10.90.決着
大量の魔物が木幕に四方八方から押し寄せる。
小型、中型、大型。
近くにいた魔物は牙を向き、木幕に飛び掛かった。
だが、それは既の所で阻止される。
木幕の周囲から飛び出すように、様々な葉が吹き上がった。
近づいた魔物は細切れにされて絶命する。
その葉は一つの塊となって形を成した。
上空に舞ったあと地面に落ち、うねるようにして周囲の魔物を喰らいつくしていく。
大きな牙を有した龍。
架空の存在であるためにその動きはこれで合っているかどうかは分からないが、木幕は蛇をイメージするようにその龍を操った。
魔物たちは大きすぎる敵に怯み、一瞬足を止めてしまう。
しかしその瞬間葉牙龍に食われ、体の中で細かく切り刻まれて赤い液体だけが隙間から流れ出る。
葉牙龍の体の中では鋭利な刃が回転し続けており、捕らえられた魔物はそれに細切れにされてしまうのだ。
魔法で攻撃をしている魔物もいたようだったが、これ自体が魔法。
レベルの低い魔法は簡単に弾かれて、攻撃をしてきた魔物を優先して龍は喰らいにいく。
悲鳴と断末魔の身が周囲を覆う。
龍の咆哮は一切なく、ただ地面をのたうち回る振動だけが響いていた。
だがその旋律は、魔物たちを恐怖へと陥れた。
音が近づくにつれて死が急速に迫ってくる。
それ程に恐ろしい体験など、今まで一度としてしたことがないだろう。
こちらに近づいてきているということが分かる。
必死に足を動かして逃げ惑うが、気付いた時には細切れになっていた。
多くの命を奪った葉牙龍は、満足したのは空に昇っていって消える。
赤く染まった葉がはらはらと落ちてきているが、それには既に刃としての能力は持っていなかった。
普通の葉っぱだ。
それを一つ手に取った柳は、小さく笑った。
「……拙者の負けだ」
そう言って、彼は地面に座った。
葉牙龍の余波で体中がボロボロになっている。
だが一切痛がるそぶりは見せず、口調も穏やかなままだった。
柳の後ろで、魔王城が瓦解していく。
木幕の後ろで、歓声が大きくなっていく。
彼ら二人の間で、暫くの沈黙が続いた。
「ケホッ……。木幕や。少し話さぬか」
「はっ」
柳にそう言われるや否や、木幕は柳の前に座った。
葉隠丸を納刀し、腰から抜いて右側に置く。
昔はよくこうして対面したものだ。
両者は懐かしく思いながら、静かに息を吐いた。
疲れてしまった。
この戦いに。
戦いはほとんど一瞬で終わったが、開戦からは一ヶ月以上が経っている。
これから人間軍は帰還し、盛大なパレードを開くだろう。
一方魔族は、また細々と暮らしていくことになる。
現状維持。
これが今回の戦で決まった。
「お主と拙者が力を合わせれば、成せただろうか。拙者の夢は」
「無論に御座います」
「そうか。では此度の拙者の敗因は何だと思う?」
「某が、人間の味方に居たこと」
「……そうだな」
木幕は、柳という人間をよく知っている。
だから弱いところを突くことができ、ローデン要塞で魔王軍本陣に行っても殺されることはないと断言できた。
そのおかげで彼らが食糧不足に陥っていることも把握できた。
自分を棚に上げるわけではないが、この戦争は木幕がいたことで突破口を見つけ出すことができたと言っていいだろう。
彼の奇術は強く、指揮統率能力にも優れ、こうして一人で突破する力も持ち合わせていた。
将棋で言うなれば、彼は飛車。
一つで戦況をひっくり返すことのできる駒だった。
だが柳も、木幕という人間を知っていた。
守りの姿勢を貫けば鉄壁となる。
ローデン要塞で彼が本陣側に居なければ、挟み撃ちを簡単にすることができただろう。
人を見て、その性格と性質を理解し、警戒する。
それができたからこそ、彼は必要以上の兵を減らさないようにすることができた。
この二人の存在は、どちらの勢力にとっても大きな存在だ。
どちらかが欠けていれば、どちらかの勢力が敵を蹂躙しただろう。
「殿も、良い仲間を集わせましたな」
「なに、倒して回ったら勝手について来ただけのこと」
「立派なことではないですか」
「やもしれぬな。誰もが優秀で、強く、優しい、自慢の家臣であった」
それももう、いなくなってしまったが。
柳はそう独り言ち、薄く笑った。
赤い葉っぱが舞い落ちる。
それは散っていった彼らの魂であるようにも思えた。
柳は落ちてきた葉を再び手に取る。
「お主も、同じく良い家臣だった。剣技では互角だったが、やはり才覚はお主の方が上だったな」
「ご謙遜を」
「自身を木に見立て、成長し続ける志」
柳はこちらを向いて笑う。
「拙者も、そんな人間でありたかった」
これが、柳と木幕の差だったのだ。
幾つ歳をとっても成長し続ける志を持つ木幕と、理想を夢見てひた走る柳。
人の上に立つ者としては、柳は大名武将にも劣らない素晴らしい人物だろう。
だが一度上に立ってしまうと、目指す者が減る。
だからと言って努力を止めたつもりはないが、これ以上は成長できないと彼はいつか思ってしまったのだ。
柳は木幕が羨ましかった。
だから彼に憧れを抱いていた。
「しかし、もう遅いな」
「殿」
木幕は強く地面を拳で撃つ。
頭を下げ、怒気の籠った口調で宣言する。
「必ずや、あの神を討って見せましょう」
この状況を作り出した神が、憎くて憎くてたまらなかった。
はらわたが煮えくり返って主の前だというのに怒りが零れる。
なぜこんなことになってしまったのか。
その原因はある。
だからこそ、柳に聞きたかった。
「柳様……! 某に神に辿り着く術を、お教えください!」
「……うむ」
覚悟はしかと見届けた。
これが最後の仕事となるだろう。
柳は痛みを我慢しながら、木幕に教えた。
「神に辿り着く術。それは……十二人目を、探し……出し、そして──」
ドォオン……。
船から砲声が鳴り響く。
魔王城が崩壊し、魔物たちが下敷きになっていく。
「……頼むぞ、木幕」
「……はっ……!」
「ふふ、ふ……本当に……よい、家臣を……も……」
瞼が重い。
体が寒い。
血を流し過ぎた様だ。
目を閉じるとすーっと意識が落ちていく。
心地よい感覚が、柳の体の中を通り抜けていった。
カクリと項垂れた柳は、これ以上は動かなかった。
木幕は頭を下げたまま、握り拳に力を入れ続ける。
歯を食いしばり、溢れ出しそうな涙を懸命に堪えた。
「葉隠丸……! 参るぞ……!!」
カチャッ。
葉隠丸は音で返事をする。
木幕は柳の持っていた天泣霖雨を手に取り、それを腰に差した。
主の形見だ。
持っていったとしても、柳であれば怒らないし、何なら大切にしてくれというだろう。
泣くのは後だ。
すべてが終わってから、彼の死を悲しむ。
戦場で戦った時とはまったく違う圧を放ちながら、木幕は天を仰いだ。
「穢れは払う」
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