10.91.勝利
魔王討伐、魔王城崩壊、魔王軍撤退。
その報告が、次々と伝達されて人間軍は大きな歓声を上げた。
だがこちらにも死傷者は多い。
多くの犠牲が、この結果をもたらしたとリーダー格は兵士に叫んで伝え、彼らの士気を更に高めた。
とはいえ人間軍の被害も甚大だ。
リーダー格がほとんど失われた左翼は部隊が半壊し、分裂して散り散りになってしまっていた。
そこに中型と小型の魔物が攻めてきたのだ。
被害は多く、中央からの援軍が来ても状況がひっくり返ることはなかった。
だが中央と右翼は健在だ。
槙田の居た右翼の士気は非常に高く、殲滅戦までもこなしている。
中央は左翼の援軍に行ったので少しばかり少なくなっていた。
魔王が討伐されたという報告を聞いて、魔王軍は敗走。
魔物なので帰る所はないが、魔族領は広い。
彼らに見合った棲み処が見つかることだろう。
「……終わったかぁ……」
「その様ですね」
「ドルディンとか言ったかぁ……? いい指揮だったぞぉ……」
「はは……。まぁ、ただ下がらせて矢を放っただけですがね」
槙田の動きをしっかりと見ていたドルディンは、兵士を下がらせたり、矢を放つタイミングを指示したりと意外と忙しそうに立ち回っていた。
そのおかげで迫りくる敵も殲滅できたし、槙田の炎の巻き添えになるということもなかった。
ローデン要塞で敗走した後は随分落ち込んでいた様だが、今ではすっかりいつものドルディンだ。
長年ローデン要塞に棲む冒険者の指導などをしていただけあって、彼の指揮統率能力は高かった。
「それとなぁ……」
「はい。なんで……え? ……え!?」
「フッ……。木幕に宜しくなぁ……」
槙田の体が、燃え始める。
足先から次第に灰になっていき、だんだんと上に登っていく。
彼は最後まで不敵な笑みをこぼしていた。
体がすべて灰になったところで、一陣の風が吹く。
地面に落ちた灰は、すべて風に持っていかれて消えてしまった。
これは自分が燃やしたわけではない。
勝手に燃えていったのだ。
本来、いてはいけない人間。
役目が終わったと彼が認識すれば、体は朽ちて元いた場所へと戻ってしまう。
これでいいのだと、槙田は静かに帰って行ったのだった。
何とか敵を敗走させることができた左翼では、人命救助活動が行われていた。
一番被害が大きいのはこちら側だ。
後方から救護班も駆けつけ、手の空いた兵士たちが怪我人を運んだり、手当をしたりと忙しそうに走り回っている。
「ライアさん! ライアさん!!」
「……」
「医療班急げ! 早くするんだ!」
倒れているライアを、孤高軍のメンバーが必死になって手当をしている。
息はあるようだが、危ない状況だ。
意識があるのかどうかは分からないが、それでもしっかりと一刻道仙だけは握りしめられていた。
「うっ……ぐ……」
激痛の走る頭を触ると濡れた。
見てみれば赤い血がべっとりと手に付着している。
「いたた……。み、皆は……」
起き上がったロストアは、周囲を見渡して一緒に戦っていたはずだった仲間を探す。
二人が死んでしまったのはもう分かっていた。
だが最後まで戦っていたはずのガリオルの姿が見当たらない。
痛み体を何とか起こして探してみれば、彼の大きな戦斧が転がっている。
その周辺を探してみれば、医療班によって処置を施されているガリオルの姿があった。
だが、彼は既に死んでいた。
「君……」
「うぐっ……ぐずっ……」
「……」
ガリオルの知人だろうか。
それとも勇者として活動をしている時に助けた人なのだろうか。
やるせない思いになりながら、ロストアは目をつぶって彼を見送った。
この周辺は酷い有様だ。
気絶していた自分が良く生きていたものだと感心する。
敵に踏み潰されてもおかしくはなかっただろう。
結局ほとんど戦わずに、勝利した。
勝ったという実感はなく、ただ失ったものが多すぎた。
もう帰ってくる事のない彼らの代わりに、自分がリーズレナ王国の勇者として頑張らねばと、決意を固めて胸を叩く。
「いってぇ……」
思った以上に体にはガタが来ているらしい。
少しの衝撃だったが、激痛が走った。
中央では、誰もが武器を掲げて喜んでいた。
木幕の帰還は魔王討伐の証拠となったのだ。
「師匠!」
「大事ないか?」
「はい。大丈夫です」
「っー!」
「スゥも大丈夫だな。よくやったぞ、二人とも」
掠り傷や泥で汚れてはいるが、元気そうだ。
近くにいた中型を優先して討伐していた彼女らは、戦いの中で貢献したことだろう。
多くの死体が、その辺に転がっている。
これのほとんどをスゥとレミで仕留めたというのだから、大したものだ。
大型を相手にしていたティアーノとテトリスは少しばかり苦戦したようで、致命傷とはいかないが怪我をしていた。
しかし二人が大型を抑えてくれていたからこそ、兵士は小型と中型に集中することができたらしい。
「あー、帰ってお風呂入りたーい!」
「貴族じゃないから無理でしょ」
「そーだよねー」
二人はいつもの調子で話、笑いあった。
全員ようやく気が抜けて安心したのだ。
遠くにいた浮遊する船も、戦いが終わったことを確認するとゆっくりと旋回していった。
どうやら海の方へと変えるらしい。
気まぐれな御仁だったなと思いながら、木幕は乗っているはずのナルス・アテーギアを見送った。
木幕が出会ってきた者たちの多くは死んでいった。
生き残りは少ない。
だがそれだけの価値がこの戦いにはあると、彼らは信じて止まないだろう。
「帰るぞ」
「はい!」
「っ!」
木幕は救助活動を兵士たちに任せ、自分は一足先に本陣へと帰ったのだった。
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