10.49.殿
前線は苦戦を強いられていた。
ローデン要塞の兵士が務める最前線でも、このままでは押されてしまうということは誰もが感じていた。
まだ大型の魔物はここまで来ていない。
だが今現在、中型の魔物の突破力に乗じた小型の魔物の差し込みが最前線部隊に大ダメージを与えているのだ。
他の国よりも強いローデン要塞の兵士が任せられているこの場所だけは一向に下がる気配はないが、左右の陣形は崩れ始めている。
「メディセオ! どうする!?」
「思案中じゃ」
小型クロスボウを使って前線を援護するドルディンがメディセオに声をかけるが、彼は十字架の武器に背を預けて考え込んでいた。
状況としては劣勢。
だが未だに撤退命令は出ず、更には後方からの援軍が少しだけ遅い。
いや、薄いと言った方が良いだろうか。
何かがあったのかもしれないと考えはするが、その確証はないしここからでは状況を把握することはできない。
だがこのままここに陣を置くのは危険極まりない。
魔導兵だけの援護だけでは、この数の魔物を仕留めるのはやはり難しかった。
「指示を待ってはいられんの」
武器を手に持ったメディセオは、それを引き抜くと同時に前方へ斬撃を飛ばす。
数十匹の魔物が犠牲になったが、そこを補うようにしてまた新たな魔物が出現して走ってくる。
「撤退準備」
「分かった! 撤退準備ー!! ローデン要塞騎士団、冒険者よ! 踏ん張れよぉー! リーズレナ王国兵! 魔導兵の援護を続けたまま下がるのだ!」
ドドドドッドド!
そこで左側から巨大な壁が出現した。
土魔法を扱う者が作り出した防壁だろう。
「む? ……左が押されている!」
「リーズレナ王国勇者一行! 任せる!」
「おう!!」
「任せて~!」
いきなり走り出したメディセオを追いかける形で、ドルディンもそれに続く。
近くに勇者一行が居て助かった。
彼らのお陰もあってこの前線だけは維持をすることができている。
後方援護はありがたい。
メディセオとドルディンは各々の武器を手に突破されそうな場所の魔物を斬り伏せていく。
中型の魔物であってもメディセオの火力であればその巨体も吹き飛ぶ。
ドルディンは素早い動きで小型の魔物をこぼすことなく仕留め続けた。
「くっ! 囲われ始めているのか!」
左側の陣形だが、一番左側が総崩れしており、そこから囲う様にして敵が押し込み始めていた。
右側に押しやられるようにして陣形が傾き始めている。
ルーエン王国兵の合流が間に合わなかったのだ。
今は何とか壁で時間を稼いでいるが、これも気休め程度でしかないだろう。
「ドルディン! 味方を下がらせよ!」
「え!? は!? お、まさかお前!!」
「この壁を斬って倒す!」
「五秒待て!!」
「待てん!」
メディセオは十字架の武器をぐっと握りしめ、肩に担ぐ。
しゃがんだ状態から一気に体をばねのように跳ね上げて前へと跳躍。
二メートルほどの分厚さがある壁を横一線に斬る。
斬ったあと、踵を返して壁の真ん中で立ち止まり、今度は真上へと跳躍。
壁に足をめり込ませながら駆け上がり、一番上まで来たところで渾身の蹴りを喰らわせて魔王軍側へとその壁を倒した。
ぐらりと動いたその壁は、迫りくる魔王軍の方へとゆっくり倒れていく。
逃げ惑う魔物たちだったが、状況を理解して混乱しているためにその足取りは悪い。
ついに壁は大きな音と地響きを立てながら倒れ、多くの魔物を下敷きにした。
「待てっつただろうが……あの爺……」
何とか近くの者に指示を飛ばし、少しだけ後退させたので壁による被害はほとんどなかった。
なんてことをするんだと呆れたが、これで体勢を立て直すことができる。
どちらかといえば撤退だが……。
「ドルディンさん!」
「っ!」
「ライア君にスゥ君か!」
魔物の死体を飛び越えながら、二人はドルディンに駆け寄った。
二人ともボロボロだが、大きな怪我はしていないようだ。
あの状況でよく耐えることができたものだ。
「すいません! 左翼が完全に崩壊してこちらに押し込まれてしまいました……」
「構わないよ! 今は密集してくれた方が助かる!」
「ていうかメディセオさん、すごいですね……」
「あれ以上のことをやってのけるからね」
あんなのはメディセオの四割程度の力だ。
ちょっと体を動かす程度の作業でしかない。
そこでドルディンは我に返る。
今はそんなことを話している場合ではない。
とにかく撤退の準備をしてすぐにでも後退できるようにしてもらわなければならないのだ。
「撤退準備を! このままでは押し切られる!」
「ですよね! そう思って既に水瀬さんとレミさんに後退の指示を任せています!」
「さすがだ!」
「スゥちゃんが壁を作ってくれたので、今だったら下がれます!」
「……なんだって?」
ドルディンはスゥを見る。
彼女は自信満々と言った様子で鼻を鳴らしているが、この子がこれ程にまで大きな壁を作り出したのだろうか。
にわかには信じられないことだ。
「それは良いことを聞いたの」
上からズドンとメディセオが降ってくる。
それに驚いたライアとスゥは、一瞬身構えてしまった。
だが見方だということが分かったのでその警戒はすぐに解ける。
「スゥだったか。あれ以上の大きな壁を、魔王軍の端から端まで作ることができるか?」
「っ!」
「そいつは凄い」
メディセオの問いに、スゥは大きく頷いて答えた。
この獣ノ尾太刀であれば、その程度のことは余裕でできる。
刀が自信ありげに地面を揺らしているのだ。
それを聞いて満足げに頷いたメディセオは、十字架の武器をまた握りしめる。
「儂が殿を務めよう」
「な……」
何か言おうとしていたドルディンを片手で制し、続いて口から出ようとしていた言葉を止める。
「お主はローデン要塞で殿だ」
「……。分かった……」
この戦いで殿を務めるということは、確実な死を意味する。
どれだけ最強と言えども、この数、そして魔族を相手にして無事に済むわけがない。
メディセオはそれを一人で相手にしようとしている。
それに加え、兵が逃げるだけの時間を作る気でいるのだ。
正気じゃない。
だがそれを成してしまうのが彼という存在だ。
メディセオは握る拳を作り、ドルディンへと向ける。
「楽しかったぞ、愛弟子よ」
「うるせぇよ爺」
突き出された拳を、少し強めに殴る。
こっちの腕の方が痛かった。
覚悟を決めたドルディンが、渾身の力で腹から声を出す。
「全軍!!!! 撤退開始!!!! ローデン要塞の勇敢なる守護者たちよ!!!! 我らはローデン要塞にて殿を務める!!!! この場ではメディセオが務めることになった!!!! メディセオに次ぐ実力を持つ者よ!!!! 進め!!!! 活路を開くのだ!!!!」
ローデン要塞には、SランクとAランク冒険者が数名いる。
彼らが我先にと前に出て、魔物の進軍を尽く打ち返し始めた。
ようやく本気が出せるといった様子で、その誰もが楽し気に武器を振り回す。
その中にメディセオも参戦し、その快進撃に拍車をかけた。
計十二名の少ない兵団である。
「スゥ君!! 壁を!!」
「っ!?」
「殿というものはそういうものだ!! 早く!!」
「っ、……っ!?」
スゥが戸惑っていると、獣ノ尾太刀が勝手に動き出して巨大な壁を出現させる。
数百体の敵がその壁に持ち上げられ、落下して死亡した。
敵の増援が完全になくなったため、味方の動きは落ち着き始めて中に差し込まれている小型の魔物を殲滅することが容易にできた様だ。
状況を聞いた者たちは、撤退を開始する。
その中に、メディセオとローデン要塞の高位冒険者の姿はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます