10.76.すれ違い


 鎖鎌と鎖を同時に取り出したミュラは、鎖の方に手早くナイフを五つ取り付けていく。

 まるで生きているようにしなり、メルアナへとその刃を向けて叩きつける。

 何も持っていないメルアナは、最小限の動きでそれを回避した。

 踊っている様にも見えるが、一度回避しただけで鎖鎌と鎖の攻撃は止まらない。


 地面を打って跳ね返った衝撃を利用して、第二撃、第三撃目を繰り出していく。

 不規則な攻撃にようやく真剣な顔つきになったメルアナの服を一つのナイフが切り裂いた。


「ちょっと! これ高いんだけど!」

「しーらないっ!」


 ナイフの取り付けてある鎖を手放し、分銅を回す。

 勢いの乗った鉄はまっすぐにメルアナへと直進していく。


 だが首を動かしてそれを回避する。

 そこで指が鳴った。


「異空」


 ひゅんっ。

 飛んでいったはずの分銅が、ミュラの頬をかすめた。


「!?」


 咄嗟に鎖を引っ張って分銅を手の内に戻す。

 確かに分銅が真っすぐ飛んでいった。

 だというのに、自分の方へと戻ってきていた。


 窓から脱出するときと同じことが、今起こっていたのだ。

 これは明らかに何かの魔法だろう。

 構え直し、落としていた鎖を反対側の手に持った。


「ミュラ」

「今の見てた?」

「影から。あいつの顔の横を通り過ぎた鉄が消えて、変なところから出て来たわ」

「空間を繋げてるの?」

「捻じ曲げてるって言った方がいいかもね。遠距離武器だと分が悪いかもしれない」

「試してみる」


 ミュラはナイフのついていた鎖からナイフと外して、メルアナに投げる。

 するとそれは彼女の目の前で姿を消し、風を切る音が後ろから聞こえて来た。


 咄嗟にしゃがんだ二人は、自分たちの頭上を通り過ぎるナイフを見ることになるだろう。

 途中で勢いを失って地面を転がって行く。

 エリーの予想は当たっていた様だ。

 確かにこれでは遠距離攻撃は難しいかもしれない。


「んじゃ、行くよ」

「うん」


 ミュラが分銅を一メートルくらいの長さで構えた瞬間、エリーが影沼を使ってメルアナの背後を取る。

 初見の技だったので数には対処しきれなかったのだろう。

 更に接近攻撃だ。

 挟み撃ちに持ち込んでいるので、どちらかが失敗しても攻撃は入るだろう。


 幸い機動力は速くないらしい。

 確実に入ると二人が直感した瞬間、金属音と血飛沫が舞い上がる。


「「え?」」


 影沼から出た瞬間に斬り上げられた小太刀は、ミュラの分銅を弾き上げていた。

 メルアナの間には、異空が二つ設置されている。


 一つはエリーの腕をその中に入れて閉じ、斬り飛ばした。

 もう一つはミュラの前に展開し、異空で移動させたエリーの腕で、その分銅を弾き上げている。


「ありがとねー」

「ぐっ!!」


 隙ができたエリーの体を、思いっきり蹴とばした。

 部屋の壁まで吹き飛ばされたエリーは、生きてこそいるが腕を失ってしまったので先ほどの動きはできなくなっている。

 懸命に止血しようと腕を抑えているが、体中に響く痛みがそれを邪魔した。


「はああ!!」

「え、うっそはや……」


 ミュラはエリーが吹き飛ばされたのを見るや否や、一つの鎖を両手で操って目に見えない程の速さでメルアナを攻撃する。

 何度か異空でその攻撃を防ぎはしたが、至近距離の見えない連続攻撃は防ぎきれなかったらしい。

 分銅の強烈な一撃が、五回メルアナに直撃した。


「ぅぐぐう……!?」

「ふん! その空間! すぐには閉じられないみたいだね!」


 ミュラはそのことに気付いたあと、分銅ではなく鎖鎌のついている鎖を手に持った。

 先ほどと同じ速度で振り回し、すべてが鉄でできた分銅よりも重い鎌をメルアナにぶつける。

 何とか両腕でガードはしたが、その腕は糸も容易く骨が折れた。


 だがミュラの攻撃は止まらない。

 連続で攻撃を仕掛け、敵が攻撃させる瞬間を与えさせないためだ。

 どんどん加速していく速度に付いて来れるはずがなく、メルアナは良い様にいたぶられ続けた。


 最後に、綺麗な一撃が顎に当たった。

 体が浮き上がる程に強烈な攻撃は、彼女を昏倒させるには十分だったようだ。

 どさりという音と一緒に血が周囲にまき散らされる。


「はぁ……よし……!」


 ぐっとガッツポーズをしたミュラは、すぐにエリーの場所へと走っていく。


「エリー! だいじょ……」


 駆け寄ったミュラだったが、その姿を見て固まった。

 腕を失ってしまっているのは知っていたが、今までの短時間で死にはしないだろうと思っていた。

 だが、彼女は何処からどう見ても死んでいた。

 何故ならば……上半身と下半身がずれていたからである。


 何時?

 バッと後ろを振り返ってみれば、そこには倒れているメルアナの体がある……はずだった。


「……」

「あっ! こいつ!!」


 彼女は立っていた。

 こちらに腕を向けて今まさに何かをしようとしているのだろう。


 これはマズいと思ったが、ここで回避してはいけないと直感が教えてくれた。

 であればと、ミュラは鎖を大きく振るって薙ぐように投げた。

 その瞬間、上半身が下へ何かが通っていく感覚が襲ってくる。


 目だけで確認してみれば、自分の下半身はそこになかった。

 あの異空で分断されてしまったのだろう。

 動きを止めたのが良くなかった。

 生死の確認をしていないのが失敗だった。


 後悔したが、ミュラは笑う。


「道ずれならいいやぁ」


 その言葉を聞いたメルアナは、はっとしてその場を移動しようとする。

 だが、遅すぎた様だ。


 体に鎖が巻き付いていく。

 大きく横薙ぎに振るわれた鎖鎌がメルアナを中心に回転して縛り付けていった。

 片腕が完全に縛られ、残った腕も鎖を何とかしようとして鎖を掴んだ瞬間に巻きつかれる。


「や、やばっ! いやまって! まって!!」


 必死にもがくが、折れた腕ではもうどうにもならなかった。

 飛ぼうと思ったが鎖に体を振り回されて既に膝をついている。

 立ち上がった時には既にあの鎖鎌が体に突き刺さるだろう。


 であれば倒れてしまえばいい。

 寝転んでしまえば鎖鎌も地面を引きずって勢いをなくしてしまうはずだ。

 だからすぐに倒れた。

 鎖鎌も地面を引きずる音が聞こえる。


 これであれば生き延びれるだろう。

 あとは通り過ぎる魔物にこの鎖を解いてもらえばいいだけだ。


 フォン。


「……え?」


 黒い沼が、自分が今体重をかけている地面に現れた。

 体を起こすことはできず、上半身が半分だけその沼に沈んでしまう。

 だが顔だけは息ができた。

 どうやらどこかの空間に繋がっていただけらしい。


 しかし、この魔法には見覚えがあった。

 そして今自分が見ている景色が、鎖鎌が通ってきているであろう軌道上にあるということも理解できてしまった。

 顔は地面から生えるように出てきており、天井を見上げている。

 左の方から鎖鎌が迫ってきているということを、目視で確認することができだろう。


 そしてその奥に……犯人がいた。


「え? え!? あ、き、きき貴様ああああ!!」

「……」


 酷く虚ろな目で、こちらを見ている女性がいた。

 腕は切り飛ばされ、異空で胴体を切り離したというのに彼女はまだ生きていたのだ。


 ズギャッ!!

 分厚く、鋭い刃がメルアナの顔面を捉える。

 一瞬で静かになったその空間で、一人の女性だけが薄く笑った。


(すいません師匠……これが精一杯でした……)


 カシャンッ、と音を立てて落ちた小太刀が、戦闘終了の合図となったのだった。

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