10.52.最後の悪あがき
間に合わなかった。
杖を投擲した魔族を両断したまでは良かったが……軌道をずらすことはできなかった。
「チィ」
彼を亡くしたのは惜しい。
自分の次に強い実力を持つものではあったが、勇者という肩書には一切の興味を示さなかった男だ。
それが逆に好印象だった。
自分の力を押さえ続け、死ぬ間際になってそれを爆発させていた。
その時の表情は非常に楽しそうなものであったように思える。
「馬鹿な弟子が」
メディセオはファグドラのことを弟子と言うが、何かを教えたことは一度としてない。
だがファグドラはメディセオから様々なことを学んだ。
教えてもらうだけが、弟子となる所以ではない。
何かを盗み取らせることも、彼からしたら教えの一環であった。
教えられないから、盗んでほしい。
真面目に弟子を取っても付いて来られない者しかいないのだ。
だがそれでも、メディセオから何かを盗もうとして奮闘している冒険者は数多くいたということを記憶している。
正式な弟子ではないが、彼らの成長はメディセオにとっての楽しみであった。
だからこそ、彼らを守ろうという昔ながらの勇者魂が今も尚残り続けているのだ。
「弔い合戦じゃな」
メディセオは力を籠める。
目つきが鋭くなり、立っているだけで周囲には圧が放たれた。
これが彼の本気である。
いつもこの力を使う時は何かが粉みじんにされていた。
味方が居れば敵もろとも吹き飛ばし、壁があれば土ごと粉砕した。
ゴンッ。
握っていた十字架の剣の柄が凹む。
鉄をも握りつぶす握力。
魔力が外に放出されて雪が吹き飛んでいく。
「最後の悪あがきじゃ」
メディセオは自分の顔を片手で覆う。
撫でるようにして下へと降ろすと、その顔は若返っていた。
「全盛期」
彼が辿り着いた最強の極地。
膨大な魔力と無尽蔵の体力から編み出されたこの時間遡行。
使用魔力に肉体がついていけている。
自分の体を一時的に若返らせるこの力は、今まで培ってきた技術すべてが詰め込まれていた。
血まみれになったローブを破り捨て、その肉体を露わにする。
傷は多く刻み込まれているが、彼の体はそれをものともしない力強さが宿っていた。
重いはずの十字架の剣を片手で振るい、剣圧だけで魔族を後退させる。
「……なんですかそれは……」
「魔族が特殊なように、人間にも特殊なものは存在するだけのこと」
「規格外も甚だしいですね」
「聞き慣れた言葉よ」
「っ!?」
魔族はすぐ隣から言葉が聞こえたことに驚き、全身を硬質化させる。
その瞬間、強烈な一撃が横腹を襲った。
「ぐっはぉ!?」
硬質化したはずの部位に罅が入り、体がまるで紙きれのように吹き飛んでいった。
八回ほどのバウンドで何とか体勢を整えることに成功したが、横腹に激痛が走る。
今の一撃は硬質化していなければ体を両断されていたに違いない。
本当人間なのかと疑いたくなるほどの身体能力だ。
彼はその場でこちらを見ていた。
そしてその剣圧は……周囲の者をすべて吹き飛ばしていた。
雪も何処かへと消え去り、土も大きく抉れている。
人間軍が作り上げた土の壁が一部崩壊し、崩れていった。
この場所からあそこまで攻撃が届くなど、聞いたことがない。
彼一人居れば魔王軍なんて一瞬で消えてしまうだろう。
(ではなぜ、今まで使わなかったのでしょうか)
魔族に疑問が生まれるが、大体こういう能力には代償がつきものだということは知っている。
命を削るのであれば、彼はこの効力が切れると死ぬだろう。
どれだけの時間使用し続けられるのかは分からないが、この場合耐えれば勝ちだ。
「ま、無理でしょうけど」
移動は見えず、斬撃も見えず、気配も分からなかった。
勝つためのビジョンが一向に見つからないこの状況では、明らかに不利だ。
何とか耐えることはできたが、二度三度貰えばこの硬質化では防げなくなる。
逃げることも不可能だと思って良いだろう。
だがこいつを倒すことができれば、魔王軍に大きく貢献できる。
しかし、それは彼も同じである。
なにせこの悪魔は、魔王軍四天王の一人なのだから。
ここまで苦戦しそうな戦いは久しぶりだ。
いや、これは苦戦というより負けが確定しているかもしれない。
名前を聞かずにただ殺されるのは惜しい戦いだ。
「……貴方、名前は? 私は魔王軍四天王の一人、スディエラー」
「陸王、メディセオ・ランバラル」
「ああー……道理で……」
スディエラーは頬を掻いて嘆息した。
人間最強の人物がここに居るのだ。
こんな状況になってしまうのも分かるというものだ。
とっくに死んでいたと思っていたのだが、まだ生きていた。
数十年前に海王と共に魔王城を潰しに来た、兵士。
それにより魔王の復活が長らく阻止されてしまった。
当時、スディエラーはその場にいなかった。
到着が遅れ、気付いた時には既に魔王は破れて人間の軍はその場から去っていたのだ。
やはり魔族は人間に蹂躙されなければならないのかと、苦汁をなめた。
この世界の魔族、魔物は弱い。
特殊な者は多くいるが、誰もがその力を十分に発揮できず、人間に滅ぼされる。
戦いを好まない者もいれば、戦闘狂を自称する者もいた。
柳が言う通り、魔族も人間に近い生活、性格をしている。
自分たちと少し違うからと言って差別するのは偏見から生まれるものだ。
もしくは恐怖かもしれない。
柳はこれを払拭しようとしている。
まずはこの人間に勝たなければならないのだが、メディセオ・ランバラルを倒せばそれが実現するだろう。
今回はこの場に自分がいたことに安心した。
役に立てる。
魔族が平和に暮らせる世の中にするための手伝いができる。
長い間蹂躙され続けた魔族には、人間に対して憎悪で煮えくり返っているだろう。
今と逆のことが起こってもなんらおかしくはない。
だがそれを柳は阻止している。
彼がいる限り、この夢は実現するはずだ。
人間の認識を改めさせ、こちらの認識も改める。
難しいという次元の話ではない。
もはや不可能に近いものだが、柳は憎悪や復讐は回りまわって帰ってくる事を知っている。
同じ過ちを繰り返し続けているから、蹂躙は終わらないのだ。
「スー……。柳様のため、私は貴方を倒しましょう」
「来い。魔族、スディエラー」
両者は構え、地面を蹴った。
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