10.81.西形VSティッチィ・許された神の突き


 西形とレッドウルフが、一人の魔族を睨んでいる。

 周囲では魔物が逃げていき、西形が何もしなくても道が出来上がっていった。

 おそらくそれは、この子供から発せられる圧が原因なのだろう。


 小さい体だというのに、自分の背丈よりも大きな怪物を前にしている気分だ。

 少しでも隙を見せれば、喉元に噛みつかれるだろう。


 それはレッドウルフも分かっているようで、ギッと睨んで子供魔族の周囲を徘徊する。

 一閃通しの切っ先を常に向けて警戒する西形だが、何処から攻めたものかと悩んでいた。


「お前、名前は何という」

「ティッチィ」

「言いづらいな……」

「柳様にも、同じこと言われた……」


 一瞬だけしょぼくれたが、すぐに西形に目線を戻す。

 強烈な殺気があふれ出た。

 当然魔物たちは逃げ惑い、違う方へと行ってしまう。


 右の手だけが巨大化し、鋭い鉤爪になっている。

 あれが武器だということは分かっているが、他の部位も変えることができそうだ。

 体全体が武器になっていると考えておいたらいいだろう。


「……君が出ても意味なさそうだね」

「グルル……」


 レッドウルフもそれは分かっているようで、体が震えていた。

 今までよく耐えてくれていたと褒めるべきだろう。


「うん。君は木幕さんの所に行ってくれないかな。あの人を柳さんの所に送り届けてあげて」

「ガルァ」


 西形はレッドウルフにそう言うと、背中から飛び降りた。

 レッドウルフは小さく頷くと颯爽とその場から走り去ってしまう。


「ギャワゥ!!」

「!?」


 突然、レッドウルフの悲痛の叫びが聞こえた。

 後ろを振り返ってみれば、地面から出現した棘に貫かれ、レッドウルフは息絶えていた。


「な……!」

「い、行かせない……。行かせませんよ、柳様の所には」


 ティッチィは足を地面につけており、大きくなった手で地面を触っていた。

 そんなこともできるのかと、西形はすぐに身構える。

 ティッチィの目線がこちらに向けられた瞬間、寒気を感じて咄嗟に奇術を使う。


 一瞬で移動した西形。

 先ほどまでいた場所には、鋭い棘が幾本も生えていた。

 あの場所の留まっていたら確実に殺されていたことだろう。

 厄介な奇術だと思いながらも、西形は切っ先を向け続ける。


 地面から手を離したティッチィは、自分の能力を再度確かめるように腕を動かした。

 重くはない、軽くもないが、自分の持っている能力で柳を手助けしようと真剣になっている。


「干渉」

「奇術」


 高速で移動して、ティッチィの攻撃を避ける。

 その攻撃は不可視のものであり、後方から次々に破裂音が響いていく。

 何度か接近しようと試みたのだが、ティッチィは西形の移動先を予測して攻撃を繰り出している様だ。

 これは自分だけでは手に負えないかもしれないが、せめて腕だけでも斬り落としておかなければならないだろう。


 次に任せる者に、彼を絶対に殺させるために。


「は、早い……見えない……」

「見えない……?」


 ザッと止まった西形は、ティッチィがこちらを向くのを待った。

 音を聞いてようやくこっちにいると気付いたらしく、再び腕を持ち上げてこちらに攻撃を仕掛けてくる。


(なるほど。どうやら僕の姿が見えているわけではないらしいね。てなると……あの攻撃、勝手に追いかけて来るのか)


 それであれば、この奇術を使っているのにも拘らず攻撃を繰り出せている事にも納得がいく。

 ずいぶんと面白い奇術を持っている様だ。

 これはますます腕だけでも斬り落としておかなければ、人間軍に大きな被害が出てしまうだろう。


 しかし追尾に加えて、自動的に術者を守るように破裂するこの技。

 自分が止まれば攻撃は来ないというのも、妙な話だ。

 もう一度止まってみると、攻撃がやはり止まった。

 音を確認して後ろを振り返ったティッチィがまた腕を上げて、不可視の破裂が再び始まる。

 この繰り返しだ。


 相手を疲れさせるためだけの技なのだろうか。

 いや、あの能力の詳細に辿り着くまでには多くの時間を使ってしまうものがほとんどだろう。

 当たってしまうとどうなるのだろうかという興味も沸くがそれで怪我をしてしまったらどうしようもないので、今は戦闘に集中する。


「やってみるか」


 西形はザッと立ち止まってティッチィの後ろを取った。

 足を大きく広げ、前方に体重をかけて槍を握りしめる。

 相手がこちらを向いた瞬間、攻撃を繰り出す。


 自分の奇術であれば、破裂する前に破裂場所を通り過ぎて無傷で攻撃を与えられるかもしれない。

 その為の構え。

 普通はこれを踏み込みで使わず、待ちの構えを取るのだが、今回はこの最速の攻撃で敵を仕留める。

 まずは確実に腕を斬り飛ばし、次も生きていたら首を狙う。

 初めから首を狙えばいいのかもしれないが、首という致命傷を負う場所を狙ってそれが弾かれれば、作戦は終わってしまう。

 であれば最初に致命傷にならない部位を狙うのがいいと考えた。


 相手は強い。

 そう簡単に首を置いてはくれないだろう。


 破裂音が止まった。

 ティッチィがこちらを振り向こうとする。


 まだだ。

 視界に捉えるか捉えられないかのギリギリを見極めて突撃しなければならない。

 相手に一瞬の思考を与えさせる。

 それが狙いだ。


 槍を握り込み、絞り込み、体の全筋肉を使用して奇術を発動させる。

 今まで槍を握ってこなかった日はない。

 見なかったことはない。

 突かなかった日は、一度としてない。


 神に許されるまで突きを繰り出し続けた西形。

 それでも祖父には敵わなかったが、彼も西形を褒めてくれたことがある。

 それが、この構えだ。

 異常な攻めにくさ、そして素早さ、正確さ共に素晴らしいものだったと、西形の祖父、幸道は感心した。


 許された突きを繰り出す者が、感心するほどの実力だ。

 西形はやはり、許されていた。


 ティッチィが振り向いて、自分を一瞬だけ認識した。

 そこで西形は渾身の力を持って、爆発の勢いに乗るように飛び出した。


「生光流奇術! 一神通し!」


 蹴り飛ばされた地面が抉れ、小さく隆起する。

 生光流奇術、一神通し。

 これは西形が考えた奇術の技名である。


 振り向いた瞬間に居なくなった西形を捉えられるわけがなく、ティッチィは振り向きざまに攻撃をもろに喰らってしまった。

 腕が後ろに吹き飛ばされ、バランスを崩す。


 西形は構えた状態のまま、ティッチィの後方で静止した。

 狙い通り大きくなった腕は吹き飛ばされ、ついでにティッチィの肩の骨を折ったようだ。


「う? 痛い……」

「……クソッ……」


 西形は、確かにティッチィの腕を吹き飛ばした。

 再生することはできないようだが、痛みはほとんどないらしい。

 しかし、西形は右足に激痛が走っていた。


「勝手に防御なんて狡いぞ……」


 ティッチィの隣りを通り過ぎる瞬間、西形は破裂を足に受けたのだ。

 一瞬のことだったので攻撃に支障はなかったが、肉が抉れて血が大量に流れ出ている。

 マズいところを抉られてしまったということは、素人目にもわかることだろう。


 後方から、人間軍の足音が聞こえて来た。

 もうすぐこちらに木幕引きいる部隊が来てしまう。

 だがこいつを倒し切れていない。


 ティッチィと戦える者は、少ないだろう。

 木幕ならすぐかもしれないが、柳戦が控えているので体力を使ってほしくはない。

 ティアーノやレミもいるが、この子供相手では苦戦するだろう。


「あんまり、気乗りしないけど……」


 西形は激痛をこらえて振り返り、再びあの構えを取った。

 その瞬間、今度はすぐに発動させる。

 ガッ!!


「ウゲェッ!?」

「ついてきてもらうよ」


 西形は残った左足だけで地面を蹴り、奇術を発動させてティッチィを無理やり移動させた。

 左翼。

 こちらであれば水瀬がいるし、孤高軍の三強がいるので何とかなるだろうと踏んで移動させたのだ。


 今、木幕たちの足を止めるわけにはいかない。

 こんな子供だけのために、魔王討伐を阻止されるわけにはいかないのだ。


 だが、ティッチィには自動防御が付いている。

 不可視の破裂が、ティッチィの首を掴んでいる西形に襲い掛かった。

 足が吹き飛び、骨が見えて更に破裂する。

 強烈な激痛によって意識が飛びそうになるが、腕の力だけは一切緩めず、歯が砕ける程に歯を食いしばって耐える。


 だがそれも、一瞬だった。

 奇術での跳躍で乗った速度が落ち、地面に体が投げ出される。

 ゴロゴロと転がって大きな岩にぶつかって止まったが、西形には既に意識がなかった。

 それでも、一閃通しとティッチィの首だけは未だに握っており、自分の最後の仕事は成し遂げたのだった。


 ポンッ。

 突然意識が覚醒する。


「お、おおー……?」

「お帰り、正和」

「ああ、姉上。ただいま戻りました」


 黒い空間で、水瀬の手を借りて立ち上がる。

 どうやら死んであの場所へと戻ってきてしまったらしい。


「んあー、役に立てましたかねぇー」

だぁほ阿呆。あれだけやりょーてやって役ん立っとらん役に立ってないわけなからーがなわけがないだろう

「んーーーー何言ってるか分かりません!!」

「よう頑張った。そう言っておるわい」

「あ、なるほど~」


 それならよかったと、西形はほっと息をつく。

 結果は負けてしまったが、彼らがそう言うのであれば自分は役に立てたのだろう。


「しっかし羨ましいぜー。俺も行きたかったなぁ~」

「僕もだよ」

「……誰?」

「あ、そういやそうだったな。俺は辻間。んでこいつが西行な」


 西形は一番初めにここから消えてしまった為、石動から増えた仲間は知らないのだ。

 自己紹介やら会話やらをしていると、沖田川が手を叩く。


「ほぅれほれ。木幕の行く末を見るぞ」

「あ、それは見たい! 大丈夫かなー!」


 西形はちょこんと座る。

 それからは、彼らの動きを見るために尽力したのだった。

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