10.80.二人目


 ガリオルは戦斧を振り上げる。

 それを軽々と防いだ魔族だったが、彼の次の行動を避けることはできなかった。


「おぅらあ!!」

「んぐっ!?」


 振り上げられた戦斧は簡単に受け止められたのだが、次の蹴りは咄嗟のことだったので防げなかった。

 なので硬質化が間に合わず、そのままダメージを受けてしまう。

 数歩後退した魔族はステッキを構え直し、相手を睨む。


「今ので分かったぜ」

「はぁー……ったく、優秀ですねぇ」


 とりあえず魔族は硬くなる。

 だがそれには条件が必要らしいということは分かった。

 それは……硬くなった部分は動かせないということ。

 なので魔族は硬くなったりそれを解いたりと忙しくしている。


 複数人いればこれに気付いた瞬間に勝っていただろうが、今は一人だ。

 何とかして隙を作らなければならない。

 恐らくこの戦斧では敵に決定的なダメージを入れることは不可能だろう。


 であれば搦手でいくしかない。

 自分にできるか不安だが、相手もこちらが弱点に気付いたことを知っているだろう。

 だからこそ、次は本気で来る。

 その瞬間を狙うしかない。


 魔族がステッキを振り回す。

 そしてそれを投擲した。


「!」


 腕の防具でそれを弾いく。

 想像以上に軽く、今まで受けていた攻撃は彼の魔法によるものだということを一瞬で理解した。

 そして追撃。

 手を広げて顔を掴もうとしてきている。


 この場合、腕は硬質化しており、手はまだ柔らかい。

 だがこの瞬間で一番使わなければならない場所は間接だ。

 絶対に硬くならない箇所といえば、ここしかない。


「うらああ!!」

「っ!!」


 魔族がガリオルの顔を掴む瞬間、ガリオルは戦斧を振り上げて肩を両断した。

 腕を吹き飛ばしたことにより敵の攻撃は外れ、魔族は地面に倒れてしまう。

 そこを追撃して、ようやく分身を始末することができた。


「よ……よし! っ」

「芸がなくてすいませんね。まぁ、戦争ですから」


 防具が砕けており、腹部は無防備だった。

 それに加えて強力な魔族を一体倒せた自分に酔いしれていたことが、敗因に繋がってしまったのだろう。

 ガリオルは魔族の持っていたステッキで貫かれていた。

 心臓を一突きだ。


「……がはっ……」

「私は二体まで分身を作ることができます。それと硬質化。すべての攻撃を通さなくなりますが、動けなくなるので注意と行ったところですかね。では」


 自分の能力をさらした後、ガリオルの体からステッキを抜き、血を振るう。

 彼は抵抗することもなく静かに地面に倒れてしまった。


 周囲には、それを目撃していた者が多くいる。

 彼らはどよめき、指揮官を失ったリーズレナ王国の兵士たちは狼狽していた。


「フフフフ、では私は次の獲物を探すとしましょうか。向こうはもうそろそろ決着がつきそうですしね」


 魔族、スディエラーは翼を使って飛び上がり、左翼へと飛んでいった。

 一人の分身を残して。


 その一人は、現在水瀬と戦っていた。

 彼女の攻撃は確実に分身を疲弊させているが、それは水瀬も同様だ。


「水面流、枝入り!」

「フッ! ……!!」


 上段からの攻撃を止めたと思ったら右腕で持っていた刀が後方に引き、それが振り子のように戻ってきて鋭い突きを繰り出した。

 無理に避けてわき腹を負傷する。


 すぐに受け止めていたステッキを使って相手の武器を弾き、今度はこちらから攻撃していく。

 素早い動きをする水瀬だが、その威力は弱い。

 だが攻撃は正確であり、スディエラーの持つ硬質化は何の役にも立たなくなっていた。

 関節だけを狙い、切り裂いていく。

 二振りの武器をここまで素早く、かつ的確に操られると硬質化の発動タイミングをミスった時点で敗北が決まりそうだった。


 分身なので何とでもなるが、ここで負けると魔王軍に負荷がかかる。

 できればここで仕留めておきたい相手だった。


「水面流奇術……」

「やばっ……」

「水籠」


 大量の水が水瀬の背後から湧き出て、スディエラーを襲う。

 彼はそれを避けようと尽力したが、それより先に水瀬が攻撃を仕掛けてきて防御に回らなければならなくなってしまった。


 邪魔だと言わんばかりにステッキを振り回して攻撃を弾いていくが、その反動を利用して更に攻撃を繰り出していく。

 本当に厄介な敵だと思いながら、分身スディエラーは本体にこの事を伝えた。


「もう一人……!」

『分かった』


 分身スディエラーの隣りで、新たな分身が出現する。

 それを見た水瀬は、一歩下がって水籠を操ることに専念した。

 だが水だけであれば何とかなる。

 二人のスディエラーはステッキを使ってその水を簡単に吹き飛ばした。


「はー……。仕方がないわねぇ……」


 水瀬は両腕を左右に伸ばす。

 首を傾げ、表情をなくし、目を見開いて振動させる。

 視界がぼやけるが、こっちの方が敵の動きを察知しやすい。

 何故かは分からないが。


「カラクリ人形、震眼」


 嫌いな技だが、魔族二体を同時に相手するのであればこれくらいはしなければならないだろう。

 強い敵と戦うたびに、やはりこの技を使うことになるのかと呆れるが、死ぬよりはマシである。

 刀を下に向けて、体を倒して前へと進む。


 一撃。

 それは簡単に防がれる。

 だがそこから五連撃を叩き込み、斬撃と突きを繰り返して分身の一体の体を穴だらけにしてやった。

 もう一体は上空に居たらしく、すぐに攻撃が飛んできた。

 それを回避した瞬間に逆回転で六連撃。

 こっちは何とか踏ん張ったようだが、歯を食いしばって斬られた腕を抑えている。


 水瀬では、同時に敵が攻撃してきた際に受け止めることができない。

 できるのは回避か受け流すのどちらかである。


「がはぁ……」

「ぐぬっ……! 何故メディセオよりも……! 遅いのに……!」


 あの時戦ったメディセオは、素早く、力が強く、技も一流だった。

 水瀬は力が弱く、更にメディセオよりも遅い。

 だがこれをカバーしているのは、水面流という技であった。


 素早さと力は、技の前では同列である。

 体が小さく、力も弱い水瀬が他の男とやり合うには、これを極めるしかなかった。

 だが道が決まっていたからこそ、彼女は強くなって様々な戦いに身を投じることができていた。

 今も、そうである。


 一番悔しいのは、やはり水面流だけでは勝つことができないということ。

 危ない時はいつもこの父の奥義、カラクリ人形が助けてくれた。

 水面流を無視した技が、これなのだ。

 美しくないが、強さはあった。


「シーッ!」

「ぐおおおお!!」

「はあぁ!!」

「んぐっ!」


 連撃をしている時、背後から強烈な一撃が肩に当たってしまった。

 激痛が走るが、それを無視して後方にいるであろうスディエラーの分身を切り裂く。

 それは見事に首を切り裂き、ようやく一体を沈めることができた。


「はあ!」

「がっ!」


 再び背後からの攻撃。

 水瀬は背後の敵を始末した時、何とか耐えきった分身がステッキで完全に水瀬の肩の骨を砕いた。

 持ち上がらなくなった肩を確認した水瀬は、ギッとスディエラーを睨んでもう片方の腕で切り裂く。

 しかしそれはか弱く、簡単に弾かれて大きな隙を与えてしまうことになった。


「水面流奇術……」

「させん!」


 翼をはためかせて一気に加速したスディエラーの攻撃が、水瀬に入る。

 くの字に曲がった体は遠くへと吹き飛び、味方兵士を巻き込んでようやく止まった。

 だがそれでも、刀だけは手放さない。


「……、……ッ」


 もう力が入らないようだ。

 痛みも次第に消え去っていく。

 誰かが声をかけているが、それも誰か分からない。

 次第に寒くなっていく体に従い、その意識も薄れていった。


 ポンッ。

 突然意識が覚醒した。

 なんだと思って周囲を見てみれば、そこには懐かしい仲間が居た。


「帰ったか」

「……うわぁ……」

「おい!? うわぁってなんだうわぁって! 今俺の顔見て言ったよな! おいこらどういうことだ女子!!」

「うるさいよ辻間」


 あの黒い空間。

 どうやら自分は死んで、ここに戻って来たらしいということを、すぐに悟るだろう。

 楽しかったが、負けは負けだ。

 殴られた腹部がまだ痛む気がする。


「へへ、負けました」

「良い戦いじゃった。さぁ、お主も木幕の行く末を見守ろうではないか」

「はい、沖田川さん。そうさせていただきます」

「おおーい、無視すんなー? てかお前と俺初対面なんだけどー。おおーい? おーい!!」

「「うるっせぇ!!」」


 西行と葛篭に思いっきり殴られた辻間は、簡単に遠くへ飛んでいったのだった。

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