10.51.ファグドラ


 魔族が急加速して接近してくる。

 その速度は翼を羽ばたかせる度に上昇していく。

 三度目の羽ばたきで姿を消したかと思われたが、メディセオが足を大きく踏み込んでその一撃を何とか受け止める。


 ギャチィン!!

 木製でできたステッキとは思えない音が響き渡る。

 メディセオの持っている鋼鉄の十字架をまともに受けて、びくともしていないのだ。

 妙な武器を使うな、と思いながらも彼は冷静に分析を始める。


 持っている武器は明らかに木製。

 振り回す速度も軽い棒を操る程に素早かった。

 表面を魔力か何かでコーティングしているのではないかと目を凝らしてみたが、そういうわけではないらしい。


「はやっ……」

「俺は何とか見えた」


 後方にいたファグドラとキャシーラが呟く。

 難しい顔をしながらも武器を構える。

 あの速度に辛うじて対応することはできるだろうが、二度三度同じことをされれば確実に一撃を貰ってしまうだろう。


 だがあの速度は翼を三回動かさなければならなさそうだということは、この二人にも分かった。

 なのでやるべきことは……。


「「距離を取らせない」」


 メディセオの後ろで左右に別れた二人は、挟みあう形で魔族を強襲する。

 距離を取り、守りに入った瞬間に勝ち目は薄くなる。

 それではマズいと思い、こちらから攻撃を仕掛けることの尽力を注ぐ。


 素早い状況判断と、分析能力。

 さすが高位冒険者なだけあるが、魔族の身体能力と特殊すぎる魔法を侮ってはいけない。


 二人はギリギリと鍔迫り合いをしている魔族に向かって、刃を振り下ろす。

 距離を取ろうとした魔族だったが、咄嗟にメディセオが腕を掴んでそれを阻止した。


「さすが」

「やれ!」

「「はぁ!!」」


 キャチィイン……。

 再び甲高い音が周囲に響く。


「ぐぬ……!」

「うそじゃん……!」


 二人の斬撃は、高質化した翼により防がれていた。

 にやりと笑った魔族は、翼で二人を吹き飛ばし、再度メディセオにステッキを振り下ろす。

 掴んでいた腕を振り回し、その攻撃を外させたメディセオは一度距離を取り、足に地面が付いた瞬間にまた詰め寄った。


 その速度は尋常ではない程に速く、魔族の速度にも劣らない。

 下段、上段、水平切り。

 一瞬で三連撃を繰り出すが、魔族はそれを軽く受け流す。

 受け流された斬撃の余波が、雪を巻き上げて視界を悪くした。


「貴方は厄介ですね」

「余裕そうじゃが?」

「表面を取り繕うのが得意なだけですよ。手も痺れてますし、心臓の鼓動も速く、冷や汗もすごいです」


 魔族の言っていることは本当だった。

 普通に戦っても勝てない相手だ。

 しかし、自分であれば耐えることはできるし、彼を始末する策も講じてある。


 武器を構え、メディセオに向けた。


「弱い味方を守るのは、得意ですか?」

「っ! ファグドラ! キャシーラ!」


 メディセオが叫ぶが、既に魔族はキャシーラの真正面に立っていた。

 だがメディセオの正面にも魔族がいる。

 片翼の翼が消えており、複製と思われる魔族には翼が生えていない。


「「二人相手は厳しいでしょう?」」


 キャシーラが吹き飛ばされる。

 何とか持っていた武器で防御したが、その威力はすさまじいもので地面を何度か転げまわることになった。

 体勢を立て直して正面を向いた時には、やはり魔族が既に肉薄している。


「くぅ!」

「一人」


 振り下ろされたステッキが、武器を完全に破壊してキャシーラを両断する。

 何が起きたか分からないまま、彼女の意識は一瞬で途絶えた。


 一人を仕留めた魔族は、ファグドラを見据える。

 だが彼は魔族が動き始めるより先に踏み込み、攻撃を仕掛けていた。


 ギャチンッ!!

 大剣とステッキが火花を散らす。


「俺はそう簡単に負けねぇぜ」

「の、ようですね」


 鍔迫り合いを押し返したファグドラが連続で五連撃を繰り出すが、魔族はそれを容易く受け止める。

 メディセオの方でも戦闘が開始されており、目にも止まらぬ速さで火花が散り、雪が剣圧で舞う。


 とりあえずこれで一対一だ。

 今のところはどちらも互角で、メディセオが若干魔族を押している。

 このままいけば本体を倒せるだろうと踏んでいた。

 しかし、そう簡単にこの魔族は倒せないようだ。


 本体の残っていた片翼が消滅する。

 すると、もう一人の魔族が出現した。


「……」

「「これで二対一と、一対一」」


 最大三体まで出現させることができるようだ。

 このコピーだが、メディセオが戦ってみた感じからすると劣化は一切していない。

 完全コピーされた魔族が三人。

 同じ強さを有しており、ただ単純に敵の数が増える。


 厄介極まりない力だ。

 一体でさえ骨が折れるというのに、それを三体同時に出現させることができるのだから。

 だんだんと、勝ち筋が見えなくなっていく。


「ぬぉらあ!!」

「はいはい」


 ファグドラが魔族に渾身の一撃を繰り出す。

 だがその攻撃は魔族の高質化した体で受け止められた。


「チッ! かてぇな!」

「貴方の刃ではこれを貫けません」

「はっ、それはどうだろうな。お前、防御力上げられるんだったらそれ全身に纏えばいいのに、そうしない。ってことはその高質化、硬くなる代わりに動けなくなるんだろ」

「おお、ご明察」

「かかかか! 弱点教えてくれてありがとよぉ!」


 大きく踏み込んだファグドラが、剣を横に薙いで魔族を吹き飛ばす。

 距離を取られるのはマズいので、速攻で空気を蹴って肉薄し、再び剣を振るった。


「フッ」


 だがその剣は、半身で躱される。

 下段にステッキを構えていた魔族は、上段へと振り上げてファグドラの腹を殴った。


「ぐふっ!」


 防具が破壊され、内臓が損傷する。

 吹き飛ばされながら口から血を吐くが、地面に何とか着地した。

 だが立っていることはできなかったようで、膝をついて腹を抑えていた。


 ファグドラは魔族を睨む。

 ぼやける視界の中で標的を見据えるが、体がまったく動かない。

 これは参ったなと思いながらも、魔法袋から火薬を取り出して周囲にまき散らす。


「特別な火薬だぜ……」


 ファグドラの異名は、追爆のファグドラ。

 彼はとある龍種を好んで狩り、そこで手に入れた素材と自分の持っている魔法と掛け合わせた技でそう呼ばれるようになった。

 だがこれは味方に甚大な被害をもたらすため、ローデン要塞に来ても尚その力を発揮することはほとんどなく、若干飽き飽きしていたのだ。


 そもそも元の力量がメディセオに似ている為、この技を使うほどの危険に陥ることはなかった。

 だが今はピンチだ。

 久しく自分が死ぬかもしれないという危機感に直面している。

 だがそれがまた心地が良かった。


 冒険者はこうでなくては。

 安全な仕事、余裕な仕事ではなく、危険を顧みずに無謀な挑戦をしていくのが冒険であり、冒険者の最高の境地。

 そして今、その境地に自分が立っているということに満足感を感じていた。


 出し惜しみをしている場合ではない。

 メディセオが近くにいるから使わなかったが、彼であれば避けることくらい容易いだろう。


「っ!? それは!!」

「知ってるか? かかっ、じゃあ何が起こるか、もう分かるよな!」 


 ファグドラは両手を合わせ、こねくり回してから餅を引っ張るように手を広げ、粘り気のある炎を手の中から作り出す。

 ぼたぼたと炎の雫が零れ落ち、雪を一瞬で蒸発させた。


「炎よ、燻さず燃え盛れ、燃え盛って焼き爛れろ、焼き爛れて獲物を追え。インフェルノトラッキング」


 ぐっと両手を握り、パッと広げる。

 ぼたりと落ちた炎が、先ほど周囲に撒かれた火薬を燃やし、爆発させた。

 だがそれは小規模な爆発。

 連鎖していく爆発は次第に大きくなり、円柱の形をしたマグマの塊が出現する。


 それは爆発で遠心力を生み出し、魔族へと向かって飛び出した。


 この火薬は、炎に自ら飛び込む性質がある。

 少量の火薬でもその威力は次第に大きくなり、火薬は炎が消えるまで尽きないのだ。


 ファグドラはその性質を利用して、火薬の位置を調整して遠心力を生み出させる。

 魔力操作を駆使してこれをこなすのだが、その難易度は高い。

 メディセオでも一朝一夕にはできないだろう。


「くっ……!」


 爆撃が魔族を襲う。

 その爆破範囲はどんどん大きくなり、どれだけ遠くに移動しようとも回避ができなくなっていく。

 体勢を立て直しても、続けざまに起る爆風で再び吹き飛ばされた。


「かかかか!」


 ファグドラは笑いながらインフェルノトラッキングを操作する。

 爆発で空気が振動し、雪が吹き上がって地面が抉れた。

 遠くにいたはずの魔物もその攻撃の範囲に入り始め、多くの被害を出し始めている。


 これがメディセオを除くローデン要塞最強の男、追爆のファグドラ・エディマー。

 この攻撃を受けた者は、誰一人として生きてはいない。


 ドスッ。

 背中から軽い衝撃。

 この衝撃はなんとなく分かる。


「……チィ、そういや……三人……いたっけかぁ……」


 笑った表情のまま、目線だけを下に向ける。

 一本のステッキが、胸を貫通していた。 

 心臓を一突きされているようで、体が急激に冷たくなっていく。


 大の字で仰向けに倒れると同時に、爆発も弱くなってついには消滅した。

 炎を操っていた術者が死に、魔法も解除されたのだ。

 最後に小さく爆発した魔法が、彼の死を教えてくれたような気がした。

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