10.31.柳の怒り


 上から降ってきた殺気を、木幕はあえて無視した。

 金属を打ち合う音が鳴り響き、その殺気の正体は大きく後方へと遠ざかった。


「何故ですか柳様! 彼らは危険です! 今すぐにでも始末するべきですわ!」

「あわ、わわわわわ!」


 遠くから吠える赤い髪の女が、木幕たちへと向かって叫ぶ。

 先ほどの攻撃はこの女が仕掛けたものだが、その殺気を一瞬で理解して柳は飛び出し、木幕を攻撃から守った。


 異常なまでに速かった。

 西形ともためを張れるのではないだろうかと思ってしまう程だ。

 だが西形はその動きを見ることができていたらしい。

 後で話を聞く必要がありそうだ。


「…………」


 柳は攻撃を弾いたまま動かない。

 だが、その近くにいた木幕たちは彼が本気で怒っているということが分かった。

 ここからでも聞こえるのだ。

 柄が軋むほどに握られている音が。


 その後、ゆっくりと構えを解いた。

 腕を振るわせながら、何とか納刀する。


「メル……アナァ……」


 突如、周囲が暗くなった。

 その瞬間、その近くにいた魔族、魔物たちが一斉にひれ伏す。

 それは彼ら四天王も同じであった。


 長い髪が靡き、目が青く光る。

 体の一部が青く発火してその炎が周囲に揺らめいた。

 海中深くの水圧のような濃厚な重圧が彼らを押し潰さんと襲い掛かる。


 だが、木幕たちは平気だった。

 これが魔王と言われる所以なのかもしれないと思い、彼らはその様をしかと目に焼き付けておくことする。


 柳が一歩足を踏みしめる度に、重圧の濃さが増していく。

 三歩目で既にメルアナは肘を立てていられなくなり、地面に顔を押し付けてしまう。

 その隣ではカタカタカタカタとティッチィが大袈裟に振るえていた。


「や、柳様! これは何事ですか!」

「黙っていろ……」

「んっぐ……っ!?」


 新たな魔族が走ってきたが、彼も同じく圧に押されて跪いてしまった。

 だが彼は指示されるまで他の者たちのようにはならなかったところを見るに、相当強い人物なのかもしれない。


 柳はついにメルアナの手前で足を止めた。


「今のは……何だ?」

「が……ぐっ……」

「今のは何だと聞いている」

「ぉあが……」


 押し潰されて声が出ないらしい。

 だがそれでも柳は圧を解くのは一切やめない。

 逆に何故答えないのかと首を傾げているだけである。


「何故答えぬ」

「ぉぁぇ……ま、ぇ……」

「ああ?」

「ぇ……ぜ、ぁぉ……っ」


 柳は嘆息する。

 空を仰ぎながら、鯉口を切った。


「!!? や、柳様!! お待ちください!!」

冷雨流ひさめりゅう奇術……」

「やや、柳さ、ま!」


 ティッチィが声をかけたところで、柳の動きが止まる。

 空を仰いでいた目線を地面へと向けてみると、隣にティッチィがいた。

 それを見て圧がようやく解かれる。


 周囲は明るくなり、跪いて息を殺していた魔族、魔物たちが一斉に息を吐いて脱力した。

 新たに来た魔族以外は、そのような調子だ。


「げっほえほごほごっほ!! おぇ、ぇあっは……」

「柳様、このような者が目の前におられては気分を害されますでしょう! 私めがすぐに遠ざけます!」


 すぐに足元まで移動した魔族は、女魔族を抱えて颯爽と何処かへ行ってしまった。

 柳の返事を聞く前に運んだところを見るに、その許可を得るまで滞在するのは愚策だと感じ取ったのだろう。


 柳は頭を軽くトントンと叩いて、ティッチィと同じ目線になるようにしゃがみこんだ。


「すまない、ティッチィ。我を忘れていた様だ……」

「い、いえ、いえいえ! 大切なご友人様を手に掛けようとした、メルアナ様に問題がございます……」

「やはりお主は、優しいな」


 柳はそういった後、立ち上がる。

 こちらを向いて申し訳なさそうな笑顔を向けた。


「すまぬな木幕」

「お変わりがないようで、某としては安堵しております」

「そうか。フフ、この魔王覇気というのは魔族や魔物のみに有効なものらしいのだ」

「なるほど。それでは魔族は柳様に手を出せぬわけだ」

「そんな事はないのだがな」


 スディエラーと一度やり合った時、これは通用しなかった。

 こんなものに頼りっぱなしというのはどうもいけないと思っていたところだったので、彼には少し感謝している。


「さ、木幕。帰るのだ」

「はっ」

「あと二週間。拙者はお主らに時間をやろう」

「十分すぎる時間ですな」

「フッ。楽しみにしているぞ」


 木幕は会話を終えて、会釈をしてから馬車へと戻って行った。

 それに続くようにして、三人も歩いていく。


 柳から遠ざかったところで、木幕は声を潜めて西形に話を聞く。


「西形。柳様の奇術は分かったか?」

「滑るように移動していましたね。あの場所から一歩だけで木幕さんの上から落ちてきている女の攻撃を凌いだっぽいです」

「なるほど。冷雨流の足さばきと相性がいいわけか……」


 彼の使う流派、冷雨流は軽やかな足さばきで回避に長ける。

 そこから繰り出される攻撃のほとんどは受けることはできないだろう。

 見切り攻撃。

 柳格六が一番得意とする戦い方だ。


 だがあの圧。

 あれは魔物にだけ有効と言っていたが、彼の素の圧は木幕たちに効かないだけで、他の者たちには十分効果を発揮する。


「一騎打ちは、僕はできないかもしれませんね」

「まだ奇術の能力も分かっていない。おいおい探るとしよう」


 そんな事を話しながら、木幕たちは取り残されていた閻婆の馬車へと戻った。

 行きと同じ様に槙田が御者を担当する。


 あともう少しで開戦だ。

 もっと綿密に策を練っておかなければならない。

 とりあえずライアたちが到着するまでは待たなければならないが、彼らが到着した後、本格的な会議の始まりだ。


 しばらく忙しくなると思いながら、木幕たローデン要塞へと戻って行ったのだった。

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