10.74.阻止


 影沼から飛び出した二人は、周囲の確認を急いだ。

 幸い出てきた場所には魔物や魔族はおらず、戦闘をすることなく物陰に隠れることができた。


 どうやらこの場所は城内らしい。

 音を聞けばどの方角で戦闘が起っているのかが分かる。

 あとは備え付けられていると思われる大砲を破壊するだけだ。


 大砲を使えなくするには、二つの方法がすぐに思いつく。

 一つは大砲そのものを破壊することで、もう一つは砲弾の破壊だ。

 前者であれば無駄な作業をせずに大砲を再起不能にすることができるのだが、その周辺には砲撃手及び部下が数多くいるはずである。

 難易度は高い。


 一方砲弾の破壊は、破壊したと同時に大爆発が予想される。

 上手くいけば城を破壊できるかもしれない策ではあったが、それを行うには圧倒的に情報が足りない。

 城の見取り図でもあれば作戦として使えるだろうが、今は時間に余裕がなかった。


 それに、もし火薬庫や砲弾を仕舞っている倉庫を見つけたとしても、大砲の付近には砲弾がいくつか運び込まれているはずだ。

 それを無視するわけにはいかないし、結局のところ無理を通して大砲の破壊を優先するべきだという決断を下した。


「ミュラ、行ける?」

「ミーだよ。行けるよぉ~。多分大砲は城の中核の外回りにあるね……。階段を登らなきゃ」

「そんなことしたらバレるでしょ。もっかい影沼で行くわよ」

「あ~い」


 緊張感のないミュラの返事に嘆息しながら、エリーは再び影沼を出現させてその中へと飛び込んだ。

 一瞬視界が暗くなり、そして体が跳ね上がる感覚を頼りに目を開ける。

 ここは先ほどの場所ではないということが分かったし、窓から見える景色からここが上の階層だということも理解できた。

 ここまでは順調。

 しかし、そこには数匹の魔物が大砲の弾を運んでいる最中だった。


「シッ!!」

「ギュッ……」


 声を上げる前に二匹を始末したエリー。

 だが進行方向にまだ敵がいたことを視界内で捉えていた。

 すぐにそちらへ向かって敵を始末しようとしたのだが、後ろからの濃厚な殺気を感じ取って咄嗟に横へと飛びのく。

 すると鎖が真横をかすめた。


 鎖は前方にいた魔物二匹の首を綺麗に縛り、互いをぶつけ合わせて気絶させた。

 なかなか器用なことをすると思いながら、後ろを見るとミュラが得意げな表情で鎖を手元へと戻している。

 一言くらいあってもよかったのではないかと思ったが、彼女も忍びの端くれみたいな存在だ。

 下手に声を出すことはしないらしい。


 ひとまずの安全を確保したエリーは、今し方魔物を斬った得物を見る。

 それは西行から託された小太刀だ。

 恐ろしいほどの切れ味。

 今まで使って来たものの中でもトップクラスに入る殺傷能力の高さだ。


 そんなものを持っている自分にぞっとする。

 指先で触れようものなら、そこから肉が切り裂けそうなほどの鋭さがあった。


「師匠は凄いものを持っていたんですねぇ……」

「エリー。早く」

「あ、うん」


 ミュラは敵を殺した後、すぐに死体を隠し始めた。

 無詠唱の水魔法で血を洗い流し、その辺の壺の中に入れておく。

 血の匂いに敏感な魔物であれば見つけることができるだろうが、一時しのぎにはなるはずだ。


 死体を隠した後、珍しくミュラが前を歩く。


「時間との勝負だねー」

「ええ。えっと……大砲の場所は……」


 ドォオオオン!!!!

 魔王城が揺れる程の爆音が、外から鳴り響いた。

 思わず耳を塞ぎたくなる。

 だがそれを堪え、すぐに音の鳴った方へと足を運んで窓の外を見てみると、そこには巨大な大砲が人間軍に口を向けていた。


 もう一つ上の階層。

 そこに大砲は鎮座している。


「エリー……。この大砲の弾……」

「見たら分かるわよ」


 先ほど魔物が二匹掛かりで持っていたこの大砲の弾は、非常に大きい。

 人の腰辺りまであるのだ。

 それが着弾した時の破壊力は、計り知れない。


 今のが初めての砲撃だ。

 一度であればまだ被害は少ないだろう。

 だがこれが続けば人間軍は確実に劣勢状態へと持ち込まれるだろう。


 ローデン要塞の大雪のせいで、攻城兵器を持ち込むことはできなかった。 

 だが敵は城に兵器を持っている。


 二人は頷いて、上階へと走っていく。

 エリーが先行してミュラが後方を警戒しながらついていった。


 しばらく走っていても魔物の姿がない。

 おそらくは戦場へと駆り出されているだけなのだろうが、これはこれで少し心配だ。

 出てくるのが普通なのに、ここまで出てこないと逆に何かあるのではないかと思ってしまう。


 だが無駄な考えは任務遂行の邪魔をしてしまう。

 エリーはすぐに頭を振るって考えを吹き飛ばし、集中する。

 耳を澄まし、気配を辿り、相手の家だろうとこちらが優位を取れるように立ち回る。


「「っ!!?」」


 エリーとミュラは、強い気配に思わず足を止めてしまった。

 一体何処からその気配がするのかを確認していると、後ろから足音が聞こえてくる。

 歩き方からして、わざと足音を出している様だ。

 あえて気付かせるために。


「ミュラ、先に行ってくれない?」

「死ぬよ?」

「多分ね……。でもあたしより制圧力のある貴方だったら、大砲の周りにいるはずの魔物を倒せると思うの……」

「五分耐えてね」

「その決断力の速さだけは羨ましいわ……」


 エリーは後ろを振り返って片腕を上げる。

 ミュラがそれに手を合わせて音を立てると、彼女は颯爽と上階へと上がって行った。


 後ろから歩いてきた人物を睨む。

 立ち姿からも、彼が強いということは分かった。

 だが五分程度であれば、死なずに翻弄することができるだろう。


「初めましてですかね。木幕さんの主さん」

「忍び、か……。よい構えだ」

「そりゃどうも……」


 エリーの前には、柳がいた。

 ここは魔王城。

 敵の指揮官がこの城にいることは何ら不思議ではない。

 まさか直接魔王に会うことになるとは思っていなかったが、それはそれで好機。

 ここで仕留めてしまえば……。


「……無理だよね」


 望みの薄い願望は頭から振り払う。

 自分は忍びであり、目的遂行のために動かなければならない。

 それに、柳の実力は対峙しただけで分かるものだった。

 圧倒的な圧。

 直接対峙するのがおこがましい程の重圧に、エリーは耐えていた。


 それを見た柳は感心したように頷く。


「拙者の殺気を喰らって普通に立てる人間がこの世にいるとはな……。良い師、もしくは主を持ったと見える」

「師匠は修行になると乱暴者になりますけどね」

「持ったのは師だったか。ぜひ名を聞きたい」

「私はエリー。師匠は西行桜さんよ」

「……」


 朗らかだった柳の表情が、一変した。

 真顔になり、腰に携えている刀の鯉口を切る。


「半端者か」


 天球霖雨が、涙を流した。

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