10.48.耐久戦


 西形は、目の前の状況を見て呆れていた。

 槙田は、後退できない状況に歯を食いしばる。

 水瀬は、難しい顔をしながら迫りくる敵を捌き続けていた。

 その場にいた誰もが、今のこの状況に困惑していたのだ。


 中型の突破力に乗じた小型の差し込み。

 これが陣形を大きく混乱さていた。

 やはり脆い場所はあり、そこを中型に突かれ、小型が一斉になだれ込む。

 陣の中に多くの小型が混じって兵士は混乱し、敵の思うツボといった状況となった。


 それはすべての陣で同じことが起こっていた。

 しかし、ローデン要塞の居る場所は一切引いていない。

 質が良いだけあって、守りに関しては他の国を凌ぐだけの力を有している。


 そんな不動の中央を突破するべく送られてきた大型の魔物軍。

 左右の陣は後方から援軍に来てくれたルーエン王国兵と合流し、何とか戦線を維持している状況だが、既に多くの死傷者が出ている。

 激戦となっている最前線の兵士は、既に武器を握る力が弱まり始めていた。


 バネップとしては、この状況になった瞬間に撤退をして陣形を整えたかった。

 だが今現在、撤退することができない。

 ローデン要塞の殲滅戦を終わらせない限り、逃げることができないのだ。

 それに少しでも兵を引かせると、必ずどこかが突破されてしまう。

 左側は大きな壁を何枚も作って凌いでいる様だが、中央と右側はそういった手段を持ち合わせていないらしい。


 炎は見えるが、差し込まれた小型の敵を殲滅することはできていないようだ。

 中央は不動の守りを誇っているローデン要塞の兵士がいるので何とかなっているが、それもいつまで続くか分からない。


 何処からどう見ても状況は劣勢。

 逃げ道が確保できるまでは耐えてもらわなければならない状況だった。


「……わしも出る」

「だ、だめですよ!? 後方の合図を待ち、その状況を判断して撤退をしてもらわなければならないのですから!」

「だが……」

「総指揮官が動いてどうしますか! 今は木幕さんを待つしかないです!」

「……」


 バネップは悔しそうにしながらも、エリーの言葉を聞いて椅子に座った。

 彼は元より戦場で駆けまわる方が得意なタイプだ。

 自分が戦場に出て兵士を助けたい。

 だが今の立場では、それは叶わないだろう。


 遠くで火柱が上がる。

 ほとんどの魔物はあの一撃で蒸発してしまうだろうが、炎属性を持つ魔物はその限りではない。

 次第に赤色をした敵兵力が右側に集中しつつある。

 炎の効かない魔物を集めているのだろう。


 左側では巨大な土の壁が崩れた。

 まだ二枚ほどあるが、それもしばらくすれば壊される。


 今、最前線は小型と中型の魔物全軍が集まって衝突している。

 しかし、こちらは既にすべての兵士を前に出しているが、敵兵はまだ大型という厄介極まりない部隊を残していた。

 ようやく動かし始めたようだが、そのタイミングは後方でミルセル王国兵がこちらにやって来た時だ。

 見計らっていたのか、それともどこかに監視がいたのか。

 こちらの動きを完全に把握しているらしい。


「……敵兵力はあとどれくらいなのだ?」

「ここから見ても分かりますが、こちらの兵の二倍はありますね……」

「現状で言えば、撤退するべきだ。が……」


 バネップは後方から聞こえる声に耳を傾ける。

 まだ戦闘は続いているらしい。


 それに、撤退するにしてもその殿を誰に勤めてもらうかが問題となってくる。

 この数の味方を逃がすだけの力を有している者。

 一人心当たりはあるが、あまり任せたくはない人物だ。

 なにせ、その人物はあまりにも強すぎる。

 これからの作戦に居なくてはならない存在だ。


 すると、最前線でまた土の壁が作られた。

 今までのものより大きく、そして広範囲に渡って伸びている。

 あれだけの土魔法を使える者がいるのかと感心したが、そこで兵の動きに変化があった。


「! 撤退しています!」

「な、何故だ!?」

「ですがあれなら……!」

「撤退できる……」


 バネップは立ち上がり、その場にいた者に指示を出す。


「撤退を急げ! ローデン要塞の殲滅戦に合流後、殲滅次第下町へ撤退する!」

「え!? ローデン要塞を捨てるんですか!?」

「残りの兵でも、ローデン要塞には入りきらん。外で死者を出すのであれば、完全に撤退して次の機会を待つほかあるまい。……くそ、ローデン要塞に裂いた兵が居れば、もう少し戦えたのだがな……」


 もし残って戦ったとしても、大型の魔物に蹂躙されるのがおちだ。

 敵もこちらが撤退したのを見てすぐに追撃はしてこないだろう。

 完全な敗北となってしまうが、兵が居ればまた戦える。


 ローデン要塞に陣を引かれたとしても、東の門は使えないので攻め込むのは容易だ。

 それに賭けるしかない。

 完全敗北より、撤退した方がまだましだ。

 ここではプライドを捨てなければ、勝ちは見えてこないだろう。


「皆の者、速くせよ!」

「はっ!」

「分かりました。では木幕さんに伝えてきます」

「頼んだ」


 エリーは飛ぶようにしてその場を離れていく。

 前線も撤退を開始しているし、壁はまだ壊れてはいない。

 余裕はまだあるはずだ。


 前線にいる彼らもいい判断をしてくれた。

 それにより、こちらも決定がスムーズだった。

 だがそこで、疑問が頭よぎった。


「……待て、今は誰が殿を務めているのだ」


 あの壁が壊される気配がない。

 大型の魔物が来ているのであれば、あの壁は多少の時間はかかるが破壊されるはずだ。

 しかし撤退が順調すぎるくらいに行われているというのに、何処も壊れていない。


 誰かがあの壁の奥で戦っている。

 大型の魔物を引き付けるだけの猛者が、そこに留まっているのだ。


「くそ、あいつめ……」


 バネップは小さく舌を打ってから、撤退を本格的に開始した。

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