第十一章 十二人目

11.1.宴


 一ヶ月後。

 ローデン要塞に魔王討伐の知らせが入った。

 それは瞬く間に周辺諸国へと伝わっていき、二ヶ月後には各国で宴会が催された。


 一足先に、ローデン要塞では宴が開催されている。

 帰って来た兵士たちを労い、死んでいった者たちへと杯を掲げた。

 葬式もすべて終わらせ、今は平和になったこの世界に誰もが酔いしれている。

 楽し気にする反面、そんな気分になれない者も多くいた。


 大切な仲間、家族、友人をこの戦いで多く失った者たちもいるだろう。

 戦争だから仕方がないのかもしれないが、彼らはこれからの未来を守って死んでいったのだ。

 一人として無駄な死は存在しない。


 木幕たちも、その宴に参加していた。

 誰もが楽しく酒を飲んだり、料理を楽しんでいる中、木幕は宴の会場から少し離れた場所で、酒を飲んでいる。


 相変わらずこの世界の酒はマズい。

 だが酔うことはできる。

 これくらいの量では酔うことはできないが、酒を体の中に入れているというだけで満足感があった。


「……」


 彼はこれからのことを真剣に考えていた。

 やることは決まっているが、残していく彼らのことを思うとどうしても決心ができなかったのだ。


「まぁ、なるようになるか」

「ああ、こんな所にいたんですか……」


 体中に包帯を巻きつけたライアが、おぼつかない足取りで歩いてきた。

 一ヶ月で少し回復したようだが、顔が抉れているのでそこだけはまだ完治していない。

 治ったとしても大きな傷が残ってしまうだろう。


 木幕の隣に座ったライアは、一刻道仙を抱いていた。

 片手には少しばかり良いワインを持っていた様で、グラスを二つ持っている。


「飲みます?」

「ああ、貰おうか」


 歯で栓を抜いたライアは、グラスを渡して注ぐ。

 自分の持ってきたグラスにも注いで、雪の上にワインボトルを半分埋めた。


「強くなったな、ライアよ」

「はは、まぁいろいろありましたからねぇ。これも師匠と、孤高軍総大将のお陰ですよっ」

「……」


 チンッとグラスを鳴らしたライアは、ワインを飲む。

 冷え切ったワインが体の中に入っていくのが分かった。


「……ライアよ」

「なんでしょうか」

「お主に、孤高軍を任せたい」

「うわぁー……。凄い難題を……」

「どうだ?」

「んー……」


 ライアは少し考える。

 確かに孤高軍は木幕の名前を借りているだけで、彼自身は特に何もしていない。

 ライアが率先して孤高軍を作り上げていったので、彼をリーダーとして迎え入れても誰も文句は言わないはずだ。

 あとはライア次第である。


「いいですよ」

「すまないな」

「いえいえ、総大将が僕のことを認めてくれたんですから。それだけで嬉しいですよ」

「それともう一つ、お主に黙っていたことがある」


 これは、最後に言っておかなければならないことだ。

 隠したまま墓場へと持っていくことは、木幕にはできなかった。


「お主の師、沖田川を殺したのは某だ」


 木幕はワインをじっと見つめたまま、動かなかった。

 ライアがこれを聞いてどう思うかは、大体想像がつく。

 ここで殺されても文句は言えない。

 抵抗する気もないので、やろうと思えばライアはすぐにでも木幕の首を飛ばすことができるだろう。


 未練を残したまま、この場を去るわけにはいかなかった。

 これは木幕の意地だ。

 彼がどのような行動を起こしたとしても、自分はそれを受け止めるつもりだった。


「知ってました」

「……なに……?」


 話をして驚いたのは、木幕の方だった。

 ライアは平常心のまま、注がれたワインを飲む。


「勿論、始めは分からなかったです。数に押されてやられてしまったと思っていました。ですが、僕が初めて一刻道仙を抜き放った時、分かったんです」


 ライアが初めて一刻道仙を抜いたのは、黒い梟が再び屋敷を襲撃してきた時だった。

 黒い梟を多く殺したあの屋敷にいる人物を始末しようと、彼らは襲ってきたのだ。

 だがそこで、ライアはそれを一人で蹴散らした。

 その時、気付いてしまったのだ。


「襲撃者は布を纏っていました。それを切ったんですけど、その時の傷が、あの時木幕さんの服についていた切り傷と同じだったんですよ」


 この世界の剣と刀では、切れ方が変わる。

 研ぎにもかけられ、最高の切れ味を有している刀で斬った服は、綺麗に真っすぐ斬られるのだ。

 そして思い出す。

 沖田川の服にも、木幕の服にも同じ傷がついていたことを。


「優しい師匠のことです。僕たちに襲撃で殺されたと思わせたかったのでしょう。木幕さんを悪者にしないために」

「……知っておって、着いてきてくれたのか」

「はい。ローダンから聞きました。木幕さんの目標を。師匠もそのことは知っていたはずです。やらなければならなかった、ことなんですよね」

「……」


 木幕はそれに、小さく頷く。


「魔王も……同じだったんですよね」

「……そう、だ。そうなのだ……!!」


 木幕は顔を片手で押さえる。

 本当はやりたくはなかった。

 高め合った者を、許された者を、我を貫いた者を、料理を振舞ってくれた者を、最強だった者を、刀を直してくれた者を、忍び耐えた者を、守りたいものがあった者を……自分の主を、本当は殺したくはなかった。


 だったらこの世界で平和に暮らせばよかったのかもしれない。

 神の言う事など無視して、静かに過ごすこともできたはずだ。

 だが、それでは成せないことがある。


 自分たち以外に、数十、数百という侍が、この世界に投げ込まれている。

 彼らは神の言うことに従って殺し合った。

 その原因を作り続けている神を、木幕はどんなに妥協しても許すことができなかったのだ。


 だから自分が、この連鎖を断ち切ると決めた。

 だから戦った。

 だから、主すらも斬った。


「これは……これは罪か……! これが代償なのか……!! 神を殺すことの……!!」

「……それは僕には分かりません。ですがこれだけは分かります」


 怒りと悲しみが交じり合う感情を抱きながらも、木幕はライアの言葉に耳を傾ける。


「木幕さんは、正しい行動をした人間です」

「……そうか……。そう、か……!」


 手の隙間から、雫が流れ落ちる。

 主を殺したことが正しい選択なのだろうか。

 これだけの人間を殺した人間が、果たして正しいと言えるのだろうか。


 それはもう分からない。

 だがライアは正しいことをしたと言ってくれた。

 乱れた感情の中では、それが正しいとも思えなかったが、その言葉には重みがあった。


 木幕は知らない内に、殺した数以上の人間を救っていた。

 それはライアが保証する。

 彼がいなければこれだけの兵を助けることはできなかっただろう。

 何もやっていなくても、そのきっかけを作った人物に恩を感じないわけがない。


 だからこうしてついてきてくれたのだ。

 孤高軍は、木幕がいたからこそ成り立った。


 木幕は二度目の涙を、この世界に来て見せた。

 胸が締め付けられ、息がしづらい。

 歯を食いしばり、あの時見てしまった主の最後を思い出す。


 ライアは木幕が落ち着くまで、その場に座ってワインを傾けた。

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