだ。
このゲームには『クラス』というシステムがある。これはいわゆる職業で、クラスによって装備できる武器種や覚えられるスキル、ステータスの伸び方などがそれぞれ変わってくる。
『アストラル・スキャン』というのは、プレイヤーの精神をスキャンすることで最適なクラスを導き出すものだ。これによってプレイヤーの初期クラスが決定され、以後変えることは出来ない。
これについては批判が多い。自由に決めさせてくれないのか、という当然の意見があちこちで見られた。
しかし運営はアストラル・スキャンの正確性に自信があるらしい。最初は不満でも、そのプレイヤーに最適なクラスであるならすぐに馴染むはずだ――とのこと。
そんなことを思い出していると、腹の底に重く響く振動音とともに頭上から青い波紋のようなものが降りてきた。波紋は神谷――ミサキの身体を舐めるようにして滑り降りると消え、また新しい波紋が降りてきて……を繰り返す。
「わたしはなんだろ。ウォリアーかな。スカウトかな。それともメイジかな?」
初期職は3種類。そこから多種多様なクラスへと派生していくらしい。
神谷は正直、どれでもいいと思っていた。どのクラスだろうと、それで遊び尽くしてやろうと思っていた。
だが――――
《重大なエラーが発生しました》
不安を煽る耳障りな警告音。真っ赤に明滅する空間。目の前には『Fatal Error』という文字が無機質なフォントで表示されている。
「え、え、え!? なになにどういうこと!?」
突然の事態に動揺する。
初っ端からバグだろうか。
それとも何か初期設定にミス? それとも――いや、起動前に何度も確認はした。できるだけのことはしたはずなのだ。
落ち着け。じっと待っていればきっと収まるはず……そんな淡い期待は、しかし裏切られる。
《スキャン失敗。ブリッジングを強制切断します》
その無機質な声とともに、ばつん! とミサキの意識は途切れた。
次の瞬間見えたのは自室の白い天井。掛け値なしに一瞬の出来事だった。たったの一瞬で、まるで夢から覚めるように現実へと意識が戻ってきた。
何がなんだかわからないままむくりと起き上がる。
「え、ええー……?」
……どうやら、困った事態になってしまったようだった。
VRゴーグルをためつすがめつしてみると、電源ごと切れている。立ち上がってPCが置いてあるデスクまで近づき確認すると、アストラル・アリーナのランチャーは落ちていた。とりあえず再起動してみると、何事もなかったかのように立ち上がった。特に問題はなさそうだ。
再びゴーグルを掛け、ベッドに寝転がる。
「……アクセス」
嘆息混じりに呟く。
まさかこんなに早く二度目のログインをすることになるとは思わなかった。
五感が消える。
世界が消し飛ぶ。
直後、感覚が復活し――最初に飛び込んできたのはオレンジ色だった。
「…………っ」
眩しさに思わず閉じた瞼をじわじわ開けると、そのオレンジは夕日の色だったらしい。
視界いっぱいに西洋風の街並みが広がっている。おそらく拠点となる街だろう。最初に名前などを入力した空間をすっ飛ばしていきなりゲーム世界に降り立ったようだ。
それにしても、
「うわーーっ! すごいすごいすごい、すごーいっ!」
狂喜乱舞である。
エラーで憂鬱になっていた気分が根こそぎ吹き飛び、そこらじゅうをぴょんぴょん飛び回る。既にログインしていたらしい他のプレイヤーがはしゃぐミサキに目を向けたが、すぐに視線を外した。初回ログインでこういった反応をするプレイヤーは珍しくもないようだ。
ゲームの中で好き放題身体を動かせる――それだけで胸の奥が沸き立つようだった。
そうやってはしゃいでいると、
「あ痛!」
バランスを崩し転んで顔面をしたたかに打った。
やはり現実の身体とは勝手が違うようだ。慣れるのには少し時間がかかるかも――などと考え、すぐにやるべきことを思い出した。
エラーの影響がないか確認しなければいけない。アストラル・スキャン時にエラーが出たなら、クラス周りに何かしら不具合が出ているだろう。
ミサキは空中に円を描くように手を振る。すると薄い水色の円形ホログラムが生じた。これがメニューだ。輪状に配置されたいくつかのアイコンの中から、トイレの入口にかかっているような人型のアイコンに指で触れる。するとステータス画面が開いた。
「クラス、クラス……」
上から、自分の名前、装備、ステータスが順番に並んでいる。
これは今はいい、視線をゆっくりと下に持っていくと、果たしてクラスの欄にたどり着いた。
「…………………………………………」
絶句した。
何も言葉を発することが出来なかった。
なぜなら、クラスの欄には何も書いていなかったから。
[Class: ]
ウォリアー、スカウト、メイジのどれかが記載されているはずのそこには、空白しか存在しない。
つまり、ミサキのクラスは無しということだ。アストラル・スキャンに失敗したことで、本来あてがわれるはずのクラスが無いままにゲームをスタートしてしまった。
クラスはこのゲームにおいて非常に重要だ。
なぜならクラスによって装備できる武器が決められているからだ。
だから、クラスを持てなかったミサキには装備できる武器が無い。そして武器がないとスキルも使えない。
このゲームにおける攻撃スキルは、それぞれの武器に依存している。片手剣スキルは片手剣を装備していなければ使えない。大剣スキルは大剣を装備していないと使えない――等々。
そして当然のごとく素手スキルは存在しない。そもそも『武器を装備していない』という状態がこのゲームでは想定されていないのだ。
「ど…………」
しかもアカウントを作り直すことも出来ない。マメなミサキは利用規約や契約書にもきっちり目を通している。
このゲームは単なるVRMMOに留まらず、精神をバーチャル世界に送り込むブリッジング技術の実験も兼ねている。つまりミサキを始めとしたプレイヤー達は乱暴な言い方をすれば被検体でもあるわけだ。
そんな重要なアカウントを悪用されないために、身体データと紐付いているアストラル・アリーナのアカウントは再取得が出来ないらしい。全く不可能というわけでもないのだが、手続きに数ヶ月はかかるそうだ。
つまり、八方塞がりである。
「どうしよーーーー!?」
ミサキの絶叫が、電脳の夕焼けへと響き渡る。
初めてのVRMMO生活は、なかなか前途多難のようだった。
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