10.77.鳴りやんだ砲声


 あの一撃以降、砲弾は飛んでこなかった。

 早い段階で二人が機能を停止してくれたようだ。

 これでこちらは思う通りに前進できる。


 左翼では水瀬が水を上空に展開していた様だが、それも消えて今は敵を押し込んでいる最中だ。

 中央軍も前に出て大型の魔物を屠り続けている。

 右翼は言わずもがな。

 槙田の奇術が輝き続けていた。

 更に後方からの爆発矢の援護。

 槙田の炎がそれに着火し、後方の敵にまで大ダメージを与えていく。


 やはり遠距離攻撃があるのとないのとでは、雲泥の差がある。

 まだ戦いは始まったばかりだが、これであれば押し切ることができそうだと、人間軍の士気は上がりつつあった。


 しかし、木幕はこれ以上の前進は危険だと判断していた。

 その理由は、やはり大砲。

 一番初めに飛んできた砲弾は、射程が一番長いものだったのだろう。

 だから一つしか使えない。


 だが、こちらが前進すれば射程距離の短い大砲が使える可能性があった。

 さすがに一つだけしかないということはないだろうし、射程範囲内に入れば魔王軍は躊躇なくそれを使ってくるはずだ。


「師匠ー! 前へ行きましょう!」

「待て」

「えっ!?」

「今考えている」


 周囲に奇術である葉を展開させ、迫りくる魔物を細切れにしていく。

 大型であっても小型であっても関係はない。


 とりあえずあの二人が一番大きな大砲を破壊したと仮定。

 だが他の大砲はどうだろうか。

 おそらくまだ残っているはずだ。

 城の中にも兵士はいるはずなので、油断することはできない。


 あの二人が無事であれば他の大砲も片付けてくれるだろう。

 その情報が入って来ないのが悩ましい。

 だが今は信じるしかないだろう。


「木幕さぁーん! 突破口が作れます!」

「……そうか」


 西形の言葉に、木幕は頷く。

 やはり自分が前に出ねば、柳を討ちとることはできないだろう。

 それに、けじめもつけなければならない。


「全軍!! 西形が道を作る!! それに乗じて突き進め!!」

『『おおおおおお!!』』

『『わあああああ!!』』


 出し惜しみをしている場合ではない。

 可能性を考えすぎて後手に回ってはいけない。

 何かあればその時に解決すればいい。

 臨機応変に。


 中央先鋒部隊は、西形が突っ込んだのを確認した瞬間、一斉に突撃の構えを見せた。

 名のある冒険者が大型を他の者と一緒になって倒し、さらに道を広げていく。


 動きを察知した左右の部隊も、それに乗じて突撃の構えを見せる。

 右翼では炎の柱が立ち、左翼では水によって敵が流されていく。

 中堅で控えていたミルセル王国とリーズレナ王国の兵士も既に先鋒部隊と合流し、一緒になって前進していった。

 後方に控えていたルーエン王国の兵士も同様だ。


 魔王軍の後方部隊は爆撃矢によって壊滅状態にあった。

 左翼側はまだ生きているのだが、それも人間軍が攻め込めば一斉に壊滅していくだろう。

 残っているのは最後尾にいる小型の魔物。

 機動力は速いが、個は弱く人間にとっては戦いやすい。

 大型の魔物も混じっているが、散開しているので大した脅威にはならないだろう。


 そこで、右翼と左翼から爆発音が聞こえた。

 これは砲撃によるものではないようだ。


「なんだ!」

「ここからじゃ分からないわよ! テトリス! 前に行くわよ!」

「了解! 木幕さんも早く! 向こうは向こうで任せましょう!」

「うむ!」


 西形が作り出した道を、他の兵と共に押し上げていく。

 向こうで何が起こったか少し不安だが、彼らであれば問題ないだろう。


 だが右翼では、地面が隆起して数多くの死者が出ていた。

 それを目の前で睨む槙田は、歯を食いしばって自分の兵士を殺した魔族を見上げていた。


「がぁーっはっはっは! やはり! やはり力こそ正義!」

「……貴様ぁ……俺のぉ、俺の兵を殺したなぁ……」

「それが何だ! 蟻を一匹殺してお前らはそれを嘆くかぁ!? 同じことだ!!」

「全軍……下がれぇ……。弓での援護をしろぉ……」

「「は、はいぃ!!」」


 どちらに向けているのか分からない程の殺意が、槙田からあふれ出る。

 兵士たちは驚きつつも撤退し、弓による援護で迫りくる中型の魔物の足止めを行う。


 一方左翼では、中央から援軍として移動してきたリーズレナ王国の勇者一行と水瀬が、眼前の敵を睨んでいた。

 弓による一斉掃射での爆撃が効かない魔族。

 余裕そうにステッキを振り回し、こちらに笑顔を向けた。


「この破壊力では、さすがに大型と言っても無傷では済みませんね」

「ガリオル!」

「分かってるさ! メア、リット、ロストア! 覚悟を決めろ!」

「分かりました」

「了解」

「はい!!」

「……気持ちがいいほどにいい子たちねぇ~」


 勇者一行は一斉に武器を構え、敵に切っ先を向ける。

 水瀬は感心したように頷いてから、目を鋭くして構えを取った。


 そして中央……西形が前線で道を作っていたのだが、それは一人の魔族の登場によって打ち止めとなった。

 小さな子供が、てくてくと歩いてきている。

 だがその子供を恐れてか、魔族や魔物が一斉に遠のく。


「あ、あのあの……僕頑張りますぅ……柳様ぁ」


 鋭利な手に変形させた子供が、更に背に翼を生やして飛び上がる。

 西形は初対面であったが、この子の実力だとちょっと厳しいかもしれないなと、珍しく弱気になったのだった。


 右翼、中央、左翼で戦いが始まろうとしていた。

 槙田は閻婆の上で紅蓮焔を握りしめ、歯を食いしばる。

 西形は後方からついてきているはずの木幕たちに追いつかれる前に勝負を決めようと算段した。

 水瀬は五人で一人の敵に立ち向かうのだからと、少しばかり余裕を見せている。


 彼らは一斉に足を踏み込み、己の持っている武器を振り上げた。

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