10.50.撤退


 ウォンマッド斥候兵の伝達により、撤退はローデン要塞ではなく、その下町だということが伝わった。

 その理由は至極単純で、この兵がローデン要塞にすべて入りきらないからである。


 外に追いやられた兵士は自ずと魔王軍と戦闘を再開しなければならなくなる。

 そうなれば待っているのは確実なる死だ。

 無駄な犠牲を払うよりは、大きく撤退して体勢を立て直す方がいい。


 それに、ローデン要塞は後方からの攻撃に弱い。

 こちらから攻めるのであれば何とかなるはずである。

 そう簡単にはいかないかもしれないが、まずは兵の温存を目的としなければならない。

 各隊長に兵の撤退を急がせる。


 その撤退先であるローデン要塞だが、ウォンマッドと木幕の登場で状況が一変。

 素早い速度で動き回るウォンマッドの強襲と、広範囲の敵を寸分の狂いなく仕留め続ける木幕の二人のお陰で、戦況は安定し始めていた。

 兵の指揮を任せられていたミルセル王国勇者、トリックの指揮能力の高さもあり、小型の魔物約七千の兵と押し返すことができていた。


 これで退路は作ることできたので、その合図としてウォンマッドが雷を空に向かって撃つ。

 ローデン要塞からまばゆい光が走った。

 これが合図だということはすぐに伝わり、本陣もようやく撤退を開始する。


 大きな痛手を負った人間軍は、満身創痍の者もいる中の撤退となっているので後退に時間が掛かる。

 しかしスゥが作り出した巨大な壁は壊れる気配がなく、猶予はまだあると誰もが安心して落ち着いて撤退を開始していた。


 本陣に居たバネップは撤退の指示が遅すぎたことを悔いていたが、後退できない状況だったのだ。

 エリーや近くにいたウォンマッド斥候兵は誰もそのことを責めはしなかった。


 だが今は合図も受け取ったので、気兼ねなく撤退することができる。

 向かわせたルーエン王国兵とミルセル王国兵がその準備を整えてくれているはずだ。


 ゆっくりと全軍が撤退していく中、壁の奥では激闘が繰り広げられていた。

 ローデン要塞屈指の強者が、小型中型、更には大型関係なく魔物を斬り伏せているのだ。

 誰もがメディセオと一緒に戦える日が来るとはと感極まっている。


「気張れや若造共!」

『『『『おおーー!!』』』』


 とにかく彼らは敵本陣向かって突撃していく。

 迫りくる敵は剣で斬り伏せ、飛んでくる魔法は防御魔法で防ぎ、遠距離攻撃をしてくる敵に狙いを定めて魔法を放つ。

 小型の敵は素早い動きをする事のできる冒険者が始末し、中型は火力特化の冒険者が担当し、大型はSランクとメディセオが担当した。


 誰もが歴戦の猛者であり、長く活動を共にしている者たちであったため特徴も戦い方もすべて把握しており、急に組まれた十二人パーティーではあったが連携はすさまじいものだ。

 一切の隙を見せない彼らは、無駄な動きを一切せずに敵陣突破を目前としていた。


 だが自分たちの目的は魔王を倒すことではない。

 おそらくそこまではたどり着けない。

 であれば、最大限の悪あがきをするだけだ。


「命続く限り、敵を殲滅する」

「あれ、魔王は?」

「魔族に邪魔されるのがオチじゃよ。ここで暴れれば、敵もこちらに兵力を送るほかなくなる」

「よっしゃ暴れっか!!」


 一人の冒険者が武器をかち合わせて火花を散らす。

 メディセオのやろうとしていることを理解した彼らは、一斉に構えて敵へと飛び掛かって行った。


 この場所は大型の魔物しかいない場所だ。

 既に囲まれているわけだが、そこはさすが高ランク冒険者。

 敵の攻撃をかいくぐり、次々に大型の魔物を仕留めていく。


 二人が敵の足を斬り、倒れたところで魔法を頭に穿つ。

 魔法で遠くに吹き飛ばした後、次の標的に狙いを絞って魔法を放つ。

 一刀両断した魔物を蹴り飛ばし、斬撃を放って敵を細切れにしていった。


 この十二人のパーティーならどんな敵でも勝てるのではないだろうかと思ってしまう程だ。

 行けるところまで行ってみたい。

 どうせ死ぬ定めなのだからと、多少の無茶をしてでも敵を倒していく。

 本来大型の魔物を討伐しない者でも、今回ばかりは足を大きく踏み込んで敵の顔面に持っている武器をねじ込ませた。


 鮮血が舞い、真っ白な大地を赤く汚していく。

 連携を取って行動しているので、そう簡単にはやられはしない。


 とにかく時間を稼ぐ。

 とにかく敵を斬り続ける。

 とにかく死なないように行動した。


 どれだけ長く生き永らえられるかが、全軍が撤退できるかどうかの命運を握っている。

 こちらに敵が集中し始めた。

 いつまで経っても止まない騒音に気が付いたのだろう。

 壁に張り付いていた魔物たちもこちらを向いたようだ。


 敵の攻撃が一層激しくなった。

 それでも彼らは負ける事はない。


 完全なタイミングで回避し、適切な行動をとって魔法を放つ。

 串刺しにした敵を放り投げて遠くの敵へとぶつける。

 これでも少しばかりの時間稼ぎになるのだ。


 大型の魔物の攻撃を受け止める者。

 素早い動きで切り裂く者。

 一撃で粉砕するほどの火力を誇る者。

 宙を舞って魔法を放ち続ける者。

 素早い連射速度で至近距離の敵を射殺す者。

 様々な役割を持つ十二人の特攻兵が、戦場をかき乱す。


 さらに敵の攻撃が激しくなっていく。

 次第に切り傷などを負うが、致命傷となる攻撃を受けている者は一人もいない。

 まだ行ける。

 もっと倒せるし、倒さなければならない。


 ドンッ。


「ゴッ……」

「シヴァ!」


 一人の冒険者が、大型の魔物に殴り飛ばされた。

 着地のタイミングを狙った攻撃だったため、避けることができなかったのだ。

 彼は大きく吹き飛ばされ、魔物にぶつかって止まる。

 その魔物は、彼を頭から丸のみにした。


「貴様ぁああ!!」

「よせ! リレット!」 


 双剣の冒険者が駆けだす。

 だが集中力と冷静さを欠いた者は、高位冒険者と言えども敵の接敵に気付かない。

 地面の中から出現した中型の魔物に胴体を両断される。

 歯を食いしばって、今この一瞬だけ動く体を使って、その双剣を先ほど冒険者を丸のみにした魔物に投げつけた。

 それは見事直撃し、魔物と双剣の冒険者は共に意識を手放す。


 殺されてもただで殺されないのが彼らだ。

 仲間の死を乗り越えられれば、もう少し貢献できたかもしれないが。


 十人となったパーティーで、再び敵の攻撃をかいくぐりながら武器を振るう。

 だが次第に、一人、また一人と減っていく。


 ガーラン。

 敵の攻撃を受け止めたは良かったが、盾が破壊されてそのまま殴り飛ばされる。

 ベネラ。

 四方八方から飛んでくる魔法を避け切ることができず、被弾。

 空中に居たため離れた場所に墜落し、魔物にむさぼられる。

 だがその瞬間自爆し、数十匹の敵に深手を負わせることができた様だ。

 ラース。

 弓の弦が切れて顔に直撃。

 狙いを絞っていた敵が真正面から彼に喰らいつき、首をねじ切られた。

 エティアラン。

 魔物の攻撃で片腕を失いながらも、大剣を振るっていたが体力の限界が来たらしい。

 その場に力なく倒れて死亡。

 ヨーネ。

 格闘技で尽く敵を吹き飛ばしていたが、魔法が直撃し片足が損傷。

 戦えないことを悟った彼女は魔法袋から爆弾をすべて放り投げて自爆。

 ケルドル。

 魔法剣士である彼は魔法と剣術を組み合わせた攻撃を何度も繰り返していた。

 だが遂に剣が破壊され、戦えなくなる。

 一瞬の隙を突かれて魔物に鷲掴みにされるが、雷魔法と炎魔法を使って自分もろとも攻撃。

 相打ちとなる。

 イグルー。

 無詠唱魔法を得意としていた彼だったが、魔力枯渇により戦線離脱。

 最後に炎魔法で盛大に敵を巻き添えにして死亡。


 残り、三人。

 最強の勇者、メディセオ・ランバラル。

 Sランク冒険者、ファグドラ・エディマー。

 Aランク冒険者、キャシーラ・エネミエラ。


 唯一無傷なのはメディセオだけだ。

 しかしその歳のせいもあり、息は切れてしまっている。

 ファグドラは額に大きな傷を作っていた。

 どうやら片目も失っているようで、流れている血はもう気にしていない。

 キャシーラの武器は壊れており、今は予備の武器で戦っている。

 Aランクだというのによくやるものだと、この二人は感心していた。


「ぜぇ、ぜぇ……メディセオのおっさん。まだ行けっだろ……」

「年寄りは労われぇ……はぁ……」

「えっほげほげほ……。何体やりましたかね……」

「「知らん」」


 三人が背中合わせとなった状態で、武器だけを敵へと向ける。

 周囲は既に屍の山だ。

 これだけの人数で良くここまでできたと褒めるべきである。


「ていうか、メディセオさん……まだ、本気じゃないですよね!」

「はぁ、当り前じゃ。お前らが死んでから本気を出すわい」

「かかかか! じゃあここまでは俺たちだけの力でもできたってことか! なーんだなんだー! かっかっかっか!」


 ひとしきり笑った後、彼らはまた武器を構える。

 だが、魔物は次第に後退していった。

 どれだけ仲間が殺されても攻撃を止めなかった魔物たちが、今になって自分たちから離れ始めたのだ。

 なんだなんだと思っていると、声が聞こえて来た。


「よくやるものですね。これ以上の損失は今後に障る」


 空から翼を生やした魔族がゆっくりと降りて来た。

 青色の髪の毛に、白色のねじり曲がった角。

 細めで常に笑顔を絶やさない彼は、タキシードを身に着けて手にはステッキを持っていた。


 誰だ、と聞くまでもない。

 魔族で、敵だということは既に分かっていることだ。

 それも相当強い魔族だろう。


 こいつを倒すことができれば、この戦いに大きく貢献することができるだろう。

 彼ら三人は、武器を持つ手に力を入れる。


「では、開幕」


 魔族の持つステッキが高質化した。

 銀色の鉄のようになったそれを軽く振りまわしてこちらへと向ける。

 翼を大きく広げ、こちらに飛んできた。

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