10.37.開戦
雪が吹雪いている。
この状況だと弓はほとんど使い物にならないだろう。
あの時と同じ状況だ。
だが吹雪いているとはいえ、すべての陣形が見えないというわけではない。
唯一見えないのは最前線の西形がいる場所だろうか。
本陣からだと見えにくい。
これはウォンマッド斥候兵が持ち帰ってきてくれる情報で、今後の作戦を練って行かなければならないだろう。
彼らには一番多く働いてもらう必要がある。
本陣には木幕、バネップ、ウォンマッド、エリーがいた。
今しがた戻って来たエリーが、今の魔王軍の情報を教えてくれた。
「魔王軍は三つの隊列を作っていました。私たちみたいに難しい陣形を作っているというわけではなく、横一列に並んでいます。魔物なのですが……小型、中型、大型と並んでいました」
「これもあの時と同じだな」
「ていうかよくそんな情報集めて来たね。僕たちでも難しいよ」
「ま、まぁコツがありまして……」
そのコツというのは服に付着している血に関係があるのだろうか。
深く詮索しない方がよさそうなので、その話は流すことにする。
「ほかに何か気が付いたことはあるか?」
「あ、はい。先鋒の小型の魔物の中に、リーダー格と思われる魔物がいました。任されている兵がいるようで、人間の様な戦い方が予想できるかと」
「柳様ならやりかねんな」
「それと……。最前線に、巨大な魔物の陣が一つだけ展開されています」
「なるほど」
それが向こうの先手大将なのだろう。
考えることは同じかと思いながら、木幕は敵の布陣を地図に置いて考える。
敵の第一陣は孤高軍だけで持ちこたえられるかもしれないが、第二陣はさすがに耐えられないだろう。
リーズレナ王国とローデン要塞の連合軍に出張ってもらう必要がある。
それを確認した後は、ルーエン王国の兵士の出番だ。
まだその時ではないが、兵を動かすタイミングが重要となる。
見極めなければいけない一番大切な策だ。
「バネップ殿。雁行の陣で展開しているルーエン王国の兵士だが……」
「五千五百の兵を配置している。木幕に言われた通り、魔法兵を基礎として陣形を組んだ」
「かたじけない」
それであれば問題ない。
だがそこで、ウォンマッドが口を出す。
「で、兵は動かせるのかい? 雪道を大軍が移動するのはどうしても時間が掛かるよ?」
「問題ない。水瀬と槙田に一役買ってもらっている」
確かに移動に時間が掛かるのは事実だ。
だがそれを補う為、槙田には炎で雪を完全に溶かしてもらい、水瀬には水で雪を凍らせて強い足場にしてもらっている。
今日までの移動でほとんどの場所にこの作業を施しているので、動き自体には問題がないはずだ。
槙田の方は完全に雪を溶かしているので、普通の陸地を移動するのと何ら変わりはないだろう。
水瀬の方は少しだけ不安だ。
この辺りは水が氷るだけの寒さを今は有しているのだが、しっかり凍って足場になっているかは目では判断できない。
実際に歩いてみなければ分からないだろう。
「うまくいくかな?」
「槙田の方は問題ないが……左翼は分からないな。まぁそれだけでも問題はない」
どちらか片方が動いただけでも効果は発揮する。
問題は、一体どのタイミングで魔王軍第二陣がこちらに突撃して来るかだ。
早ければ劣勢になることは間違いないし、その間に第一陣をそれなりに削らなければならない。
今回、国の兵士ではなく冒険者や孤児院出身の孤高軍を前線に置いた理由は、魔物をよく知っている人物が多いからだ。
兵士は国の警備などをしていることが多く、冒険者のように魔物と戦う機会がそんなに多いわけではない。
対人間用が国の兵士であり、対魔物用が冒険者であると考えた方がいいだろう。
兵士のような安定した強さは持っていないが、それでも彼らの知識は戦闘に大いに貢献してくれるはずである。
あとは、配置している大将に大半を任せるつもりだ。
「あの三人であれば問題はないだろう」
先手大将同士の一騎討ちで、西形はこちらの士気を上げてくれるだろう。
槙田はその火力で貢献してくれるだろうが、水瀬がどうなるか分からない。
彼女はあまり目立った水の奇術を使用したのを見たことがないが、器用だ。
任されたことはこなしてくれるだろう。
他の者たちも、戦いにはなれている兵士ばかりだ。
数の圧に押されなければ……大丈夫だと信じたい。
「始まったな」
バネップの言葉を聞いて、その場にいた全員が耳を澄ませる。
すると、遠くの方から歓声が聞こえて来た。
どうなっているのか分からないので、あとは信じるしかない。
「……任せるぞ、西形正和」
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