10.38.騎狼


 雪が吹雪く中、西形は最前線にて一閃通しを持って立っていた。

 騎馬がいないこの場所では、一騎討ちができない。

 しかし自分には奇術があるので、そこは何とでもなるだろう。


「だけど物足りないなぁ」


 白い息に乗せてそう独り言ちる。

 一騎討ちというのは騎馬がいてこそ成立するものだ。

 徒歩で行くなど、それはただの足軽にすぎない。


 不満げにしていると、隣に武装をした孤高軍三強の一人、グラップが歩いてきた。

 防寒着しか着ていない西形を見て、不安そうな顔をする。


「本当に装備なくていいんですか?」

「僕たちの求めている武具はここにないからね。慣れてない武具を身に着けても、邪魔になるだけだし」

「そういうものですか……。まぁ西形さんがいいのであればいいですけど」


 持っていた戦斧をドンッと足元に置く。

 重量があるので雪にどんどん沈んでいくが、一定の位置で止まった。


「策はあるんですか?」

「え? ないよ?」

「……え?」

「ただ突っ込んでくる敵を突く。それだけで戦いは勝てるからね」

「は、はは……言うことが違いますねぇ。総大将のお仲間さんは」


 やれやれといった様子で、グラップは戦斧を手に取って肩に担ぐ。

 もうそろそろ敵が突撃してきそうな雰囲気が、ピリピリと彼らの肌に突き刺さっていた。


 こういうのはよく分かる。

 相手もようやく動けると躍起になり、殺意をこちらに向けているのだ。

 獣であれば殺気など隠すこともないだろう。


 西形はローデン要塞で買った防寒具をしっかりと着込み、手袋を外す。

 手に伝わる感覚は、片鎌槍の鎌を動かすのに必要な事だ。

 寒いので手がかじかんでしまいそうではあるが、握ることができれば問題はない。


 すると、右側から何か声が聞こえて来た。


「なんだろ?」

「さて……? ん?」


 よく目を凝らしてみてみれば、こちらに向かって何かが走ってきているということが分かった。

 明らかに人ではない。

 魔王軍の手下だろうか?

 数は少数で向かってきているのは西形のいる場所。

 奇襲であれば横を突くはずなので、あの動きは少し妙だ。


 しかし、味方ではないということは確かである。

 二人は構えてその敵を見据える。

 ようやく姿が鮮明に見えて来た。

 そこには……レッドウルフが数体、こちらに向かって走ってきているところであった。


「れ、レッドウルフ!?」

「ああー、あの赤い奴。ちょっと行ってくるね」

「は!?」


 シュパッと消えた西形は走ってきていたレッドウルフの前で立ち止まった。

 このまま襲ってくるのであれば敵だ。

 さて、どうだろうと思いながら待っていると、面白いことにレッドウルフたちは立ち止まった。


「お?」


 どうしたのだろうと思っていると、レッドウルフの中から二匹の狼が出て来た。

 白い普通の狼だったが、何故か日本刀を口に咥えている。

 西形は見たことのない日本刀だが、これは木幕が倒した船橋牡丹の物であった。


「……敵?」

「ゥルル」


 一匹の狼が、首を横に振る。

 言葉が理解できるのかと驚いたが、それはこの二匹だけらしい。

 他のレッドウルフは後方で待機したまま動かない。


 質問をしていれば、この狼たちは答えてくれるようだ。

 面白いこともあるものだなと思いながら、西形は頷いてこの獣たちが味方であるのかを確認してみる。


「味方かい?」


 狼は頷く。

 この狼たちがどうして自分たちに協力してくれるのかは分からない。

 だがここでは使える物は使っておくべきか、それとも斬り伏せておくべきか。

 この狼たちが魔王軍の手先だという可能性も拭いきれないのだ。


 慎重に考えてみるが……西形はこのレッドウルフが雪国に適した足腰をしていることに目を付ける。

 体と手は非常に大きい。

 雪上でも走ることができるように進化した個体なのだろう。

 これであれば騎馬の代わりに使用できそうだ。


「……日本刀を持ってる……ってことは、木幕さんと戦った人の物である可能性もあるか……? ん-、木幕さん今ここに居ないんだよなぁ」


 今のところ判断材料がこの日本刀だけしかない。

 この二匹の白い狼が人の言葉を理解できるというところから、人並みの知識を有していると考えてもいいのだろうが、如何せん判断しかねる。


「……槙田さんばっかりずるいもんな。えっと? 一緒に戦ってくれるのかい?」

「ゥルルル」


 その言葉に、狼は頷いた。

 野生の獣が何を理由に協力してくれるのかは分からない。

 だが戦力が増えるのは嬉しいことだ。


「これ、僕が勝手に判断したってなったら怒られるかな。はは、まぁいいや! じゃあ君たちはどう動くの?」


 すると、一匹のレッドウルフが前に出て来た。

 西形の前で立ち止まると、鼻で西形を持ち上げる。


「おわわっ!?」


 すとんと背中に跨った西形は、毛を掴んで振り落とされないように踏ん張る。

 一番大きいレッドウルフだったようで、背が高い。


「……あれ、騎馬の代わりになってくれるのか?」

「ゥルル」

「君頭いいんだなぁ……。でもこれなら機動力の確保はできそうだね」


 適応力が高すぎる西形。

 彼としては都合のいい足ができたとしか思っていない。

 人の言葉を理解して、こうして味方になってくれているのだ。

 それなりに信用してもいいだろう。


 もし何かあれば、自分が始末すればいいだけの話。

 責任はそうやって解決させようと考えていた。


「じゃ、他の数人にも足になってもらって良いかな?」

「ゥルル」

「よし! グラップー! こいつら味方だったぁー!」


 レッドウルフに跨りながら手を振って、そちらの方に走ってもおらう。

 他の兵士は巨大なレッドウルフがこちらに迫ってきているところを見て恐怖しか感じていなかったようだが、西形が手懐けてしまっているところを見て一安心したようだ。


「さぁ皆乗るんだ!」

『乗れるか!!』

「あれー? じゃあいいや。狼部隊として、やって先鋒を務めよう!!」

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