10.32.帰還
ローデン要塞へと戻ってきた木幕。
門を開けてもらって中へと入ると、先ほど見送ってくれた兵士が慌てた様子でこちらへと走ってきた。
「だ、大丈夫でしたか!?」
「問題ない。少し話をしただけだからな」
「よ、よく帰ってこられましたね……。普通死んでますよ」
「使者を無下に殺すようなお方ではないということは、某が一番よく知っている。ではな。槙田」
「おぅ……」
軽い会話を終わらせて、馬車を走らせる。
とりあえず見て来たことを彼らに伝えなければならないだろう。
冒険者ギルドへと急ぐことにする。
しかし柳の奇術が未知数だということは、少し不利に働くかもしれない。
持っている能力はあの魔王覇気一つだけというわけではないだろう。
一歩で間合いを詰める素早さ、攻撃を正確に打ち返す滑らかさ。
どれをとっても柳は強い奇術を有している。
だが彼も自分の戦い方を貫くだろう。
奇術をこちらが使わない限り、向こうも対等となるべく奇術は使わずに戦うはずだ。
これはただの願望ではない。
木幕が確信している事である。
「んー……」
西形が首を傾げて唸る。
何かを思案していいるようだが、それに気が付いた水瀬が声をかけた。
「どうしたのかしら?」
「いや……姉上の奇術は水ですよね」
「そうよ?」
「柳殿も水に近いものを感じたのです。自慢ではないですが、僕は鼻が良くてですね。柳殿が刀を振るわれた時、微かにではありましたが水の匂いがしたのです……」
西形は柳の動きを見ることができていた。
自分も素早すぎる奇術を有していた為か、見ることができたのだ。
だが自分の奇術とはまったく違う。
今まで見てきた奇術のどれにも当てはまらないものだと、西形は感じていた。
そこで鼻を突いた水の匂い。
あの場所に水溜りは一切なかったはずだ。
水を操る様な魔物も見受けることはできなかった。
であれば、あれは柳の奇術から発生したものだと考えるのが妥当だろう。
「……でもやっぱり水はなかった……。匂いがしたということは、何処かに水がなければなりません」
「霧、霞とは違うのか?」
「霧と水は匂いが全然違います。霞はそもそも匂いがしません」
匂いには、種類が多くある。
それに匂いというものは一度嗅ぐと忘れられないものだ。
だから西形は、水だと断言した。
「考えても分からんなぁ……?」
「んー、深読みしすぎかなぁ……」
「まぁ、頭の片隅にでも置いておきましょう。何か重要な手掛かりになるかもしれませんからね」
「そうですね」
小さなことに気が付くというのは大切な事だ。
この情報は頭の片隅にと言わず、手の中に納めておいた方が良いだろう。
彼らはまだ、柳を楽観視している。
あのお方は甘く見てはいけない人物だ。
だがそう見ているおかげで、まだ気が楽であるというのも事実。
気楽に居られるというのは、正常な判断をするのに必要不可欠な事だ。
なので木幕はまだこの事を口にはしない。
これから軍議だ。
話が大きくまとまったあたりで、柳の危険性を伝えようと思う。
そう考えながら前を見ると、既に溶かされている道を軽い足取りで閻婆は走っていた。
これであればすぐにでもギルドへと到着するだろう。
ローデン要塞の中なので、そこまで速度は出さないようだ。
ここに居る時だけは気楽に座ることができる。
吹き抜ける風を温かい外套で凌いでいる内に、四人はローデン要塞のギルドへと帰ってくることができた。
それを見つけた者たちが心配そうに集まってくる。
「師匠!」
「本当にお主らは心配性だな。問題ないと言っただろう」
「いやいや! 普通生きて帰ってくるとか奇跡ですよ!?」
「そうなのか?」
首を傾げながら周囲を見てみると、近くにいた者たちは全員が力強く頷いていた。
この世界ではそうなのかと、木幕は興味なさげに頷く。
兎にも角にも生きて帰ってこれたし、情報は沢山ある。
それを彼ら全員に報告しなければならないだろう。
「よし。レミ、スゥ、エリー。お主らも軍議に参加せよ」
「へ!?」
「良いんですか、師匠?」
「お主らそれぞれに兵を任せるつもりだ。ああ、勿論レミとスゥは一緒だ」
「え!? スゥちゃんも戦うんですか!?」
「当たり前だ。その為の力だ。葛篭の力を無駄にするなど、某は許さんぞ」
スゥに向かって木幕は言った。
こんな小さな子供に、と誰もが思うかもしれないが、この子は強い。
このローデン要塞で戦い続ける兵士よりも強いかもしれないのだ。
それに葛篭の奇術を完全に使いこなせている。
ここまでの実力があって前線に出ないというのは、もはや宝の持ち腐れだ。
それに、スゥはやる気満々だった。
「っ! っ!」
「ええー!? だ、大丈夫なの!?」
「まぁエリーさんよりは強いですし」
「へ!?」
レミの言葉に、木幕一行の全員が頷く。
葛篭が使えていた土魔法と身体能力の強化を使うことができるのだ。
それだけで普通に強く、戦える基準としては十分なのである。
「おいぃ、早く行くぞぉ……」
「ま、槙田さんはせっかちだなぁ……。皆さーん、行きますよー!」
西形が手を振って全員を呼ぶ。
それに気が付いた者から順に、ギルドの中へと入って行ったのだった。
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